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勘違いによる謎の修羅場
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目深に被ったフードの奥から、どんより淀んだ紫色の瞳が私を見ている。
目の下に隈でも出来上がっていそうな淀みっぷり。
クロヴィス様は完全に何かを誤解している。誤解を解くために一旦フォークを皿に戻して、私は口を開こうとした。
けれどその前に、新しいお客さんの来訪に気づいたエミル君が、私たちの雰囲気に気おされることなどなく、明るく声をかけてきてくれた。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたら、声をかけてくださいね!」
修羅場を前にしても煌びやかな美少年ぶり、流石だわ。
エミル君は爽やかに微笑んで、クロヴィス様の前にミントが入ったお水と濡れたおしぼりを置いてくれた。
クロヴィス様はじろりとエミル君を睨む。お店の看板美少年を睨むとかどうかしている。
「私と同じものをお願いして良いかしら。ロヴィは甘いものは大丈夫だったわよね。紅茶は冷たいものにしてくれるかしら。暖かいものが苦手なの」
「わかりました」
何も言わないクロヴィス様のかわりに、私が注文をした。
喫茶店に来て別れ話の雰囲気を醸し出した挙句、何も注文しないとか、それは最早客じゃない。
私はケーキをまだ食べ終わっていないし、クロヴィス様の誤解を解く必要もあるし、お店に迷惑をかけてしまう慰謝料としてせめて注文をしなければと思う。
「それから、お土産に焼き菓子を買って帰りたいのだけれど、準備をしておいてくれるかしら」
「良いですよ、リラさん。いつもの、ですね」
「ありがとう、エミル君」
ついでに、公爵家の使用人たちに渡す分のお土産と、ルシアナの分のお土産の注文もしておく。
初めてのことじゃないので、エミル君は詳しくお願いしなくても分かっていると頷いてくれた。
「……随分親しい……、リラ、……年下の少年が、好みだったのか……」
クロヴィス様は口元に手を当てると、泣きそうな顔でぶつぶつと呟いた。
エミル君は接客用の笑顔のまま私の耳に顔を寄せる。
「……リラさん、大丈夫ですか? お知り合いの方、なんかヤバそうですけど」
砕けた口調でエミル君が言う。
「もしかして、リラさんのストーカー?」
「ストーカーって何?」
「好きな女性を追い掛け回す男のことですよ。犯罪者です」
私の知っている庶民の方々が使うスラングは、基本的にエミル君やエンバート家の方々と話しているうちに覚えたものである。
ストーカーとは、新しい単語だわ。
状況的には正しいのかもしれないけれど、クロヴィス様を犯罪者認定するのは流石に気が引ける。
「違うわ。婚約者よ」
私もこそこそとエミル君に返事をした。
エミル君は私の出自を知っているので、婚約者という言葉に驚いたようにクロヴィス様をまじまじと見つめた。
「つまり……、このヤバそうな人は、……まさかの」
「そのまさかよ。でも気づかないふりをしていて。ちょっと色々あってややこしいんだけど、すぐに連れて帰るから。お願いよ」
エミル君は納得したようにこくりと頷くと「ご注文、ありがとうございます。少々お待ちくださいね」と言って、店の奥へと入って行った。
クロヴィス様の来訪をカレルさんに伝えるのだろう。
「……リラ、……好きな男がいると、どうして教えてくれなかったんだ」
エミル君が去ったあと、クロヴィス様は掠れて震える声で言った。
私は深く溜息をついた。無断で私を追いかけてきた上に勘違いとか、なんて面倒臭いひとなのかしら。
「俺も数年前まではあのような、……いや、もっと美しい少年だった筈だ。成長してしまったこの体が憎い。リラの好みの少年になりたい」
「ひとを少年好きのように言うんじゃないわよ。そういう趣味はないわよ」
私はテーブルの下の足をのばして、クロヴィス様の足を蹴った。
特に痛そうな顔はされなかった。それどころか若干嬉しそう。瞳に多少覇気が戻ってきている。
「あれはエミル君。フィオルの弟で、エンバート家の養子なのよ」
「……俺の知らないところで、リラはエンバート家の男たちと、ただならぬ関係になっていたんだな」
フィオルの家族だと説明すれば納得するかと思ったのだけれど、クロヴィス様は泣き出しそうな顔をした。
何故そうなるのかしら。
「人聞きの悪いことを言うんじゃないわ。ただならなくないわよ。なんで友人の家族と話をしてるだけで、ただならないって思われなきゃいけないのよ。それじゃあ大抵の男性は私とただならない関係になるわよ。私のことを何だと思ってるの? ロヴィには私がそんな浮気性の女に見えるの?」
「リラは可憐だからな……」
「私が可憐かどうかは一先ず置いておいて、可憐な女がすぐに男性とただならない関係になるとか思うんじゃないわよ。馬鹿なの?」
「リラにその気がなくても、男にはその気しかない。男は獣だからな……」
「獣はロヴィだけで十分よ」
これ以上番だのなんだの言う、獣のような男性が増えてたまるかと思う。
クロヴィス様は何故か頬を若干染めながら、私から視線を逸らした。
「……リラ。そんな大胆なことを、こんなところで」
