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ディルグとの秘密 2
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──いつか捨てられるのだから、心を傾け過ぎないように。親しくなりすぎないように。
そう、母から言われていた。でも、嘘をつきながらディルグと過ごすことは、とても難しいと感じる。
彼は気さくで、可愛らしいところもあって、素敵な人だった。
笑うメルティーナの髪に、ディルグはそっと触れる。
指をふわりとしたミルクティーに巻き付けて、愛しげに目を細めた。
「……メルティーナ」
「……っ、はい」
低い声で名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
「ずっと、君と話したかった。君に会いたかった」
「……どうして、私と?」
ディルグはメルティーナの手を引いて立ち上がらせる。
「メルティーナ、こちらに来てくれるか?」
「はい、もちろんです」
案内されたのは、庭園の奥。薔薇の花が競うように咲き誇っている中にひっそりと佇む、美しいガゼボだ。
周囲を取り囲んでいた侍女たちは、庭園の奥にまではついてこない。
二人きりでガゼボの長椅子に座ると、まるでかくれんぼをしているような気持ちになる。
「あー……その、な」
「はい」
「隠しておこうかと、思ったんだ。恥ずかしいことだから」
何かを言い淀むディルグに、メルティーナは目をしばたかせた。
堂々とした振る舞いをしていたディルグだが、そうしているとまだ幼い少年のようだ。
体格は、大きいのに──なんだか、可愛らしい。
「俺が君を知っているのは、俺が君に助けて貰ったことがあるからなんだ」
「私が、ディルグ様をですか?」
「あぁ。庭に、子犬がいただろう。白い犬だ」
「あぁ!」
もちろん、覚えている。
可愛い子犬だった。それが──。
「あれは、俺だ」
「え、ええ……っ」
メルティーナは慌てた。確かに人獣は獣の姿になれる。けれどあの子犬は、言葉を話さなかった。
人の姿になることもなかった。
「君は俺の恩人なんだ、メルティーナ。ずっと君のことが忘れられなかった。君が十五になったら婚約を申し込むと決めていた。……君が了承をしてくれて、嬉しい。まるで夢のようだ」
「わ、わたし……申し訳ありません、ディルグ様……! ディルグ様とは知らず、私は犬、とあなたを呼びましたよね……?」
「可憐だった。犬さん、と呼ばれた。あれから俺を犬さんと呼ぶ君が、何度も夢に出てきた」
「そ、それはあまりよくないことです……」
ただでさえ、犬を愛玩動物として扱うことは禁じられているのに。
メルティーナは王太子殿下を犬と呼び、頭まで撫でてしまった。
「これは、君と俺だけの秘密だ。だから人のいないところに君をつれてきた」
「ありがとうございます、ディルグ様。秘密にしてくださって……」
こんなことが知られてしまえば、メルティーナは罰をうけるだろう。
ディルグはそうならないように、誰にも言わないでいてくれた。
瞳が潤む。メルティーナが罰せられるのは構わないが、家族に迷惑をかけたくはなかった。
「すまない、そういうつもりではなくて……俺は君とのことを誰にも知られたくなかっただけなんだ。メルティーナ、あの時の俺はただの子犬だった。君に出会うまでは、獣から人の姿になることができなくてな」
ディルグは慌てた様子で、メルティーナの頬をぺたぺたと撫でる。
心なしか、三角形の耳もしゅんと、垂れていた。
「そうなのですか……? そんな話は、聞いたことがないのですが……」
「内密にされていたんだ。王太子が獣の姿にしかなれず、言葉も話せないなど、王家の醜聞だ。俺は出来損ないの人獣だった。犬と同じ。あの日は──そんな自分に嫌気がさして、城を出た。あてどなく歩いて、足をガラスで切った。どこかに隠れる場所を探すうちに、君の家の庭園に迷い込んだんだ」
ディルグは手のひらを大きく開いて、メルティーナに見せる。
右の手のひらに、小さな傷の跡が残っている。
「これが、その時の傷。君が塗ってくれた傷薬と包帯で、痛みがなくなり、城に戻ることができた。城に戻り君のことを考えると心が弾むようで……今までどうしてもできなかった人の姿への変化が、簡単にできるようになったんだ」
「それは、よかったです。人の姿になれず、言葉も話せないのでは、ご苦労されますでしょうから」
「あぁ。全て君のおかげだ、メルティーナ。君は俺の恩人で、幸運の女神だ」
ディルグは目を細めて、笑みを浮かべた。
黙り込んでしまうと少し怖いほどの美貌が、嬉しそうな笑顔になるだけで、あどけなさを感じる。
メルティーナは、ディルグの手のひらの傷をそっと指先で撫でた。
ディルグはその手を掴んでぐいっと引き寄せると、メルティーナをぎゅと抱きしめる。
メルティーナの視界に、ぱたぱたと揺れる尻尾がうつる。
──可愛らしい方だ。
まるで大きな獣に甘えられているようで、くすぐったい。けれどディルグはしっかりとした男性の体つきをしている。
それを思うと、腰が浮くような、そわそわとした落ち着かない気持ちになる。
「メルティーナ、ずっと俺の傍にいてくれ。大切にする。約束だ」
「ありがとうございます、ディルグ様」
