半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

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クロヴィス・ラシアンは心配性 4

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 物質破壊魔法の使用者のリストに目を通し調べてみたものの、リラを憎んでいる、もしくはネメシア公爵家に恨みのあるような人物は見当たらなかった。
 憶測だけで事故を人為的な事件だと言うことはできない。
 確証が持てるまでは大々的に公表することは憚られた。
 ひとまずシグルーンを呼び出して、相談することにした。

「ーーと、いうわけだが。どう思う?」

 寮にある俺の部屋でシグルーンに状況を説明すると、シグルーンは悩ましげに眉をひそめた。

「……人食い熊の方には、心当たりがありますね」

「心当たりとは?」

「魔獣を、魔力によって石に閉じ込める技術についてです。魔獣とは、人獣戦争の時に獣を魔力で改造したもの。もしくは、獣に半獣族の血液を混ぜ込んだもの。現在残っているのは、それらが野生化し繁殖しているものです。その性質は獣とほとんど変わりませんが、総じて凶暴です。まぁ、兵器だったので、凶暴でなくては困りますが」

「それは知っている。だが、魔力によって石に封じるという話ははじめて聞いた」

「魔獣研究者の残した古い文献に、確かそんなことが書いてありました。人獣戦争の時に、より兵器としての使用が容易になるように、そのようにして持ち運ぼうとした、とか。結局その技術が完成する前に戦争は終わってしまったようですが」

「誰かが、それを完成させたのか。だが、どうしてリラを殺そうとする必要がある」

「リラ様は可憐ですからね。気が強くて可愛げがないように見えて、非常に可愛らしくて素直です。男性で、リラ様を害しようとするものはまずいないでしょう。手に入れようとする者がいたとしても」

 俺はシグルーンを睨んだ。
 そんなことは知っている。余計なことは言わなくて良い。

「殿下はリラ様を奪われることばかりに気を取られて、ご自身に向けられる感情には鈍感でしょう。リラ様を害する理由はありますよ。多分、嫉妬でしょうね」

「嫉妬? あまりにも可憐だから、憎まれるのか? その程度の理由で……」

「十分理由になるでしょう。リラ様がいなくなれば、殿下の婚約者の座が空席になりますからね。それを狙っている女性は、少なくありません」

「くだらない。そんなことで、リラは怪我をしたのか? だとしたら、俺のせいだ」

「殿下のせいです」

 シグルーンは、特に俺を慰めるようなこともなく、きっぱりと言った。

「……物質破壊魔法を使える、校外学習に参加していた一年生というのは、男子生徒しかいない。誰かに頼んだか、それとも、誰かが校外学習に紛れ込んでいたとしたら、該当者を見つけることは困難だ」

 俺のせいでリラが傷付けられたとしたら、リラのために早く犯人を見つけなくてはいけない。
 幸いリラは休養中だ。だが、学園に戻ってきたらいつまた危険な目に遭うとも限らない。
 一体誰がそのようなことをしたのだと考えるが、女生徒の顔などは覚えていないので、誰一人頭に思い浮かばなかった。
 俺が知っているのは、フィオルとミレニアぐらいだ。リラ以外の女に興味がないので、名前と肩書きぐらいしか認識していない。当たり前だが、個人的に親しくしている者も、話をしたことがある者もいない。
 話しかけられても、適当にあしらっていた。会話の内容も覚えていないぐらいだ。
 晩餐会などで誘われれば礼儀としてダンスの相手をすることもあるが、誰の相手をしたかなんてまるで思い出せない。
 シグルーンは、口元に手を当てて、軽く首を傾けた。

「殿下は、心当たりはないのですか」

「ない」

「女性に言い寄られているという自覚は?」

「ないな。リラ以外の女は、女として認識していない」

「……殿下がそうでも、相手にとってはそうではないんですよ。まぁ、良いです。私の方でそれは把握していますからね。……ある程度、調べたらまた、報告しにきますよ。それから、……殿下は、このことが片付くまで、リラ様に会いに行かないようにしてください」

「何故だ?」

 怪我をして歩けないだろリラのことが心配だった。
 できれば、毎日顔を見に行きたいと思っていた。この数日は忙しなく、リラも辛い姿を見られたくないだろうからと、我慢していたのだが。

「傷つき弱っている女性というのは、普段よりもずっと魅力的に見えるものです。殿下の自制心がもたないかもしれない」

「……余計な世話だ」

「というのは冗談で、ーーリラ様がいない今、リラ様を害しようとした者を炙り出せるかもしれない。そのためには、殿下にはリラ様と距離をとってもらう必要があるんですよ。詳しいことは、また後日」

 シグルーンはそれだけ言うと、部屋を出て行った。
 再び俺の元へとシグルーンがやってきたのは、数日後のこと。
 そうして、俺は最低な提案を持ちかけられたのである。

「……エイダ・ディシードに言い寄れ?」

「はい」

 生真面目な顔で頷くシグルーンを、俺は睨みつけた。
 何故そのようなことをしなければいけないのか。
 ディシード家は、国の西に領地を持つ侯爵家である。エイダ・ディシードのことはよく知らない。
 何度か話しかけられたことはあっただろうか。適当に返事をしていたから覚えていない。
 リラと同じ教室にいるようだが、意識したことはなかった。

「嫌だ」

「まぁ、そう言わずに。リラ様には内緒にしていてあげますから」

「尚更嫌だ」

「でも、殿下。リラ様を傷つけた人間を野放しにはできないでしょう」

「何故言い寄る必要がある」

「ディシード家では、多くの魔導士を賓客として集めているようですよ。魔導士といっても裕福な貴族ばかりではありません。没落した者もいれば、貴族として生まれずそのまま庶民として魔導士になった者もいないわけではありません。金に困っていれば、雇われることもあるでしょう。そうして魔導士を集めて研究を行い、魔獣を封じた石を作り出しているという噂があります」

「戦争でも起こすつもりか」

「ディシード侯爵は野心家として有名です。娘のエイダを、殿下の婚約者にと強く推していた。それは叶いませんでしたが」

「侯爵が野心家なことは知っているが、婚約の件は知らない」

「殿下が気にする必要のないことですからね。私が知っていれば良いんです。王家に擦り寄ることが叶わず、簒奪を望んで軍事力を増強している可能性はあります」

「……エイダ・ディシードが、リラを殺そうとしたのか?」

「おそらくは、そうではないかと。だから、殿下にはエイダに近づき油断させ、その近辺を調べて欲しいんです。たとえば部屋、もしくは屋敷に、魔獣を封じた石があるかどうか。それがあれば、言い逃れはできないでしょう」

 俺は嫌悪感に顔をしかめる。
 嫌で嫌で仕方ない。
 シグルーンが良いことを思いついたような顔で「番、ということにしましょう」などと言うので、更に最低な気分になった。
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