「馬鹿だわ」
私はイライラしながらケーキにフォークを突き刺した。
下ネタを言うか私の浮気を心配するか、どちらかにして欲しい。
目の下に隈でも出来上がっていそうな淀みっぷり。
クロヴィス様は完全に何かを誤解している。誤解を解くために一旦フォークを皿に戻して、私は口を開こうとした。
けれどその前に、新しいお客さんの来訪に気づいたエミル君が、私たちの雰囲気に気おされることなどなく、明るく声をかけてきてくれた。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたら、声をかけてくださいね!」
修羅場を前にしても煌びやかな美少年ぶり、流石だわ。
エミル君は爽やかに微笑んで、クロヴィス様の前にミントが入ったお水と濡れたおしぼりを置いてくれた。
クロヴィス様はじろりとエミル君を睨む。お店の看板美少年を睨むとかどうかしている。
「私と同じものをお願いして良いかしら。ロヴィは甘いものは大丈夫だったわよね。紅茶は冷たいものにしてくれるかしら。暖かいものが苦手なの」
「わかりました」
何も言わないクロヴィス様のかわりに、私が注文をした。
喫茶店に来て別れ話の雰囲気を醸し出した挙句、何も注文しないとか、それは最早客じゃない。
私はケーキをまだ食べ終わっていないし、クロヴィス様の誤解を解く必要もあるし、お店に迷惑をかけてしまう慰謝料としてせめて注文をしなければと思う。
「それから、お土産に焼き菓子を買って帰りたいのだけれど、準備をしておいてくれるかしら」
「良いですよ、リラさん。いつもの、ですね」
「ありがとう、エミル君」
ついでに、公爵家の使用人たちに渡す分のお土産と、ルシアナの分のお土産の注文もしておく。
初めてのことじゃないので、エミル君は詳しくお願いしなくても分かっていると頷いてくれた。
「……随分親しい……、リラ、……年下の少年が、好みだったのか……」
クロヴィス様は口元に手を当てると、泣きそうな顔でぶつぶつと呟いた。
エミル君は接客用の笑顔のまま私の耳に顔を寄せる。
「……リラさん、大丈夫ですか? お知り合いの方、なんかヤバそうですけど」
砕けた口調でエミル君が言う。
「もしかして、リラさんのストーカー?」
「ストーカーって何?」
「好きな女性を追い掛け回す男のことですよ。犯罪者です」
私の知っている庶民の方々が使うスラングは、基本的にエミル君やエンバート家の方々と話しているうちに覚えたものである。
ストーカーとは、新しい単語だわ。
状況的には正しいのかもしれないけれど、クロヴィス様を犯罪者認定するのは流石に気が引ける。
「違うわ。婚約者よ」
私もこそこそとエミル君に返事をした。
エミル君は私の出自を知っているので、婚約者という言葉に驚いたようにクロヴィス様をまじまじと見つめた。
「つまり……、このヤバそうな人は、……まさかの」
「そのまさかよ。でも気づかないふりをしていて。ちょっと色々あってややこしいんだけど、すぐに連れて帰るから。お願いよ」
エミル君は納得したようにこくりと頷くと「ご注文、ありがとうございます。少々お待ちくださいね」と言って、店の奥へと入って行った。
クロヴィス様の来訪をカレルさんに伝えるのだろう。
「……リラ、……好きな男がいると、どうして教えてくれなかったんだ」
エミル君が去ったあと、クロヴィス様は掠れて震える声で言った。
私は深く溜息をついた。無断で私を追いかけてきた上に勘違いとか、なんて面倒臭いひとなのかしら。
「俺も数年前まではあのような、……いや、もっと美しい少年だった筈だ。成長してしまったこの体が憎い。リラの好みの少年になりたい」
「ひとを少年好きのように言うんじゃないわよ。そういう趣味はないわよ」
私はテーブルの下の足をのばして、クロヴィス様の足を蹴った。
特に痛そうな顔はされなかった。それどころか若干嬉しそう。瞳に多少覇気が戻ってきている。
「あれはエミル君。フィオルの弟で、エンバート家の養子なのよ」
「……俺の知らないところで、リラはエンバート家の男たちと、ただならぬ関係になっていたんだな」
フィオルの家族だと説明すれば納得するかと思ったのだけれど、クロヴィス様は泣き出しそうな顔をした。
何故そうなるのかしら。
「人聞きの悪いことを言うんじゃないわ。ただならなくないわよ。なんで友人の家族と話をしてるだけで、ただならないって思われなきゃいけないのよ。それじゃあ大抵の男性は私とただならない関係になるわよ。私のことを何だと思ってるの? ロヴィには私がそんな浮気性の女に見えるの?」
「リラは可憐だからな……」
「私が可憐かどうかは一先ず置いておいて、可憐な女がすぐに男性とただならない関係になるとか思うんじゃないわよ。馬鹿なの?」
「リラにその気がなくても、男にはその気しかない。男は獣だからな……」
「獣はロヴィだけで十分よ」
これ以上番だのなんだの言う、獣のような男性が増えてたまるかと思う。
クロヴィス様は何故か頬を若干染めながら、私から視線を逸らした。
「……リラ。そんな大胆なことを、こんなところで」
「馬鹿だわ」
私はイライラしながらケーキにフォークを突き刺した。
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