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獣の王 1
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ディルグの心は、次第に落ち着いていった。
浅い眠りから何度も目覚めた時に、恐慌状態に陥りそうになる彼の傍にいて、大丈夫だと手を握ると、すぐに落ち着くことができた。
自分の体を自分で傷つけるようなことはなかった。
今まで何があったのかを彼はあまり語ろうとはしなかった。話さないということは、話したくないということなのだろう。
メルティーナは、ディルグの看病をしながら、彼に今まで何をしていたのか、どんなことを考えていたのかを、少しずつ話した。
つがいではないのだから、ディルグを愛してはいけないと思っていた。
それでも、どうしようもなく惹かれてしまった。
それは両親を失い、居場所をなくしたが故の依存もあったが、今は違う。
それ以上は、言葉にしなくても伝わっているようだった。
小さなベッドに寄り添って眠り、手を繋いで、ここにいることを確かめ合う。
それだけで、体の力が抜けていく。安心することができる。呼吸が、上手くできる。
──けれど、ふと思う。
ジュリオは、愛し合う二人の下には屍の山が築かれていると言った。
メルティーナの存在は、ヴィオレットを傷つける。
ヴィオレットは、ディルグを愛しているはずだ。
彼女は、ディルグのつがいなのだから。
それとも、たとえつがいであっても、相手を諦めることができるのだろうか。
ディルグのようにつがいから目を背けて、他の誰かを愛することができるのだろうか。
気がかりなことは多かった。ジュリオの言う通り、ディルグを連れて隣国に逃げるべきなのかもしれない。
できる限り、遠いところに。
そうすればきっと、ヴィオレットもディルグを諦められるだろう。けれど、それでいいのだろうか。
ディルグは王太子だ。国王になり、人々を守る義務がある。
ふと、自分さえいなければ──と、考えてしまいそうになる。
つがいでもなければ、人獣でもない。家柄も立派ではないし、今はもう、庶民も同然の生活をしている。
ヴィオレットと結ばれて、王国を繁栄させるのがディルグの幸せなのではないか。
そこまで考えて、弱気になってはいけないと、その考えを打ち消した。
メルティーナが自身を否定してディルグから離れたら、また同じことを繰り返す羽目になる。
たとえ誰かを傷つけることになっても、ディルグが手を伸ばしてくれるのなら、その手を握り返したい。
──ディルグが選んでくれるのなら、愛してくれるのなら。
堂々と、胸を張っていなければ。
それに──ジュリオと共に行くことは、メルティーナの幸せではなかった。
何が幸福かは、自分自身が決めることだ。
他者の幸福を、他者が定義してはならないということを、メルティーナは痛いほどよくわかっていた。
ディルグと二人きりになってから、二日。
傷からの熱もさがり、食欲もある。傷口は大きいが、縫ったわけでもないのに塞がっている。
人獣の体は頑丈だとディルグは言っていた。その通りなのだろう。
だが、失った血がすぐにもどるわけでもなく、立ち上がればふらついたし、顔色もあまりよくないままだった。
きちんと寝るようにと促す。
ディルグに洗濯をしてくると告げたメルティーナは、朝の光の中で水浴びをしていた。
家のすぐ傍に、透き通る水をたたえた浅い川がある。
誰もいないことを確認して、服を脱ぐと水を浴び、昨日の汚れを落とした。
身ぎれいにして、それから血のついたディルグの服を洗濯して、急いで戻ろう。
小鳥のさえずりが聞える。
森の木々は光を受けて生き生きと輝いている。
ディルグが傍にいるというだけで、景色さえ違って見えるようだった。
メルティーナの白い肌に、水の雫が滴る。その首や胸には、ディルグが残した跡が散っていた。
メルティーナはその跡に、手のひらを走らせる。
昨日のことを思い出すと、羞恥心がこみあげてくる。
同時に、確かな喜びがそこにはあった。
「──殿下はずいぶんと、情熱的なんだね」
「お前がメルティーナだな。国境を越えようとしていたジュリオを捕まえて、吐かせた。あいつは口が硬い、口を割らせるのに時間がかかった」
唐突に話しかけられて、メルティーナは咄嗟に自分の体を脱いでいた服をかき集めて隠した。
メルティーナに、二人の男が近づいてくる。
立派な身なりをした、若い男たちだ。
一人はうさぎの耳をした人獣で、もう一人は虎のような耳をした人獣だった。
「……あなたたちは」
「妹から、手紙鳩で連絡が来た。殿下を探して欲しい、国境の近くにいるはずだと。ジュリオの姿も見えない、きっとジュリオが殿下とメルティーナを逃がしたに違いないってね。女の勘は鋭い。ちょうど、国境を越えようとしているジュリオを、弟がみつけたところだった」
「僕は、イルマール家のアルバ。そしてこちらが、兄のライオス。……それにしても、魅力的な姿だね。殿下が夢中になる気持ちもわかる」
