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イチャイチャしているというわけでもない
しおりを挟むクロヴィス様が手を差し出すので、仕方なく私はその手に自分の手を重ねた。
他の生徒の皆さんたちが、クロヴィス様と私に恭しく礼をして、邪魔をしないようにだろうなるだけ距離を置いて通り過ぎていく。
なんてことだ。
ものすごく気を使われている。不本意な気の使われ方をしている。
「……私、一人で大丈夫だわ」
つい不満が口をついて漏れてしまった。
クロヴィス様は麗しの王太子殿下よろしく、背後にきらきらと薔薇の花弁を舞い散らせながら「今日からずっと一緒にいられるな」と念を押すように言った。
「あのですねぇ、殿下」
「リラ、俺は常々リラの両親の仲が睦まじいことについて、素晴らしいと思っていた。実を言えば俺の両親もリラの両親と同じぐらいに仲睦まじくてな。昔はそれが気恥ずかしく、辟易としたものだが、今はあのようになりたいと思っている」
「嫌な予感しかしないわ……」
本日はクラス分けの後に、入学式がある予定だ。
クロヴィス様は確か式辞を述べるのではないのかしら。こんなところで私の両親の仲睦まじさについて話している場合じゃないと思うのだけど。
「話を聞いてくださいよ。私は一人で大丈夫だし、私の両親の仲睦まじさは参考にしちゃいけないやつです」
「俺のことは、ロヴィきゅんと」
「誰が呼ぶもんですか……!」
私は腹を立てたついでに、クロヴィス様の手の甲を思い切りつねった。
「リラは非力だなぁ」
「黙りなさい、この、この」
私は一生懸命つねっているのに、クロヴィス様はニヤニヤした。
ムカつく。
あぁ、つい言葉が悪くなってしまった。最近庶民の皆様の間で流行っているスラングを使ってしまったわ。
ムカつく、はだめ。大変はらわたが煮えくりかえり、とってもムカつきますことよ。
なんて便利な言葉なのかしら。私の感情を一瞬で表現できてしまうわ。
「リラ、今日も可憐だ」
「妄想の番と私の心変わりについて心配するあまり、様子がおかしくなったのね、クロヴィス様」
「違う。昨日も言った通り、俺は昔からリラ一筋だった。従兄妹での婚姻が認められていて良かった。罷り間違ってリラが俺の妹にでも生まれていたら、俺はきっと道を踏み外していただろう」
「朝からなんて恐ろしいことを言うんですか。そもそも、私のどこがそんなに良いんですか。特に何の特徴もない普通の女ですよ」
「リラはそれを本気で言っているのか……?」
「私を過大評価するのは、我が家のものたちだけで十分よ」
「容姿はもちろんのこと、寛大で優しく、照れ屋なところが全て可愛い」
「うぁう」
奇妙な声が口から漏れた。
鳥肌がすごい。ぞわぞわする。クロヴィス様は何故か嬉しそうだ。ふさふさの尻尾がパタパタと揺れている。
そこだけは可愛い。それは認めよう。耳と尻尾に罪はない。
「私、幼い頃クロヴィス様を犬役にしておままごとをしていましたよね? 怒っていないんですか」
「好きな子に遊んでもらって嬉しくないわけがない。実際、割と、満更でもなかった」
「変態だわ」
「仕方ないだろう、半分は獣なんだから。わんちゃん、お手、とか言われるのはそう悪くない。もちろん、リラ限定でだ。他の者がそんなことをしようものなら、半殺しにしてどちらが上かをわからせるがな」
「然るべき手段をとってくださいな。半殺しとか、縄張り争いする獣ですか」
「獣だ」
「たまたま獣の方の血が濃かっただけでしょうよ」
クロヴィス様は、私と手を繋いでいない方の手を、顔の前でわきわきさせた。
どうやら獣感を演出しているらしい。
ムカつくことに可愛かった。またムカつくとか思ってしまった。便利だわ。
私的には血迷ったクロヴィス様と戦いながら歩いているつもりだったのに、道ゆく方々が「仲がよろしいこと」と微笑ましそうに私たちを見てくる。
私はハッとした。
「クロヴィス様」
「なんだ、リラたん」
「その耳を引きちぎりますよ。二度と呼ばないで」
「ツンデレとは、照れ隠しで怒るものだと俺は学んだ」
「誰から学んだんですか。ろくでもないこと覚えてこなくて良いし、私はツンデレじゃありませんし。それはともかく、私たちは今、ものすごく仲良さげに、いちゃいちゃしながら歩いているように見えるのではないですか?」
「見える、ではなく実際そうだ。俺たちは仲が良さげに歩いているし、実際いちゃいちゃしている。不安だったが、リラと共に学園に通えるというのはとても良い気がしてきたな……、幸せだ」
クロヴィス様は白い頬を軽く染めて、潤んだ瞳で私を見た。
私は「うっ」となった。純粋な好意を否定する程、私は非情な女じゃない。あとツンデレとかでもない。
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