半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

文字の大きさ
45 / 67

回復魔法は存在しないので根性で何とかするしかない

しおりを挟む

 クロヴィス様が、助けに来てくれた。
 あと少し遅ければ私の体は食いちぎられて、亡骸が草むらに転がっていただろう。
 安堵のせいか体の力が抜ける。
 ふらりと倒れそうになった体を、クロヴィス様が支えてくれる。

「リラ、……なんて、酷い」

 泣き出しそうな表情を浮かべて、クロヴィス様は私の体を上から下まで視線を向けて確認した。
 あまり見られたい姿ではないけれど、仕方ない。
 全身を苛んでいた痛みは、今はかなり局所的になってきている。
 右足首のずきずきとした痛みが酷いせいか、多少のかすり傷についてはあまり気にならなくなっていた。
 気を失ったせいであまり水を飲み込まなくてすんだようだ。
 咳をしたときに吐き出すことができたようで、息苦しさも薄らいでいた。

「大丈夫。ロヴィ、助かったわ、ありがとう」

 両手は動かすことができる。
 立ち上がることはできそうにないけれど、私はクロヴィス様の服を握りしめて自分の体を支えた。

「大丈夫なんかじゃない。リラを失ってしまうかと思った。……どうして、こんなことに」

 絞り出すような声音で、クロヴィス様が言う。
 怒りと焦燥、苦渋が混じりあったような表情は、はじめて見るものだった。

「道が崩れて、落ちたの。でも、足を捻ったみたいで、歩けそうになくて……」 

「あぁ。リラの担任が、事故を知らせる手紙を学園の教員たちに送ってきた。それで俺もリラが崖から落ちたことを知って……、フィオルとミレニアはまだ上にいる。俺は、滑落場所から崖を降りて、リラを探した。……見つかって、良かった」

「良く、見つけたわね……」

「血の香りのする方をひたすら探した。人食い熊は目立つ。だから、リラを見つけられた」

「じゃあ、襲われて良かったのかもしれないわね」

 冗談のつもりだったのに、クロヴィス様は眉を寄せて不機嫌な表情で首を振った。

「……笑えない」

「ごめんなさい」

 デリカシーがなかったわね、今の。
 クロヴィス様は私の体を抱き上げて立ち上がった。
 私は痛みに顔をしかめる。声を上げないように奥歯を噛みしめた。
 体に衝撃が加わるだけで、ずきりと体を痛みが走り抜ける。全神経が足首に集まってしまったみたいだ。
 
「悪い。少し、堪えていてくれ」

「痛いぐらい、どうってことないわ。助かったのだし。来てくれてありがとう、ロヴィ。ロヴィが居なければ、……きっと、無事ではいられなかったわね」

「今日ほど、半獣族として生まれて良かったと思った日はない。間に合って、良かった」

「崖、降りてきたのよね。凄いわね、かなり上から落ちてしまった気がするのに」

「半獣族の身体能力であれば、降りるのは容易だ。だが、登るのは無理だな。一人ならどうにかなるが、リラを抱えては、危険だろう」

 クロヴィス様は切り立った崖の方向へと視線を向ける。
 崖の側面には凹凸があるだけで、道のようなものはなさそうだった。
 崖の上にはフィオルとミレニアがいるのかもしれないけれど、視界には入らないぐらいに高さがある。

「迷惑をかけて、ごめんなさい」

 痛みと申し訳なさで、心が沈んだ。
 
「迷惑なんて思っていない。……リラ、心配しなくて良い。一緒に帰ろう」

 クロヴィス様の言葉と共に、眩く輝く光弾が空へと打ちあがり弾けた。
 いくつかの光弾が真昼の空に花火のように打ちあがる。赤や青、紫色の光の塊が空で弾けて、目が眩むほど眩しくあたりを照らした。

「教師たちが未だリラを探している。他の生徒は学園に戻ったが、フィオルとミレニアは帰らないと言い張っている。リラを見つけたら合図をし、その場から離れず救援を待つという約束だ」

「私、……ごめんなさい。皆に迷惑をかけてしまって」

「リラは悪くない。皆、リラを心配している。気に病む必要はない」

「はい……」

「無暗に動き回らずに救援を待つ必要があるが、その前に……、その服では、凍えてしまうな。ここだけ地面が濡れているのは、水魔法を使ったからか? とりあえず、どこか休める場所を探そう」

 クロヴィス様はそう言うと、濡れた草むらを避けるようにして歩き出した。

「こういう時、傷を治す魔法がないことが歯がゆいな」

「……時間がたてば、治る傷です。問題ないです」

 悔しそうにクロヴィス様が言う。
 私は首をふった。
 傷跡が残らないと良いけれど。そんなことを心配している場合ではないのだろうけれど、傷跡の残る体をクロヴィス様に見られるのは嫌だなと思った。


しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

処理中です...