あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

文字の大きさ
5 / 56

突然の訃報 1

しおりを挟む

 ディルグははっとしたように両手をメルティーナから離すと、心配そうにメルティーナを覗き込む。

「すまない、メルティーナ。つい、抱きしめてしまった。……これも、人獣の習性だと思って欲しいのだが、好きな相手にはものすごく触れたくなってしまう。抱きしめたり……舐めたり、噛んだり」
「……か、噛むのですか……?」
「痛くない程度だ。い、いや、だが、しない。我慢をする。今はつい、感情的になって抱きしめてしまった。悪かった。嫌ではなかったか……?」

 メルティーナは真っ赤になりながら首を振った。
 嫌ではない。そう思ってしまう自分が、情けない。
 母に──言われていたのに。父にも言われていたのに。
 
 好きになってしまったら、辛くなるだけだ。だから、心を傾けないようにと。

「そうか、よかった。君にとっては、俺ははじめて会った男だろう。それなのに、急に抱きしめられたら怖いだろうな。気をつける。ただでさえ、人獣は力が強いのだからな」
「あの……」
「ん?」
「大丈夫です、ディルグ様。私はあなたの、婚約者ですから」
「……っ」

 期間限定でも、そのうち捨てられることがわかっていても。
 今だけは、彼の婚約者だ。
 今だけは、堂々と彼の傍にいることができる。

「メルティーナ……あまり、無防備だと、食べてしまいたくなる」

 ディルグは低い声でそう言って、メルティーナの手を取ると、指先を甘噛みした。
 メルティーナは、子犬に指先を軽く噛まれたことを思い出す。
 あの時の子犬と同じ仕草だ。
 けれど、あの時とは違う。ディルグの唇はあつく、歯は硬く、子犬のものよりもずっと大きい。
 
「……ディルグ様、だめです……っ」
「……あぁ。今日はこれ以上はしない。君がもっと大人になるまで、きちんと我慢ができる。待てができるんだ、犬だからな」

 ディルグは冗談めかしてそう言って、口角をつりあげる。
 可愛らしいだけの人ではないとわかる。メルティーナは離された手を引き寄せると、胸の前で抱きしめた。


 普段は王立学園ですごしながら、王太子としての公務もこなしているディルグは忙しい。
 一年の半分領地で、もう半分は王都のタウンハウスで過ごしているメルティーナは、ディルクとは挨拶を交わした日から、中々会うことができなかった。

 会えない代わりに度々花や手紙が送られてきたり、ドレスや宝石が送られてきた。
 ディルグがメルティーナを大切にしていることは、すぐにメルティーナの両親も理解をしてくれた。
 けれどそれ以上に──心配していた。

「ディルグ殿下がもっと、冷たくて嫌な男だったらよかったのに。これでは……別れが来たときに、辛くなってしまうわね」
「お母様、心配をしてくださって、ありがとうございます。私は大丈夫です、お母様やお父様がいてくださいますから」

 ディルグからの贈り物があるたびに、憂鬱な表情を浮かべる母に、メルティーナは大丈夫だと何度も伝えた。
 それは、自分自身に言い聞かせているようにも思えた。
 母の言うことは、もっともだ。図星を言い当てられたようで、辛かった。
 ディルグの手紙には、最近あったことや、楽しかったこと、それからメルティーナに会えなくて寂しいこと。
 来年メルティーナが学園に来るのを楽しみにしていることが、いつも綺麗な文字で書かれていた。

 それを読むメルティーナは自然と微笑んでいて、返事を書くのはとても楽しかった。
 いつしか手紙が来るのを待ち望むようになった。
 子犬は庭園に姿を現してくれなかったが、ディルグは手紙を送ってくれる。

 それが嬉しくて。嬉しいと思う程に──別離の痛みを想像して、苦しくなった。
 好きになってしまってはいけないと自分に言い聞かせていても。
 心は、思うようにならない。

 メルティーナが王立学園に入学する少し前である。
 兄は、妻を娶った。
 兄の妻は悪い人ではなかったが、どうにも──メルティーナは邪険にされるのを感じた。
 両親も兄嫁に遠慮をしている様子で、兄はすまなそうに「まだ我が家が慣れないんだ、きっと」と言っていた。

 メルティーナには兄嫁の気持ちが少し理解できた。
 兄はメルティーナを可愛がってくれていたので、きっと嫉妬もあるのだろう。
 王立学園に入学すれば、寮生活になる。
 兄嫁の気持ちも少し落ち着くだろう。

 そう思っていた矢先だ。
 ──家から少し離れるために旅行に出かけていた両親の訃報が、リュデュック家に届いた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

処理中です...