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シャーロット様、花屋になる
しおりを挟む私は、お花屋さんと言うものがどういうものなのかよく知らなかった。
これは果林も同じだ。
果林にはお花屋さんに入った記憶がない。家に花を飾る習慣もなければ、庭に花を植える習慣もなかったからだ。
約束の待ち合わせの時間に学校のある駅まで行くと、紅樹先輩が駅前のベンチで待っていてくれた。
そこから歩いて十分ほどで、駅前の繁華街の一区画にある、フラワーショップ榊にたどり着いた。
裏口から入って、内側から鍵をあけて、シャッターをあける。
店内はかなり広くて、学校の教室と同じぐらいあるのではないかしら、というぐらいだった。
所狭しと植物の鉢が並んでいる。
大きいものから、小さいものまで。
私はお城の庭園を思い出していた。何度か、セルジュ様に案内していただいたことがある。
花は私は好きでも嫌いでもなかったけれど、セルジュ様は好きだったわね。
誰もいない庭園を散歩していると、とても落ち着くのだと言っていた。
「それじゃあ、今日からよろしくね、果林さん。まずは、店の中にある鉢を、外に出そうか。風や日光に当ててあげないと、元気がなくなってしまうからね」
「わかりましたわ。どれを運べば良いのか、教えてくださいまし。私が全部、運びますわね」
「量が多いから、一緒にやろう」
紅樹先輩は、白いシャツに黒いズボン、その上から黒いエプロンをつけている。
私は果林の洋服をあさって、その中から動きやすそうな、黒いTシャツにジーンズを選んできた。それから、紅樹先輩と同じ黒いエプロン。
不思議なもので、エプロンを一つつけるだけで、すごく店員っぽく見える。そして気合が入る。
その上、今日はいてみたらジーンズがゆるゆるだった。ベルトをしないとずり落ちるほどにゆるゆるだった。
私はご機嫌だ。
きっと果林も喜んでくれているだろう。
私は紅樹先輩に教えてもらいながら、小さな花が並んだケースや、大きな鉢の観葉植物などを外に運んだ。
それから、土が乾いている子たちにはお水をあげたり、肥料をあげたりする。
私がお店の中を動き回っている間に、紅樹先輩は電話での対応をしたり、お客様とお会計のやりとりをしたりしていた。
お客様が購入した花や、鉢植えの包み方なども教えてもらうと、それは私の役割になった。
鉢植えを買っていく方もいるし、花壇に植える花をたくさん買っていく方もいる。
プレゼント用に切花を包んで欲しいという方もいる。
確かに、紅樹先輩の言うようにとても忙しい。
いつも一人で全て対応していたのよね、紅樹先輩。
生徒会長の仕事だって、大変なのでしょうに。
お金をもらって働く以上、私の役割をきっちりこなす必要があるわね。それこそ、紅樹先輩がやることがなくて、仕事を休めるぐらいに。
「果林さん。お疲れ様。あまり遅くなると悪いから、もう帰っても良いよ」
お昼休憩を挟んで、夕方。
客足が途切れて、少し手が空いた私は、お花の種類を覚えようと店の中をうろついていた。
紅樹先輩が私の元へやってくると言った。
夕方以降になると、そこまでお客さんは来ないのだと、紅樹先輩は教えてくれた。
最近夜になるのが遅いけれど、午後七時ともなれば日が落ちてきている。
夕闇がすぐそこまで迫っているようだった。
「いえ、最後まで働きます。それとも、ご迷惑ですか?」
「そんなことはないんだけれど。いつも一人だから、果林さんがいてくれると心強いし」
「それなら店じまいまで手伝っても構いませんわね。今日は色々質問されましたわ。お花の名前や、種類や、育て方について。何も答えられませんでしたの。だから、お花の種類を覚えて、次からは答えられるようにしないといけませんわ」
「一生懸命だね、果林さん。アルバイトなんだから、もっと気楽にしていて良いんだよ」
「私はお金をもらうために働いているのです。お金を貰うからには、お客様の質問に答えられないなどという無様を晒す頃はできませんのよ」
「困ったら、俺を呼んで」
「紅樹先輩には紅樹先輩の仕事がありますので、私は私で頑張りますわ」
紅樹先輩は小さくため息をついた。
それから「少し休もうか、客もいないし」と言って、私をレジの奥にあるスタッフルームへと連れていった。
ソファセットの置かれたスタッフルームで、紅樹先輩が私にインスタントの珈琲を入れてくれた。
砂糖やミルクは必要かと言われたので、甘いものを飲みたいのをぐっと堪えて、断った。
砂糖もミルクも入っていない珈琲を飲むのははじめてだ。
シャーロットとしても、果林としても。
すごく、苦い。
苦いけれど、大人になったような気がする。なんとか飲めそう。
紅樹先輩と私は、ソファの対面に座っている。
お店を留守にして良いのかと思ったけれど、お客様が入ってくるとベルが鳴る仕組みになっているし、スタッフルームからは店内の様子を少し見ることができるので、問題はないらしい。
「果林さんは、人に頼るのが苦手?」
「頼る必要があるときは頼りますわよ。そうではないときは、頼りませんわ」
紅樹先輩の珈琲も私と同じで、ミルクも砂糖も入っていなかった。
もしかしたら私に気をつかってくれているのかもしれない。
「俺は、もっと頼って欲しいと思っているよ。果林さんはよく頑張ってくれているけれど、そんなに無理しなくて良いし」
「無理などいませんのよ。私は私のやりたいように動いているだけです」
「とても助かる。でも、果林さんには長く働いてほしいし。頑張りすぎて、仕事、嫌いにならないと良いなって」
「仕事に嫌いも好きもありませんのよ。労働とは、対価をもらうために行うものです。お金をもらうからこそ、きっちり行うべきなのではないかしら」
私は眉を寄せる。
何か、間違っているのかしら。
確かに働くのは大変だ。今日一日だけで、かなり疲れたような気もする。
でも、それは当たり前ではないのかしら。
「俺の、祖父もね。長い間、誰にも頼らずにずっとこのお店を経営していた。祖母が亡くなってからは、ずっと一人で。そうして、体を壊してしまって」
「……ご病気ですの?」
「うん。もう治らないんだって。店を誰かに任せたり、休んだりもしなかったから。病気の発見が遅れてしまって。……平日の昼間は、それでも働いているよ。家で寝ていても暇だとか言って」
「紅樹先輩は、ご両親は……」
他のご家族はどうしているのかしら。
私が尋ねると、紅樹先輩は一度考えるように目を伏せた。
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