近づいてくる彼らに、メルティーナは一歩さがった。
浅い眠りから何度も目覚めた時に、恐慌状態に陥りそうになる彼の傍にいて、大丈夫だと手を握ると、すぐに落ち着くことができた。
自分の体を自分で傷つけるようなことはなかった。
今まで何があったのかを彼はあまり語ろうとはしなかった。話さないということは、話したくないということなのだろう。
メルティーナは、ディルグの看病をしながら、彼に今まで何をしていたのか、どんなことを考えていたのかを、少しずつ話した。
つがいではないのだから、ディルグを愛してはいけないと思っていた。
それでも、どうしようもなく惹かれてしまった。
それは両親を失い、居場所をなくしたが故の依存もあったが、今は違う。
それ以上は、言葉にしなくても伝わっているようだった。
小さなベッドに寄り添って眠り、手を繋いで、ここにいることを確かめ合う。
それだけで、体の力が抜けていく。安心することができる。呼吸が、上手くできる。
──けれど、ふと思う。
ジュリオは、愛し合う二人の下には屍の山が築かれていると言った。
メルティーナの存在は、ヴィオレットを傷つける。
ヴィオレットは、ディルグを愛しているはずだ。
彼女は、ディルグのつがいなのだから。
それとも、たとえつがいであっても、相手を諦めることができるのだろうか。
ディルグのようにつがいから目を背けて、他の誰かを愛することができるのだろうか。
気がかりなことは多かった。ジュリオの言う通り、ディルグを連れて隣国に逃げるべきなのかもしれない。
できる限り、遠いところに。
そうすればきっと、ヴィオレットもディルグを諦められるだろう。けれど、それでいいのだろうか。
ディルグは王太子だ。国王になり、人々を守る義務がある。
ふと、自分さえいなければ──と、考えてしまいそうになる。
つがいでもなければ、人獣でもない。家柄も立派ではないし、今はもう、庶民も同然の生活をしている。
ヴィオレットと結ばれて、王国を繁栄させるのがディルグの幸せなのではないか。
そこまで考えて、弱気になってはいけないと、その考えを打ち消した。
メルティーナが自身を否定してディルグから離れたら、また同じことを繰り返す羽目になる。
たとえ誰かを傷つけることになっても、ディルグが手を伸ばしてくれるのなら、その手を握り返したい。
──ディルグが選んでくれるのなら、愛してくれるのなら。
堂々と、胸を張っていなければ。
それに──ジュリオと共に行くことは、メルティーナの幸せではなかった。
何が幸福かは、自分自身が決めることだ。
他者の幸福を、他者が定義してはならないということを、メルティーナは痛いほどよくわかっていた。
ディルグと二人きりになってから、二日。
傷からの熱もさがり、食欲もある。傷口は大きいが、縫ったわけでもないのに塞がっている。
人獣の体は頑丈だとディルグは言っていた。その通りなのだろう。
だが、失った血がすぐにもどるわけでもなく、立ち上がればふらついたし、顔色もあまりよくないままだった。
きちんと寝るようにと促す。
ディルグに洗濯をしてくると告げたメルティーナは、朝の光の中で水浴びをしていた。
家のすぐ傍に、透き通る水をたたえた浅い川がある。
誰もいないことを確認して、服を脱ぐと水を浴び、昨日の汚れを落とした。
身ぎれいにして、それから血のついたディルグの服を洗濯して、急いで戻ろう。
小鳥のさえずりが聞える。
森の木々は光を受けて生き生きと輝いている。
ディルグが傍にいるというだけで、景色さえ違って見えるようだった。
メルティーナの白い肌に、水の雫が滴る。その首や胸には、ディルグが残した跡が散っていた。
メルティーナはその跡に、手のひらを走らせる。
昨日のことを思い出すと、羞恥心がこみあげてくる。
同時に、確かな喜びがそこにはあった。
「──殿下はずいぶんと、情熱的なんだね」
「お前がメルティーナだな。国境を越えようとしていたジュリオを捕まえて、吐かせた。あいつは口が硬い、口を割らせるのに時間がかかった」
唐突に話しかけられて、メルティーナは咄嗟に自分の体を脱いでいた服をかき集めて隠した。
メルティーナに、二人の男が近づいてくる。
立派な身なりをした、若い男たちだ。
一人はうさぎの耳をした人獣で、もう一人は虎のような耳をした人獣だった。
「……あなたたちは」
「妹から、手紙鳩で連絡が来た。殿下を探して欲しい、国境の近くにいるはずだと。ジュリオの姿も見えない、きっとジュリオが殿下とメルティーナを逃がしたに違いないってね。女の勘は鋭い。ちょうど、国境を越えようとしているジュリオを、弟がみつけたところだった」
「僕は、イルマール家のアルバ。そしてこちらが、兄のライオス。……それにしても、魅力的な姿だね。殿下が夢中になる気持ちもわかる」
近づいてくる彼らに、メルティーナは一歩さがった。
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