62 / 67
クロヴィス・ラシアンは心配性 1
しおりを挟むーー首を絞める、夢を見る。
片手でも掴めるぐらいの細い首だ。
白くて骨が浮き出ていて儚い首を、俺は両手で締め上げている。手のひらに、脈の拍動が伝わってくる。
それはぎりりと締め上げる強さを強くするたび次第に弱まり、やがて、ぴたりと止まる。
「ーーっ」
また、同じ悪夢だ。
寝衣が冷や汗で湿り気を帯びている。呼吸が促迫し、喉から嫌な音があがる。
胸を押さえて、ベッドの上で蹲った。
目尻に、情けなくも涙が滲んでいる。
「リラ、……どうして、俺は」
首を絞めた感触が、手のひらに残っているようだった。
失われた命の感触。
俺が、奪った命の。
くたりと力を失った、少女の体。美しく、可憐な顔。深く閉じられた瞼は、二度と開かない。
悲しみと苦しみと、ーー例えようもな充足感が、胸を満たしている。
俺が、奪った。二度と誰にも奪われないように、その体を貪り、命を。
夢だと分かっているのに、それはまるで現実に起こったことのようで、夢と現実の境が曖昧になってしまう。
吐き気を抑えながら少しづつ覚醒してくる頭で、考える。
俺は、リラとは長らく会っていない。ーーだから、リラは生きている。
殺してなんていない。
大丈夫だ。
その夢を見るようになったのは、王家の保管する歴史書を読んだ時からだった。
古の王の罪と、半獣族の特性についてが本には書かれていた。
古の王は、番を見つけて、愛していた王妃を裏切った。その後、思うように手に入らない番を殺し、逃げた王妃を強引に連れ戻して、王妃をも殺し、自死した。
幼かった俺はその話を知って、哀れなことだと思った。
けれど、それと同時に恐ろしく思った。
俺は半獣族として産まれた。父は人族だが、半獣族である母の血を強く受け継いでしまったようだ。
半獣族は、人族とは違う。身体能力が高い。それから、本能的な欲求が強い。
女性の場合は、家族や友人を守りたいという母性に現れる。だから、半獣族の女性は愛情深いと言われている。
男性の場合は、独占欲や支配欲が強くなる。
王としての気質的な部分としては悪くない傾向だろう。
しかしーー俺は。
俺は、リラ・ネメシアが好きだった。
最初にその姿を見た時からずっと、リラが好きだ。
リラは父の妹の子供だ。つまり、従兄妹にあたる。よく城に遊びに来ていて、一緒に遊んでいた。
リラは俺を友人だと思ってくれているようだが、俺ははじめからそのつもりはなかった。
無邪気で、素直で、愛らしくて、恥ずかしがり屋で、案外気が強くて。
ーー食べてしまいたい。
ずっと、そう思っていた。
艶やかな細い銀色の髪も、春の花のような薄桃色の大きな瞳も、白い肌も、小さな口も、ふっくらとした唇も全て、食べてしまいたい。
俺の持つ感情の異常性に気づいたのは、古の王の罪を知ったからかもしれない。
リラが好きだ。誰にも奪われたくない。けれど、ーーリラを、このままでは傷つけてしまうかもしれない。
食べてしまいたいという欲求を、無理やり心の奥に押し込めた。
それは気の迷いだと自分に言い聞かせた。
リラが好きだという気持ちは、至って普通な、ごくごく一般的な、淡い初恋。
そう思い込もうとした。
リラと結婚したいと父に伝えた。父も母も、純粋に喜んでくれた。
従兄妹同士の結婚は許されている。ネメシア公爵家は家柄としては申し分ないし、ネメシア公爵の財務管理のおかげでラシアン王家の財政状況は潤沢だった。だから、二つ返事で了承してくれた。
ネメシア公爵家からも快い返事を貰うことができた。
リラに好意を伝えると、恥ずかしそうにしながらも、喜んでくれた。
リラにとってまだ俺は友人程度の存在だと感じていたけれど、それでも構わない。ゆっくり、穏やかな時間が過ぎていけば良いと思っていた。
夢は、相変わらず見続けていた。
幼い頃にはよく分からなかった夢の意味を、俺は徐々に理解し始めていた。
成長するに従って、リラはどんどん美しく、女性らしくなっていった。
リラの姿が、徐々に夢で見ている女の姿に近づいていく。
それに追従するようにして、夢を見る頻度が、あがっていく。
そうして俺が殺し続けている女がリラだとはっきりと自覚した時、ーー俺は、古の王が自分で、自分は古の王なのではないかという妄執に、支配された。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる