あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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突然の訃報 1

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 ディルグははっとしたように両手をメルティーナから離すと、心配そうにメルティーナを覗き込む。

「すまない、メルティーナ。つい、抱きしめてしまった。……これも、人獣の習性だと思って欲しいのだが、好きな相手にはものすごく触れたくなってしまう。抱きしめたり……舐めたり、噛んだり」
「……か、噛むのですか……?」
「痛くない程度だ。い、いや、だが、しない。我慢をする。今はつい、感情的になって抱きしめてしまった。悪かった。嫌ではなかったか……?」

 メルティーナは真っ赤になりながら首を振った。
 嫌ではない。そう思ってしまう自分が、情けない。
 母に──言われていたのに。父にも言われていたのに。
 
 好きになってしまったら、辛くなるだけだ。だから、心を傾けないようにと。

「そうか、よかった。君にとっては、俺ははじめて会った男だろう。それなのに、急に抱きしめられたら怖いだろうな。気をつける。ただでさえ、人獣は力が強いのだからな」
「あの……」
「ん?」
「大丈夫です、ディルグ様。私はあなたの、婚約者ですから」
「……っ」

 期間限定でも、そのうち捨てられることがわかっていても。
 今だけは、彼の婚約者だ。
 今だけは、堂々と彼の傍にいることができる。

「メルティーナ……あまり、無防備だと、食べてしまいたくなる」

 ディルグは低い声でそう言って、メルティーナの手を取ると、指先を甘噛みした。
 メルティーナは、子犬に指先を軽く噛まれたことを思い出す。
 あの時の子犬と同じ仕草だ。
 けれど、あの時とは違う。ディルグの唇はあつく、歯は硬く、子犬のものよりもずっと大きい。
 
「……ディルグ様、だめです……っ」
「……あぁ。今日はこれ以上はしない。君がもっと大人になるまで、きちんと我慢ができる。待てができるんだ、犬だからな」

 ディルグは冗談めかしてそう言って、口角をつりあげる。
 可愛らしいだけの人ではないとわかる。メルティーナは離された手を引き寄せると、胸の前で抱きしめた。


 普段は王立学園ですごしながら、王太子としての公務もこなしているディルグは忙しい。
 一年の半分領地で、もう半分は王都のタウンハウスで過ごしているメルティーナは、ディルクとは挨拶を交わした日から、中々会うことができなかった。

 会えない代わりに度々花や手紙が送られてきたり、ドレスや宝石が送られてきた。
 ディルグがメルティーナを大切にしていることは、すぐにメルティーナの両親も理解をしてくれた。
 けれどそれ以上に──心配していた。

「ディルグ殿下がもっと、冷たくて嫌な男だったらよかったのに。これでは……別れが来たときに、辛くなってしまうわね」
「お母様、心配をしてくださって、ありがとうございます。私は大丈夫です、お母様やお父様がいてくださいますから」

 ディルグからの贈り物があるたびに、憂鬱な表情を浮かべる母に、メルティーナは大丈夫だと何度も伝えた。
 それは、自分自身に言い聞かせているようにも思えた。
 母の言うことは、もっともだ。図星を言い当てられたようで、辛かった。
 ディルグの手紙には、最近あったことや、楽しかったこと、それからメルティーナに会えなくて寂しいこと。
 来年メルティーナが学園に来るのを楽しみにしていることが、いつも綺麗な文字で書かれていた。

 それを読むメルティーナは自然と微笑んでいて、返事を書くのはとても楽しかった。
 いつしか手紙が来るのを待ち望むようになった。
 子犬は庭園に姿を現してくれなかったが、ディルグは手紙を送ってくれる。

 それが嬉しくて。嬉しいと思う程に──別離の痛みを想像して、苦しくなった。
 好きになってしまってはいけないと自分に言い聞かせていても。
 心は、思うようにならない。

 メルティーナが王立学園に入学する少し前である。
 兄は、妻を娶った。
 兄の妻は悪い人ではなかったが、どうにも──メルティーナは邪険にされるのを感じた。
 両親も兄嫁に遠慮をしている様子で、兄はすまなそうに「まだ我が家が慣れないんだ、きっと」と言っていた。

 メルティーナには兄嫁の気持ちが少し理解できた。
 兄はメルティーナを可愛がってくれていたので、きっと嫉妬もあるのだろう。
 王立学園に入学すれば、寮生活になる。
 兄嫁の気持ちも少し落ち着くだろう。

 そう思っていた矢先だ。
 ──家から少し離れるために旅行に出かけていた両親の訃報が、リュデュック家に届いた。
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