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ディルグとの秘密 1
しおりを挟む王家からの手紙に返事をした数週間後、ディルグとの挨拶の場が設けられた。
メルティーナは両親に連れられて登城をした。デビュタントの時には列をつくっていた馬車が、今日はリュディック家のものだけだ。
メルティーナたちが通されたのは、王城の奥にある庭園だった。
庭園には白いクロスのかけられたテーブルが用意され、たくさんの菓子がケーキスタンドに並んでいた。
ずらりと並んだ侍女たちは、人獣もいれば人間もいる。
人獣の王はかつての人間の王の人獣差別を嫌い、人間と人獣を平等に扱うことを理念とした政策を行っていた。
メルティーナはわずかな気後れを感じた。まさか、王城にこんな形でおとずれることになるとは思っていなかった。
両親が傍にいてくれることが心強い。だが──あと少ししたらそれもなくなる。
十六になったら学園に入学し、十八には卒業する。なにごともなければディルグと結婚をすることになるのだろう。
(結婚したあとに番がみつかったらどうなるのかしら)
──どちらにせよ同じことだ。番がみつかればメルティーナは忘れ去れて、リュデュック家に戻る。
その後のことはそのときに考えればいい。
ややあって、国王陛下と王妃と共にディルグが現れる。
美しい白に近い銀の髪。よく晴れた空のような青い瞳。白い肌に、高い鼻梁に太い眉。
頭からは、ぴこんと狼のような三角の耳がふたつはえている。
ディルグは精悍な顔立ちをした、メルティーナよりも頭一つ分ぐらい背の高い、しっかりとした体躯の青年だった。
その立派な体を上質な服で包んでいる。長い足や腕に、金飾りのついた黒い服がよく映えている。
背中には尻尾が揺れている。人獣たちの服には細工があり、尾てい骨からはえる尻尾を外に出せるようになっている。
「此度は、我が息子との婚約を快く受け入れてくれて感謝する」
「いえ。まさかのことで……大変ありがたいことです。メルティーナも喜んでおります」
「それはよかった。メルティーナ嬢は十五歳と聞いた。ディルグは十六。年齢もちょうどいい」
「ええ、左様ですね、陛下」
父と国王陛下が言葉を交わすのを、メルティーナは静かに聞いていた。
その間、ディルグの視線はじっとメルティーナに注がれていた。
「我らが若い二人の邪魔をするのも無作法だろう。リデュック伯爵、それから奥方。酒を用意している。もしよければ一緒に飲まないか?」
「是非」
「嬉しいわ。こちらに来てちょうだい」
「ありがとうございます」
国王陛下は、快活で明るい印象の男性である。王妃は人獣特有の豊満な体つきをしている、美しい女性だ。
人獣の耳の形は様々だが、王妃の場合は垂れたうさぎの耳をしていた。
メルティーナは自分の頭に獣の耳がないことを、すこし寂しく思った。
大人たちは、メルティーナとディルグに挨拶をしていなくなる。残されたメルティーナは、両親がいなくなってしまったことに心許なさを感じた。
「メルティーナ、はじめまして」
ディルグはメルティーナを安心させるように微笑むと、メルティーナ前に膝をついた。
まるで騎士の礼のように膝をつくディルグに、メルティーナは慌てる。
「はじめまして、ディルグ様。いけません、王太子殿下がそのような」
「俺がしたいのだから、気にするな。メルティーナ、手を」
ディルグは十六歳。メルティーナよりも一つ年上である。
人獣の彼は発育がよく、メルティーナよりもずっと年上に見える。
意志の強そうな空色の瞳には、金の星が散っている。手のひらはずっとメルティーナよりも大きく、指もごつごつとして長かった。
その手に、メルティーナはおそるおそる自分の手を重ねる。
ディルグはメルティーナの手の甲に、唇を落とした。
「これからよろしく、メルティーナ。生涯変わらない愛を、君に誓う」
「ありがとうございます、ディルグ様」
生涯、変わらない愛──。
その言葉が、メルティーナの心に影を落とした。
それに気づかれないように、メルティーナは微笑む。
重なる手のひらが、手の甲に触れた唇が、メルティーナの心臓を跳ねさせる。
ディルグはメルティーナの心を奪うには十分過ぎるほどに美しく、物腰も柔らかく、また、とても優しかった。
「メルティーナ、せっかくだからお茶をしようか。それとも、少し歩くか? 緊張をしただろう。父も母も大きい。人獣は背が高いから、人間は威圧的に感じるだろう?」
「は、はい。少し……正直に言えば、とても、緊張しました」
「正直に言ってくれて嬉しい。俺の前では飾らない君でいてくれ。いつも通りに振る舞ってくれてかまわない」
「ありがとうございます、ディルグ様」
「ディルグでいい」
「そういうわけには……」
「じゃあ、そのうち慣れたら。ディルグと呼んでくれ」
ディルグはテーブルにメルティーナを案内してくれた。
メルティーナは、侍女たちが用意をしてくれた紅茶を口にし、せっかくなのでとケーキを食べた。
甘い物は好きだ。王城の料理人が作ったケーキは、格別に美味しい。
「……旨いか、メルティーナ」
「はい、とても美味しいです! デビュタントの時には、食事をしている時間などありませんでしたから」
「君は、三人の男と踊っていたな。確か……」
「お兄様と、従兄弟たちですね」
「あぁ、そうだ。……俺も、君と踊りたかった。だが、婚約をする前に君と踊るわけにはいかなくてね。すごく、残念だった」
メルティーナがケーキを食べるのをにこにこ眺めていたディルグは、本当に残念そうに溜息をついた。
その仕草が少し幼くて、メルティーナはなんだか愉快な気持ちになった。
「ディルグ様は、とても大人に見えます。でも、まだ十六歳。お兄様よりも年下です」
「人獣は、年老いて見えるんだ」
「年老いて……? いえ、そういうわけではなくて」
「君から見て、おじさんに見えないか?」
「おじさんなんて……!」
あまりの言葉に、メルティーナは目を丸くする。
それから思わず、くすくすと笑ってしまった。
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