リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

はじめましてをもう一度 1

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 痛いぐらいに抱き締められて、私はフィオルド様の背中に回した手で、フィオルド様のシャツをぎゅっと握った。

 涙は溢れて止まらなくて、抱き締めていただく資格なんて私にはないのに、離れたくない。

 頭の中に、記憶の断片が浮かんでは消えていく。

 フィオルド様にはじめてお会いしたのは、フィオルド様の十五歳の誕生日、お城にご挨拶に伺ったときだと、ずっと思っていた。

 けれど、フィオルド様はそれよりも数年前にセフィール家に来てくださっていた。

 そしてこの場所で、庭園の東屋の前で、私はフィオルド様を拒絶するような態度をとってしまった。

 本当は、すごく綺麗だと思った。
 まるで、翼あるセントマリア様のように、とても美しい方だと思った。

 知らない人と話すことが苦手な私は口をつぐみ、とても、不機嫌な表情に見えただろう。

 フィオルド様の瞳が悲しみに曇ったことはすぐに気づいた。

 何かを耐えるようにして、きつく唇を結んで、短い挨拶の後に私の前から立ち去るフィオルド様を追いかけることもできなくて。

 ただ伝えれば良いだけだったのに。

 はじめまして、こんにちは。
 それだけで、良かったのに。

 私は、何もいえずに――記憶さえ閉じ込めることを選んでしまった。

「ごめんなさい、フィオルド様……会いに来て、くださったのに。一人きりで、怖かったと、思うのに。……私、その怖さを、よく知っているのに……」

 自分を嫌っていると思う相手の前に一人で出向くことの怖さを、私は知っている。
 私も、同じだったから。

 フィオルド様が私のことを嫌っていると、思っていたから。

 けれど私以上に、フィオルド様は怖かったわよね。
 あの日、お母様やお父様の態度は、フィオルド様の瞳には冷淡なものに映っただろう。

 そして、私も。

「もう、良いんだ。過去のことは、もう。……私は、お前から逃げた。あの時もっとお前に歩み寄っていればと、後悔ばかりが胸を締め付ける。だが、……リリィが今、私の腕の中にいてくれる。私にとってはそれだけが今は、重要で、それだけで十分なのだから」

「私、……フィオルド様を傷つけてしまったこと、すぐに、きづいたの、本当は……! でも、こわくて。フィオルド様を、傷つけてしまったことが、怖くて。私の言葉や、態度が、刃物みたいに……人を傷つけるのだと思うと、怖くて……」

 私はフィオルド様に抱きついたまま、その顔を見上げた。
 きっと今の私は、涙でぐちゃぐちゃで、とても見られた顔をしていないと思う。

 それでも、きちんと伝えたい。

 人の顔や瞳を見ることは、とても苦手だ。

 私に視線を向けられたら、不愉快になってしまう人の方が多いと思っていたし、目が合うと、心の中の何かを乱暴に掴まれているような気持ちになって、怖かったから。

 私はいつでも自信がなくて、怖くて、何が怖いのかもわからないままただ、何かをずっと恐れていて。

 私という存在が誰かを傷つけてしまうのではないかと、怯えていて。

 でも、思い出した。

 私が怯えていたのは、恐れていたのは、フィオルド様の悲しみに曇る瞳と、痛みを耐えるようにきつく結ばれた唇や、寄せられた眉。

 フィオルド様を傷つけてしまった罪悪感から、けして思い出したりしないように、慎重に丁寧に、その記憶を頭の奥底へと封じ込めていた。

「……とても、綺麗な方って、思ったんです。本当は……すごく、綺麗で、綺麗で、だから、……私、余計に臆してしまって、何も言えなくて……追いかけていれば、良かった。フィオルド様が綺麗で、上手に、喋れなかったって、伝えれば良かったのに……」

「私は、お前に嫌悪されたのだと、思い込んだ。……私はセフィール家では歓迎をされない、獣の息子だからと。……感情的になり、お前の元から逃げた。それは、私の落ち度だ」

「……違います……! お辛かった、でしょう。私が思う、何倍も、フィオルド様はずっと、辛かったでしょう……? どうして良いかわからない、けれど……時間が、戻せるのなら、……やりなおしたい、です」

 そんなことはできない。

 わかっているのに、無益に過ぎてしまった時間が、その時間の分だけフィオルド様を苦しめてしまっていたことが、悲しい。
 

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