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セフィール家での休暇と想起の夏
庭園での記憶 2
しおりを挟むあぁ――そうだった。
紫陽花の中に佇んでいるとても美しい少年の姿が、フィオルド様に重なる。
頭の奥にしまい込んでいた、厳重な鍵がいくつもかかっている箱が、内側から勝手に開かれていくようだった。
ざぁ、と、強い風が花々を揺らす。
あの時、まだ私が、今よりもっと幼かった頃。
フィオルド様は少ない従者をつれて、たった一人でセフィール家を訪れてくださった。
バルツス皇帝陛下も、アミティ皇后様も一緒にはいなくて、たった、一人きりで。
どうしてか、お母様は姿を見せなくて――そう、具合が悪いとおっしゃっていて。
お父様も、フィオルド様と挨拶をしたあとに、すぐにどこかに行ってしまって。
ドロレスが気をきかせて、私とフィオルド様のために庭園の奥の東屋に、お茶と軽食の支度をしてくれていた。
私はフィオルド様とこの場所に二人きりで――それで。
「私は……青が、好きです。……フィオルド様の色に、似ているので」
「どうした、リリィ……何か悲しいことがあったのか? 明日学園に帰ることが、不安なのか?」
勝手に、涙の膜が瞳にはって、目尻に大粒の涙がたまっていく。
泣いている場合じゃないのに。
ちゃんと、言わなきゃいけないのに。
――私はフィオルド様に、酷いことをしてしまったのに。
「お前には、……不安な思いばかりさせてしまって、すまない。レランディア家や、バレンタイナ家のことは、私に任せて欲しい。皇帝のことも、心配ない。リリィ、私が必ずお前を守る……だから」
「違うの、……フィオルド様、私、……ごめんなさい、フィオルド様……ずっと、ずっと、忘れていて……!」
堰を切ったように、涙があとからあとからこぼれていく。
一人きりでセフィール家を訪れたフィオルド様の心は、どれほど緊張と恐怖に苛まれていただろう。
それなのに私は、――自分のことしか考えていなくて。
私に声をかけてくださったフィオルド様に――返すことができたのは、凍えた表情と、沈黙だけだった。
沈黙は――拒絶と、伝わっただろう。
何も知らなかったなんて、いいわけにならない。
私は逃げてばかりで、自分に都合の良い忘却と、思い込みを続けてばかりで。
フィオルド様をどれほど傷つけてしまっていたかなんて、考えてもいなくて。
それでもフィオルド様は、ずっと忘れていた私を、そのまま受け入れてくださった。
はじめて会った日のことを、思い出せとも、恨み言さえ、何一つ、おっしゃらなかった。
「……ごめんなさい。……私、フィオルド様に、……本当に、酷いことを」
「……リリィ、落ち着いて。それは、子供の頃の話だ。だから、今更謝る必要はない。……私にも、非があった」
「フィオルド様は少しも悪くなくて……私が、私の態度が、フィオルド様を傷つけてしまったから……」
言葉を奪うように、フィオルド様はやや乱暴に私の体を抱き寄せた。
痛いぐらいに抱きしめられて、私は切なく眉を寄せた。
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