35 / 67
胡乱な男の結婚宣言
しおりを挟む
――だから、割り切っていたのに。
私は苛々しながら考える。
恋愛なんて苦手だ。期待したって苦しくなるだけ。毎日仲良くしているお父様とお母様を見ていると、我が身を振り返って虚しくなってしまう。
好いた腫れたを遠ざけて、できるだけ別のことを考えることにした。
そうしたら、気が楽になった。
だから今更クロヴィス様に謝られて――、好きだと言われても、と思ってしまう。
「……リラ。……結婚しよう、今すぐに」
クロヴィス様は真剣な表情で、私を真っ直ぐに見ながら言った。
飾り気のない言葉だったけれど、だからこそその言葉は私の耳に真摯に響いた。
私は二の句が継げずに、口をぱくぱくさせた。
今更、今更だわ。
なんだこいつ。私の恋心とか青春とか素直な気持ちを踏み躙っておいて、今更何を言っているのかしら。
おかげ様で私は、可愛げのないツンデレとやらに育ってしまったのよ。
昔は――こんなことを言われたら、素直に喜んでいたと思うのに。
「どうせ三年後には結婚するんですから、急ぐ必要ありませんし」
私はそれはもう可愛げのない返事をした。
ついでにぷいっと横を向いた。私は怒っているのである。非常に怒っている。
ご乱心したクロヴィス様の介護というならまだしも、私がクロヴィス様に冷たくされて寂しかったなどと誤解――でもないけれど、ともかく、不本意な解釈をされて、今すぐ結婚だなんて有り得ない。
「だいたい、ですね。ロヴィは勝手なんですよ。私が女らしくなったからとかなんとか言っていましたけれど、結局反省して私に歩み寄ろうとしてきたのだって、運命の女性とやらが現れるのが心配だったからじゃないですか」
「それも心配ではあるが、リラが良い男に奪われるのが怖い」
「何度も言いますがそんなひといませんし。だいたい、それを私に言うのだって自分勝手なんですよ。万が一、本当にロヴィの妄想の通りになった場合、捨てられるのは私じゃないですか」
「……俺は、……リラへの愛の力で、正気に戻る筈だ」
「ミレニアが言っていましたよ。番を好きだと思う気持ちは、初恋のようなものだって。それって別に、正気ですよね。乱心したわけじゃなくて、種族の特性であっても初恋には変わりないですよ」
「俺の初恋はリラだ。それだけは確実だ」
「じゃあ、番とか、心配する必要ないじゃないですか。でも心配なんですよね。だからつまり、ロヴィの初恋はこれからなんです。そうなったときが私とロヴィが結婚した後だったら、あまりにも虚しいから、嫌です」
「リラ、それは……俺のことを、好きだと思ってくれているということだな」
「調子に乗らないでください」
今はそういうことを話しているわけじゃないのだ。
私はクロヴィス様を睨んだ。
「……すまない、嬉しくてつい」
「だいたい、その番、とか、番じゃないとか、そんなのロヴィの感覚一つできまることじゃないですか」
「それは、そうだが……」
「じゃあ、私が番です、で良くないですか」
それならもう万事解決だ。
ここで頷いてくれるのなら、昔の態度も今の態度も全て水に流して許してあげなくもない。
何も私はクロヴィス様と結婚したくないと言っているわけではないのだし。
「それは、違うんだ、リラ。……もちろん、母の話を気にしているということはある。けれど、……俺は俺の意思で、リラが好きだ。獣の本能などは関係がない。だから、万が一番が現れても、リラを選ぶことができると信じている。そう、思いたい」
クロヴィス様は何故か深刻な表情で言った。
そんなに気にすることなのかしら。ミレニアはそこまで、番という存在について悩んでいる様子はなかったのに。
「なんでそこはそんなに頑ななんですか」
私は溜息をついた。
一体何をそこまで思い悩んでいるのかしら。苦労をしている王妃の会での噂話でここまで不安になるというのは、どうにも疑わしい気がしてきた。