この方を好きになってはいけない。
けれど──高鳴る鼓動をおさえることは、メルティーナにはできそうになかった。
そう、母から言われていた。でも、嘘をつきながらディルグと過ごすことは、とても難しいと感じる。
彼は気さくで、可愛らしいところもあって、素敵な人だった。
笑うメルティーナの髪に、ディルグはそっと触れる。
指をふわりとしたミルクティーに巻き付けて、愛しげに目を細めた。
「……メルティーナ」
「……っ、はい」
低い声で名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
「ずっと、君と話したかった。君に会いたかった」
「……どうして、私と?」
ディルグはメルティーナの手を引いて立ち上がらせる。
「メルティーナ、こちらに来てくれるか?」
「はい、もちろんです」
案内されたのは、庭園の奥。薔薇の花が競うように咲き誇っている中にひっそりと佇む、美しいガゼボだ。
周囲を取り囲んでいた侍女たちは、庭園の奥にまではついてこない。
二人きりでガゼボの長椅子に座ると、まるでかくれんぼをしているような気持ちになる。
「あー……その、な」
「はい」
「隠しておこうかと、思ったんだ。恥ずかしいことだから」
何かを言い淀むディルグに、メルティーナは目をしばたかせた。
堂々とした振る舞いをしていたディルグだが、そうしているとまだ幼い少年のようだ。
体格は、大きいのに──なんだか、可愛らしい。
「俺が君を知っているのは、俺が君に助けて貰ったことがあるからなんだ」
「私が、ディルグ様をですか?」
「あぁ。庭に、子犬がいただろう。白い犬だ」
「あぁ!」
もちろん、覚えている。
可愛い子犬だった。それが──。
「あれは、俺だ」
「え、ええ……っ」
メルティーナは慌てた。確かに人獣は獣の姿になれる。けれどあの子犬は、言葉を話さなかった。
人の姿になることもなかった。
「君は俺の恩人なんだ、メルティーナ。ずっと君のことが忘れられなかった。君が十五になったら婚約を申し込むと決めていた。……君が了承をしてくれて、嬉しい。まるで夢のようだ」
「わ、わたし……申し訳ありません、ディルグ様……! ディルグ様とは知らず、私は犬、とあなたを呼びましたよね……?」
「可憐だった。犬さん、と呼ばれた。あれから俺を犬さんと呼ぶ君が、何度も夢に出てきた」
「そ、それはあまりよくないことです……」
ただでさえ、犬を愛玩動物として扱うことは禁じられているのに。
メルティーナは王太子殿下を犬と呼び、頭まで撫でてしまった。
「これは、君と俺だけの秘密だ。だから人のいないところに君をつれてきた」
「ありがとうございます、ディルグ様。秘密にしてくださって……」
こんなことが知られてしまえば、メルティーナは罰をうけるだろう。
ディルグはそうならないように、誰にも言わないでいてくれた。
瞳が潤む。メルティーナが罰せられるのは構わないが、家族に迷惑をかけたくはなかった。
「すまない、そういうつもりではなくて……俺は君とのことを誰にも知られたくなかっただけなんだ。メルティーナ、あの時の俺はただの子犬だった。君に出会うまでは、獣から人の姿になることができなくてな」
ディルグは慌てた様子で、メルティーナの頬をぺたぺたと撫でる。
心なしか、三角形の耳もしゅんと、垂れていた。
「そうなのですか……? そんな話は、聞いたことがないのですが……」
「内密にされていたんだ。王太子が獣の姿にしかなれず、言葉も話せないなど、王家の醜聞だ。俺は出来損ないの人獣だった。犬と同じ。あの日は──そんな自分に嫌気がさして、城を出た。あてどなく歩いて、足をガラスで切った。どこかに隠れる場所を探すうちに、君の家の庭園に迷い込んだんだ」
ディルグは手のひらを大きく開いて、メルティーナに見せる。
右の手のひらに、小さな傷の跡が残っている。
「これが、その時の傷。君が塗ってくれた傷薬と包帯で、痛みがなくなり、城に戻ることができた。城に戻り君のことを考えると心が弾むようで……今までどうしてもできなかった人の姿への変化が、簡単にできるようになったんだ」
「それは、よかったです。人の姿になれず、言葉も話せないのでは、ご苦労されますでしょうから」
「あぁ。全て君のおかげだ、メルティーナ。君は俺の恩人で、幸運の女神だ」
ディルグは目を細めて、笑みを浮かべた。
黙り込んでしまうと少し怖いほどの美貌が、嬉しそうな笑顔になるだけで、あどけなさを感じる。
メルティーナは、ディルグの手のひらの傷をそっと指先で撫でた。
ディルグはその手を掴んでぐいっと引き寄せると、メルティーナをぎゅと抱きしめる。
メルティーナの視界に、ぱたぱたと揺れる尻尾がうつる。
──可愛らしい方だ。
まるで大きな獣に甘えられているようで、くすぐったい。けれどディルグはしっかりとした男性の体つきをしている。
それを思うと、腰が浮くような、そわそわとした落ち着かない気持ちになる。
「メルティーナ、ずっと俺の傍にいてくれ。大切にする。約束だ」
「ありがとうございます、ディルグ様」
この方を好きになってはいけない。
けれど──高鳴る鼓動をおさえることは、メルティーナにはできそうになかった。
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