半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

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胡乱な男の結婚宣言

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 ――だから、割り切っていたのに。
 私は苛々しながら考える。
 恋愛なんて苦手だ。期待したって苦しくなるだけ。毎日仲良くしているお父様とお母様を見ていると、我が身を振り返って虚しくなってしまう。
 好いた腫れたを遠ざけて、できるだけ別のことを考えることにした。
 そうしたら、気が楽になった。
 だから今更クロヴィス様に謝られて――、好きだと言われても、と思ってしまう。

「……リラ。……結婚しよう、今すぐに」

 クロヴィス様は真剣な表情で、私を真っ直ぐに見ながら言った。
 飾り気のない言葉だったけれど、だからこそその言葉は私の耳に真摯に響いた。
 私は二の句が継げずに、口をぱくぱくさせた。
 今更、今更だわ。
 なんだこいつ。私の恋心とか青春とか素直な気持ちを踏み躙っておいて、今更何を言っているのかしら。
 おかげ様で私は、可愛げのないツンデレとやらに育ってしまったのよ。
 昔は――こんなことを言われたら、素直に喜んでいたと思うのに。

「どうせ三年後には結婚するんですから、急ぐ必要ありませんし」

 私はそれはもう可愛げのない返事をした。
 ついでにぷいっと横を向いた。私は怒っているのである。非常に怒っている。
 ご乱心したクロヴィス様の介護というならまだしも、私がクロヴィス様に冷たくされて寂しかったなどと誤解――でもないけれど、ともかく、不本意な解釈をされて、今すぐ結婚だなんて有り得ない。

「だいたい、ですね。ロヴィは勝手なんですよ。私が女らしくなったからとかなんとか言っていましたけれど、結局反省して私に歩み寄ろうとしてきたのだって、運命の女性とやらが現れるのが心配だったからじゃないですか」

「それも心配ではあるが、リラが良い男に奪われるのが怖い」

「何度も言いますがそんなひといませんし。だいたい、それを私に言うのだって自分勝手なんですよ。万が一、本当にロヴィの妄想の通りになった場合、捨てられるのは私じゃないですか」

「……俺は、……リラへの愛の力で、正気に戻る筈だ」

「ミレニアが言っていましたよ。番を好きだと思う気持ちは、初恋のようなものだって。それって別に、正気ですよね。乱心したわけじゃなくて、種族の特性であっても初恋には変わりないですよ」

「俺の初恋はリラだ。それだけは確実だ」

「じゃあ、番とか、心配する必要ないじゃないですか。でも心配なんですよね。だからつまり、ロヴィの初恋はこれからなんです。そうなったときが私とロヴィが結婚した後だったら、あまりにも虚しいから、嫌です」

「リラ、それは……俺のことを、好きだと思ってくれているということだな」

「調子に乗らないでください」

 今はそういうことを話しているわけじゃないのだ。
 私はクロヴィス様を睨んだ。

「……すまない、嬉しくてつい」

「だいたい、その番、とか、番じゃないとか、そんなのロヴィの感覚一つできまることじゃないですか」

「それは、そうだが……」

「じゃあ、私が番です、で良くないですか」

 それならもう万事解決だ。
 ここで頷いてくれるのなら、昔の態度も今の態度も全て水に流して許してあげなくもない。
 何も私はクロヴィス様と結婚したくないと言っているわけではないのだし。

「それは、違うんだ、リラ。……もちろん、母の話を気にしているということはある。けれど、……俺は俺の意思で、リラが好きだ。獣の本能などは関係がない。だから、万が一番が現れても、リラを選ぶことができると信じている。そう、思いたい」

 クロヴィス様は何故か深刻な表情で言った。
 そんなに気にすることなのかしら。ミレニアはそこまで、番という存在について悩んでいる様子はなかったのに。

「なんでそこはそんなに頑ななんですか」

 私は溜息をついた。
 一体何をそこまで思い悩んでいるのかしら。苦労をしている王妃の会での噂話でここまで不安になるというのは、どうにも疑わしい気がしてきた。
 何かほかに、理由があるのではないかしら。
 だったら、聞いてあげるべきよね。これはクロヴィス様ひとりの問題ではないのだし。
 私の自由と人権がかかっているのだから。

「ともかく、……きっかけは、母の話だったかもしれないが、俺は二度と、リラに寂しい思いをさせないことを誓う。ずっとリラが好きだったということも嘘ではない。顔を見るたびに照れてしまって、冷たくしてしまったことも……、反省している」

「うぅ……」

 私は口ごもった。
 本当は結構ムカついているのだけれど、しおらしい様子で素直に愛の言葉を告げられると、言い返せなくなってしまう。

「思春期の少年とは、好きな女の子に冷たくしてしまうものですよ、リラさん。よくあることです。僕にも身に覚えがありますよ」

 優しい声音に顔をあげると、いつの間にかエミル君が両手に私が頼んだお土産を手にして、テーブルの横へと立っていた。
 まさかと思い周囲を見渡すと、お客さんのお姉様方が皆こちらに視線を向けている。
 エミル君の言葉に、こくこくと頷いているお姉様方の心配そうな視線が心に痛い。完全な痴話喧嘩を、カレルさんのお店で繰り広げてしまった。
 どうしてくれるのかしら、恥ずかしすぎてしばらく来れなくなってしまいそうだ。

「エミル君、お土産ありがとう。騒がしくしてごめんね」

「良いんですよ、リラさん。僕か兄が、リラさんを奪う良い男になる可能性があることが分かって、僕としては大変満足しています」

「そういうことばっかり言っていると、いつか夜道で刺されるわよ」

「リラさんにしか言いませんよ」

 にこにこ微笑んでいるエミル君に、殺気立った視線を送るクロヴィス様を引きずるようにして、私はお会計をすませると店を出た。
 両手いっぱいのお土産は全部クロヴィス様に持たせることにした。
 因みに代金は私が全て払った。クロヴィス様は大変育ちがよろしいので、こういった場所で現金払いをしたことは生まれてこの方一度もないのだ。



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