何かほかに、理由があるのではないかしら。
だったら、聞いてあげるべきよね。これはクロヴィス様ひとりの問題ではないのだし。
私の自由と人権がかかっているのだから。
「ともかく、……きっかけは、母の話だったかもしれないが、俺は二度と、リラに寂しい思いをさせないことを誓う。ずっとリラが好きだったということも嘘ではない。顔を見るたびに照れてしまって、冷たくしてしまったことも……、反省している」
「うぅ……」
私は口ごもった。
本当は結構ムカついているのだけれど、しおらしい様子で素直に愛の言葉を告げられると、言い返せなくなってしまう。
「思春期の少年とは、好きな女の子に冷たくしてしまうものですよ、リラさん。よくあることです。僕にも身に覚えがありますよ」
優しい声音に顔をあげると、いつの間にかエミル君が両手に私が頼んだお土産を手にして、テーブルの横へと立っていた。
まさかと思い周囲を見渡すと、お客さんのお姉様方が皆こちらに視線を向けている。
エミル君の言葉に、こくこくと頷いているお姉様方の心配そうな視線が心に痛い。完全な痴話喧嘩を、カレルさんのお店で繰り広げてしまった。
どうしてくれるのかしら、恥ずかしすぎてしばらく来れなくなってしまいそうだ。
「エミル君、お土産ありがとう。騒がしくしてごめんね」
「良いんですよ、リラさん。僕か兄が、リラさんを奪う良い男になる可能性があることが分かって、僕としては大変満足しています」
「そういうことばっかり言っていると、いつか夜道で刺されるわよ」
「リラさんにしか言いませんよ」
にこにこ微笑んでいるエミル君に、殺気立った視線を送るクロヴィス様を引きずるようにして、私はお会計をすませると店を出た。
両手いっぱいのお土産は全部クロヴィス様に持たせることにした。
因みに代金は私が全て払った。クロヴィス様は大変育ちがよろしいので、こういった場所で現金払いをしたことは生まれてこの方一度もないのだ。
私は苛々しながら考える。
恋愛なんて苦手だ。期待したって苦しくなるだけ。毎日仲良くしているお父様とお母様を見ていると、我が身を振り返って虚しくなってしまう。
好いた腫れたを遠ざけて、できるだけ別のことを考えることにした。
そうしたら、気が楽になった。
だから今更クロヴィス様に謝られて――、好きだと言われても、と思ってしまう。
「……リラ。……結婚しよう、今すぐに」
クロヴィス様は真剣な表情で、私を真っ直ぐに見ながら言った。
飾り気のない言葉だったけれど、だからこそその言葉は私の耳に真摯に響いた。
私は二の句が継げずに、口をぱくぱくさせた。
今更、今更だわ。
なんだこいつ。私の恋心とか青春とか素直な気持ちを踏み躙っておいて、今更何を言っているのかしら。
おかげ様で私は、可愛げのないツンデレとやらに育ってしまったのよ。
昔は――こんなことを言われたら、素直に喜んでいたと思うのに。
「どうせ三年後には結婚するんですから、急ぐ必要ありませんし」
私はそれはもう可愛げのない返事をした。
ついでにぷいっと横を向いた。私は怒っているのである。非常に怒っている。
ご乱心したクロヴィス様の介護というならまだしも、私がクロヴィス様に冷たくされて寂しかったなどと誤解――でもないけれど、ともかく、不本意な解釈をされて、今すぐ結婚だなんて有り得ない。
「だいたい、ですね。ロヴィは勝手なんですよ。私が女らしくなったからとかなんとか言っていましたけれど、結局反省して私に歩み寄ろうとしてきたのだって、運命の女性とやらが現れるのが心配だったからじゃないですか」
「それも心配ではあるが、リラが良い男に奪われるのが怖い」
「何度も言いますがそんなひといませんし。だいたい、それを私に言うのだって自分勝手なんですよ。万が一、本当にロヴィの妄想の通りになった場合、捨てられるのは私じゃないですか」
「……俺は、……リラへの愛の力で、正気に戻る筈だ」
