あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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ヴィオレット・イルマール

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 ◇

 ヴィオレットは広い自室の中を、忙しなく歩き回っていた。
 そこには煌びやかな婚礼の儀式用のドレスが飾られていて、たくさんの宝石がある。
 このところ休む暇もなく忙しくしていた。
 それというのも、ディルグとの婚礼の儀式の準備があったからである。

 ディルグは──城に戻ってから、興奮剤と鎮静剤を多量に使用された後遺症なのか、まるでディルグという個人の意志を失ったかのように、長らくぼんやりしていた。

 問われれば返事をするし、促せば生活もするのだが、自主的に動くことをしなくなってしまった。
 まるで、動く人形のようだ。
 だから、忙しなくしているのはヴィオレットだけで、ディルグはまるで役に立たなかった。
 
 どんなに心ここにあらずでも、メルティーナと口にせず、ヴィオレットの元から逃げようとしなくなっただけ、ヴィオレットにとっては喜ばしいことだった。

 ヴィオレットは生まれつき心臓が弱く、辺境伯家から出ることができなかった。
 長く薬で治療し、療養を続けて、ようやく動けるようになった。

 イルマール辺境伯家の家族は皆、ヴィオレットに優しかった。
 ヴィオレット以外は皆男児だったということもあるのだろう、大切に、真綿でくるむように育てられたヴィオレットは、心臓の病気さえなおればきっと自分は幸せな人生が送れるのだと信じていた。

 それなのに──はじめて訪れた王都で、はじめて同年代の友人たちと出会い、はじめての学園生活を送ることに胸をときめかせていたというのに。

 ヴィオレットははじめてづくしのその場所で、運命のつがいに巡り会えたというのに。

 ディルグは、ヴィオレットを拒絶したのだ。
 婚約者を裏切れないのだろう。ディルグは誠実でいい人だとヴィオレットは思った。
 ますますディルグのことが好きになった。
 心も体も、本能がディルグを求めている。拒絶されればされるほどに、その情熱は更に燃えあがった。

 メルティーナという弱小貴族の娘にそこまで義理立てする理由がヴィオレットにはわからなかったが、それほどディルグは誠実で真面目な男なのだと思い、ディルグの両親に挨拶をしにいきながら、事情を話した。

 メルティーナがいるかぎり、ディルグはつがいを愛せない。
 可哀想だと伝えた。

 人獣にはつがいがいる。そんなことは常識である。
 メルティーナとは嫌な女だと、ヴィオレットは思った。
 ディルグのつがいはヴィオレットだ。それを知れば、自ら身をひくのが普通だろう。
 仮にも王太子の婚約者だったのだから、それぐらいわきまえているべきだ。

 そうすればディルグはきっとヴィオレットに愛を囁いてくれる。
 愛してくれると、信じていたのに。

 ──メルティーナはいなくなったが、ディルグも、姿を消してしまった。
 
 ヴィオレットにはディルグの居場所がわかる。
 といっても、距離が遠ければ遠いほど、どちらの方角にいるかわかる程度にはなってしまうのだが。
 同じ建物にいれば、その気配を色濃く感じる。
 
 王と王妃は困り果て、ヴィオレットは自分が彼を探すと言って、イルマール家の家族たちや兵士たち、それから城の兵士たちにお願いをして、ディルグの捜索を続けた。
 だが一年、ディルグは捕まらなかった。
 ヴィオレットは王と王妃と相談して、ディルグを城に呼び寄せるために、偽りの結婚についてを王国中に流布した。

 そして──ディルグは戻ってきた。
 一年経ってもききわけのないディルグを無理矢理、ヴィオレットは襲った。
 もう、そうするしかなかった。
 つがいに捨てられた人獣など、聞いたことがない。
 王も王妃も、それからイルマール家の家族たちも、ヴィオレットがディルグのつがいだと知っている。
 国中に結婚の報告を流布したのだ。
 貴族たちも、それから王国民も、全てがヴィオレットがディルグの伴侶だと知ってしまった。

 あとには引けない。ここまでしてディルグに拒絶されたら、ヴィオレットは生きていけないぐらいの恥をかくことになる。
 イルマール家の令嬢として、そんなことは許されない。

 ジュリオの話では、メルティーナは街でパンを作っているという。
 そんなことができるのは、弱小貴族の娘だからだ。
 ヴィオレットがそんな立場になってしまったら、恥ずかしさのあまり死を選ぶだろう。
 
 メルティーナはディルグがいなくても生きていける。
 けれどヴィオレットはそうではない。
 結局──破瓜の事実を作ってしまおうという策略はうまくはいかなかったが、ディルグは大人しくなった。
 
 それからしばらくして、ディルグは自らヴィオレットの元を訪れてくれた。
 はっきりと、ヴィオレットに愛の言葉を口にしてくれた。

 ようやく、ようやくディルグは諦めたのだと、つがいの本能を認めたのだと思ったのに──。

「ディルグ様、どこにいるの? まさか、あの女の元に……」

 ディルグの気配は──隣国にはいない。
 そこまで遠くに行ってしまえば、さすがのつがいでも、わからなくなる。
 けれど、どうにも、国境付近に留まっているように感じられた。
 どうしてかはわからない。だが、可能性としては一つきり。

 ディルグはまた、ヴィオレットを捨てるつもりだ。
 自分が戻らずとも、婚礼の儀式を進めていろとディルグは言った。
 ディルグが戻らなかった場合、ヴィオレットはひどい恥さらしになる。

 ひどいことをする。ひどい男だ。
 ヴィオレットのことを殺そうとさえした。つがいの本能に逆らうために。

 それならば──ヴィオレットがメルティーナの命を奪っても、同じことだろう。
 つがいの本能に従わせるために、メルティーナが、邪魔だ。

 今まで少しだけ同情していた。
 でも、ヴィオレットの人生の邪魔をするというのなら、消してしまわないといけない。


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