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耳と尻尾のある友達
しおりを挟むクロヴィス様の耳を引っ張る私を、ミレニアはシグルーンに抱きつきながら、あわあわと見つめた。
ミレニアにとっては婚約者の男性に暴力を振るうというのは未知の世界なのだろう。ミレニアとは彼女がシグルーンの婚約者に選ばれた十歳の時からの付き合いだけれど、昔から大人しくて可愛い子だった。
といってもミレニアのクリスフォード侯爵家は王都から離れているので、晩餐会とか、季節のご挨拶の時ぐらいしか会うことはなかったのだけれど、私はミレニアを友達だと思っている。
ミレニアが私を友達だと思っているかどうかは知らない。態度の悪い恐ろしい公爵家の長女だと思われている可能性はある。
私に会うたびにおどおどしているので、思われているかもしれない。思われているだろう。うん。つつきまわしてあげよう。
「ミレニア、久しぶりね。別に私は好き好んでこの場所にいるわけではないのよ。だからあなたがシグに会いにここにきたとしても、咎める必要性なんて感じないわ。それにしても、今日も耳がふさふさね」
「リラ様……! 寛大なるお心、感謝いたしますわ。私、感銘を受けましたのよ。この学園で、入学式の日からリラ様を守ろうとする殿下の愛情……、素晴らしかったですわ……!」
クロヴィス様の耳を引っ張ることに飽きた私は、長椅子から立ち上がるとミレニアに近づいた。
私よりもミレニアは背が低い。私の目の前で、垂れたうさぎ耳がぱたぱたとかすかに揺れた。
ミレニアは桃色の瞳を潤ませて私を見上げる。くそう。可愛いわね。
それにしてもデレしかないことで私の中で評判なミレニアの目には、先程の私とクロヴィス様の姿はそう映ったらしい。ミレニアは素直なので、言葉に悪意もなければ嫌味もない。素直に、本気で、そう思っているのだ。
「あんなの恥さらしなだけじゃない……、私の学園生活はもう、絶望しかないわよ……」
「そんな! そんなことありませんわ! リラ様と殿下を私も見習いたいです。みんなきっと、そう思っておりますわ」
「ミレニアも、シグにああいったことをされたら、嬉しいの?」
「はい! シグ様が私を不埒な男性たちから守ってくださろうとするのなら、これほど嬉しいことはありませんわ! もちろん、私はシグ様一筋ですし、リラ様のように男性から人気があるというわけではありませんのよ。だから、嫉妬する必要はないといえばないのですけれど、でも、きっと同じことをしていただけるのなら嬉しいと思いますわ」
「ミレニア」
私は徐にミレニアの垂れた耳の根本をつかんだ。
「きゃん!」
ミレニアは可愛い声をあげた。みるみるうちに目元が赤くなり、瞳がうるうるしはじめる。
私はミレニアの耳の根本をきゅうきゅう撫でた。ふさふさで気持ち良い。
「どう考えても、私は男性から人気はないし、ミレニアを狙う不埒な男どもの方が多いわよ……? 私は男友達すらいないのよ」
「私にもいませんよぅ……、私のお友達はリラ様だけですぅ……っ、同じクラスになれて心強いですわ……っ、あぁ、ごめんなさい、リラ様をお友達とか言ってしまって……、お許しください……っ」
耳の根本をうりうりしていると、ミレニアはふるふる震えながら目尻に涙を溜めた。
この感触、この感じ、久しぶりだわ。この、思わずいじめたくなる感じ。
ミレニアをつつきまわして大変満足した私は、手を離した。私が男だったら、私よりもミレニアと婚約したい。
私は可愛くないし、ミレニアは可愛い。ミレニアだったらきっと、クロヴィス様のことも恥ずかしがらりながら「ロヴィきゅん♡」と呼ぶに違いない。容易に想像できてしまう。
私は、ハッとして、私の背後でまだ長椅子に座っているクロヴィス様を振り向いた。
クロヴィス様は何故か口元を手で隠して、俯いていた。耳が心なしかいつもよりも垂れている。
「クロヴィス様、もしや運命の番とはミレニアのことではないでしょうか?」
「な、なんですの、運命の番……? リラ様、急にどうしましたの?」
ミレニアは私が弄りまわした耳を手で押さえながら、驚いたように目を見開いた。
「きっとそう、そうに違いないわ。クロヴィス様、どうです? どんな感じです? ほら、顔が赤い気がします。体温が上昇しているようです。それは、恋なのでは……?」
「いや、違う、これは……」
クロヴィス様は苦しげに視線を逸らした。
恋だわ。恋に違いないわ。これで、万事解決。ミレニアはシグルーンの婚約者なので、どうにもならない。
諦めてもらうしかないわね。もしくは、第一王子権限で奪うとかするのかしら。泥沼だわ。
「美少女が戯れる姿につい興奮してしまうのが、男という生き物なんですよ」
シグルーンがそっとミレニアを自分の後ろに隠しながら言った。何言ってるの、この変態。
「何言ってるの、変態」
心の声がつい口から漏れてしまった。まあ良いか。シグルーンが変態なのは昔からなので。
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