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サリエルの心配
しおりを挟むこの一週間、私はものすごく頑張ったと思う。
努力の成果が体型にあらわれているもの。
何事にも全力投球する性質があるらしい果林のお母様は、毎日海藻サラダと蒸し鶏と、蒟蒻をわんさか食卓に出してくれたし、お弁当にも持たせてくれた。
そして水泳部での鬼コーチによる、鬼の水泳指導。
ノルマを達成するまで絶対に許してくれないルイ先輩に、私と三月は協力して立ち向かった。
立ち向かったというか、励ましあって毎日五百メートルを泳ぎきった。
寝る前には、サリエルにうるさく言われてストレッチをしたし、宿題も完璧にこなした。
その結果、腰周りにくびれができたし、なんせ顔がスッキリした。
顔と首回りがすっきりするだけで、元々の果林とはまるで別人のようになった。
体も軽いし、少し動いただけで息切れするようなこともない。体育の時間だって、余裕で走れる。
「ルイ先輩は鬼畜だけれど、頑張った甲斐があったわね。やはり、傭兵は頼りになるわね」
「ルイは傭兵ではなく、ただの男子生徒だが」
「似たようなものよ」
「それよりも、今日からアルバイトをするんだろう、シャーロット。紅樹と一緒に」
「お金を稼げば、美容院に行けるわね。最近はきちんと手入れをしているから、髪の艶も良くなっているとは思うけれど、少し長すぎるのよね」
私は真っ直ぐな黒髪を指先で弄びながら言った。
私は出かける支度をするために、勉強机に鏡を置いて、髪をとかしている。
サリエルはベッドに座って、静かな眼差しを私に向けていた。
「ずいぶんと、馴染んでいるな、シャーロット。果林として」
「私を誰だと思っているの? 私が私である限り、どこでも生きていくことができるのよ」
私は髪を一つにしばった。
花屋とは、肉体労働なのだと紅樹先輩は言っていたのだから、髪も邪魔にならない方が良いだろう。
「君は、ーー誰だ?」
「朝から何を言っているの? 私はシャーロット・ロストワン。他の誰でもないわ」
サリエルは何が言いたいのかしら。
私が果林の体を奪い取って、この生活を満喫して要るように、見えるのかしら。
白沢果林として。
そんなわけ、ないじゃない。
「あなたもずいぶん楽しんでいるように見えるわよ、沙里先生」
「まさか。俺は俺の役割を、過不足なくこなしているだけだ、シャーロット。ところで、君は果林の体では恋愛はしないのではなかったのか?」
「しないわよ」
「誰かに思いを寄せられても?」
「それは仕方のないことよ。シャーロット・ロストワンに憧れを抱くのは、至極当然だわ。でも、果林は私ではないもの。私がいなくなった日のために、果林にとって良好な人間関係を築いておくのは悪いことではないけれど、恋人をつくるもつくらないも、果林の自由だわ」
「本当にそうだろうか」
「しつこいわよ、サリー。さては、私が紅樹先輩と二人でアルバイトをするから、嫉妬をしているのね?」
朝からサリエルがうるさい。
今日は労働一日目なのだから、すっきり爽やかに送り出してもらいたいというものだ。
「そのような感情とは、俺は無縁だ。天使には、そういった感情はない」
「私も同じよ。恋愛よりもアルバイトだわ。それに、だいぶ順調に体重が落ちてきているけれど、気を抜けないのよ。だって、私はまだ肉まんも唐揚げも食べていないのよ? 美味しいという記憶があるだけなのよ。もし一口でも食べてしまったら、そこには堕落が待っているかもしれないじゃない」
あまりの美味しさに感動して、貪り食べてしまったらどうしよう、という恐怖が、最近付き纏っている。
私のことだからきっと大丈夫でしょうけれど。
でも、唐揚げも肉まんも、食べた記憶があるというだけで、ほぼ概念しか知らない状態なのだから、多少の不安はある。
この街には誘惑が多い。
休日といえども気を抜いてはいけないのだ。
私はサリエルに別れを告げて、部屋を出た。
一階に降りてリビングを抜けると、珍しく部屋から出ている蒼依が、私をきつく睨みつけてきた。
面倒なので無視しておいた。
蒼依とは、一度話をしたきり会話をしていないけれど、依然私の中での蒼依はクズメガネである。
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