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番とはなんぞや
しおりを挟むフィオル・エンバートはエンバート準男爵家の長女である。
エンバート準男爵家は商家だ。エンバート家というのは資産家である上に慈善家であったらしく、孤児院から子供達を引き取って育てていたら、そのなかに魔力が強い子供が何人かいたようで、そのうち魔力持ちが多く生まれるようになった、という稀有な家系らしい。
そんなわけで、それなら魔力制御を覚えるために魔導学園に通わせた方が良いだろうという話になり、準男爵の地位を購入したのだという。
私とフィオルは、私が王都を散策しているときに知り合った。
別に劇的な出会いだったというわけじゃない。私が道に迷っていたのを助けてくれたのだ。
最初に会った時にフィオルは笑いながら「絶対に平民じゃないと思った」と言っていた。私は身分を隠してうろうろしていたのに、立ち振る舞いが明らかに貴族っぽかったらしい。
ほんの数年前の話である。
それから友達関係を続けている。フィオルは「身分が違うから」と言って、我が家に遊びに来てくれるようなことはなかったけれど、私が街に遊びにいく時などは、付き合ってくれたりする間柄だ。
ふわりとした金色の髪と緑色の目をした、勝気そうな見た目のフィオルは今、何故だか大人しくて愛らしい見た目のミレニアと無言の睨み合いを続けていた。
「……二人とも、何かあったの?」
「リラ様は、わ、私の、お友達、です……、それなのにその方が、リラ様が自分のもののようなことを言うので」
「そんなふうには言ってないですけど」
「だ、だって、私がリラ様の席を確保していたら、そんなことはしなくて良いって言うから」
「いや、だって、席結構空いてるし。リラは私と一緒に座るかなぁって思ってたので」
どうやら私がクロヴィス様と揉めている間に、こちらはこちらで一悶着あったらしい。
大人しいミレニアが揉めるとかあんまり想像できないのだけれど。フォイルはまだ分かる。結構気が強いことを知っているので。
「リラ様、誰ですの、この方……、私というものがありながら、リラ様は他にもお友達がいましたの……?」
大きな瞳にうるうると涙を溜めて、ミレニアが聞いてくる。
垂れている耳がいっそう垂れて、ふるふると震えている。うさぎは寂しいと死ぬんだったかしら。ミレニアももれなく死ぬのかしら。
心配だけれど、ミレニアにはシグルーンという変態がいる。大丈夫だろう。
「友達の一人や二人や三人や四人、いるでしょ。いや、別にいなくても良いけど、居ても良いんじゃないですか?」
「そんな、……ふしだらな」
フィオルに言われて、ミレニアはショックを受けたように青ざめた。
そうこうしながら、ミレニアは私の腕にぎゅうぎゅうと体をくっつけてくる。なかなか、触り心地が良い。ふわふわしている。胸が。
「友達がたくさんいると、ふしだらなの、ミレニア?」
私は少々戸惑いながら疑問を口にした。
フィオルはミレニアから私を守るように、片腕で私を庇う。騎士みたい。別にミレニアには何の害もないので、大丈夫なのだけど。
「私、リラ様に初対面で耳を引っ張られた時から、リラ様のことを運命の番だと思っておりましたのに……っ」
そんなことしたっけ。
ちょっと覚えていないわね。引っ張ったかもしれないわ。その頃の私、クロヴィス様の耳を引っ張りまくっていたぐらいだから、かなりどうかしていた。
「あの、ミレニア? 運命の番というのは、男女でのことではないの? あなたにはシグがいるじゃない」
「それとこれとは別なのですわ。運命の番とは、一生仲良くしたい方のこと。男女の愛情のみに適応されるなど、古臭い考えです。私達半獣族は、本能で番を選びますのよ。シグ様のことは婚約者として愛しておりますけれど、それはそれとして、リラ様のことは一番のお友達だと思っておりますの」
「そういうものなの?」
「はい。昨日、リラ様が運命の番について気にされていたので、てっきり私のことだと……! 私、とっても嬉しかったのに、この方がリラ様と私の学園生活を邪魔しようとするから」
力説するミレニアを、フィオルは呆れたように見つめた。
「それって、随分じゃない。……ミレニア様の許可がないと、リラと友達でいたらいけないってこと?」
「公爵家のリラ様を、そのように気安く呼ぶなどと、いけませんわ……!」
必死にミレニアが言った。
「良いのよ、ミレニア。フィオルとは長い付き合いだし、貴族が身分が、などとあまり言いたくないわ。私はたまたま公爵家に生まれただけだし」
「リラ様、なんと気高い……、ミレニアは一生リラ様についていきますわ。シグ様に嫁いだら、私も王都に住めますもの……、とても、嬉しいです」
「まぁ、それは良いのだけど……、ミレニア、フィオルは一見怖そうだし見た目通り気が強いのだけれど、良い方だわ。ミレニアも仲良くしてくれないかしら」
「……リ、リラ様がそう言うのなら……!」
「フィオルも」
ミレニアは素直にこくこくと頷いた。
フィオルは困ったように眉根を寄せた。
「ミレニア様、でも私、リラの席を確保するために半径三メートルに誰も近づけないようにする氷の結界を張るのは、やりすぎだと思いますよ」
「そんなことしてたの」
どうやらフィオルは、ミレニアに注意してくれたようだ。正義感の強いフィオルらしい。だから揉めてしまったのだろう。
「で、でも、殿下がそうしろと、昨日の入学式で言っておりましたわ……」
そしてミレニアは純粋で生真面目である。
全部クロヴィス様が悪い。
「昨日のあれは、忘れて頂戴」
私は額を手で押さえながら言った。できることならあらゆる人たちの脳細胞から昨日の記憶を抹消したい。
今も王家に忠実な男子生徒達は私からかなり離れた席に座っている。ものすごく、申し訳なかった。
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