「ミレニアが言っていましたよ。番を好きだと思う気持ちは、初恋のようなものだって。それって別に、正気ですよね。乱心したわけじゃなくて、種族の特性であっても初恋には変わりないですよ」
「俺の初恋はリラだ。それだけは確実だ」
「じゃあ、番とか、心配する必要ないじゃないですか。でも心配なんですよね。だからつまり、ロヴィの初恋はこれからなんです。そうなったときが私とロヴィが結婚した後だったら、あまりにも虚しいから、嫌です」
「リラ、それは……俺のことを、好きだと思ってくれているということだな」
「調子に乗らないでください」
今はそういうことを話しているわけじゃないのだ。
私はクロヴィス様を睨んだ。
「……すまない、嬉しくてつい」
「だいたい、その番、とか、番じゃないとか、そんなのロヴィの感覚一つできまることじゃないですか」
「それは、そうだが……」
「じゃあ、私が番です、で良くないですか」
それならもう万事解決だ。
ここで頷いてくれるのなら、昔の態度も今の態度も全て水に流して許してあげなくもない。
何も私はクロヴィス様と結婚したくないと言っているわけではないのだし。
「それは、違うんだ、リラ。……もちろん、母の話を気にしているということはある。けれど、……俺は俺の意思で、リラが好きだ。獣の本能などは関係がない。だから、万が一番が現れても、リラを選ぶことができると信じている。そう、思いたい」
クロヴィス様は何故か深刻な表情で言った。
そんなに気にすることなのかしら。ミレニアはそこまで、番という存在について悩んでいる様子はなかったのに。
「なんでそこはそんなに頑ななんですか」
私は溜息をついた。
一体何をそこまで思い悩んでいるのかしら。苦労をしている王妃の会での噂話でここまで不安になるというのは、どうにも疑わしい気がしてきた。
何かほかに、理由があるのではないかしら。
だったら、聞いてあげるべきよね。これはクロヴィス様ひとりの問題ではないのだし。
私の自由と人権がかかっているのだから。
「ともかく、……きっかけは、母の話だったかもしれないが、俺は二度と、リラに寂しい思いをさせないことを誓う。ずっとリラが好きだったということも嘘ではない。顔を見るたびに照れてしまって、冷たくしてしまったことも……、反省している」
「うぅ……」
私は口ごもった。
本当は結構ムカついているのだけれど、しおらしい様子で素直に愛の言葉を告げられると、言い返せなくなってしまう。
「思春期の少年とは、好きな女の子に冷たくしてしまうものですよ、リラさん。よくあることです。僕にも身に覚えがありますよ」
優しい声音に顔をあげると、いつの間にかエミル君が両手に私が頼んだお土産を手にして、テーブルの横へと立っていた。
まさかと思い周囲を見渡すと、お客さんのお姉様方が皆こちらに視線を向けている。
エミル君の言葉に、こくこくと頷いているお姉様方の心配そうな視線が心に痛い。完全な痴話喧嘩を、カレルさんのお店で繰り広げてしまった。
どうしてくれるのかしら、恥ずかしすぎてしばらく来れなくなってしまいそうだ。
「エミル君、お土産ありがとう。騒がしくしてごめんね」
「良いんですよ、リラさん。僕か兄が、リラさんを奪う良い男になる可能性があることが分かって、僕としては大変満足しています」
「そういうことばっかり言っていると、いつか夜道で刺されるわよ」
「リラさんにしか言いませんよ」
にこにこ微笑んでいるエミル君に、殺気立った視線を送るクロヴィス様を引きずるようにして、私はお会計をすませると店を出た。
両手いっぱいのお土産は全部クロヴィス様に持たせることにした。
因みに代金は私が全て払った。クロヴィス様は大変育ちがよろしいので、こういった場所で現金払いをしたことは生まれてこの方一度もないのだ。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる