リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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聖女の魔力と豊穣の秋

 変わり始める私の世界 2

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 会話をするというのは難しい。

 選んだ言葉が間違っていたらと思うと、心配になってしまう。


「違うわよ、私の問題だから気にしないで。……リリアンナ、そんな捨てられた猫みたいな顔をするんじゃないわよ。撫で回したくなるじゃないの」

「は、はい、私でよければ、お好きに……」

「え? 良いの? 撫でるわよ?」

「ど、どうぞ……!」


 アニスさんは私の頬を両手でむにむに触った後に、半分おろしてある癖のある金の髪をふわふわと触った。


「……公爵家に置いてきた、猫を思い出すわ。ほら、よしよし、良い子ね」

「……あ、アニスさん……耳は、その、……っ」


 髪を触ったアニスさんの指先が、耳に伸びた。
 女性らしい小さく細い指が、なんとも言えない気持ち良さで耳に触れる。

 そういえば、私は耳が結構弱い。フィオルド様が、噛んだり舐めたりしてくださると、それだけで体がきゅんと切なくなるぐらいに弱い。


「……アニス、さん……や、……だめ……っ」

「……っ、……私は今、何を……ごめんね、リリアンナ。あんまりにも猫ちゃんに似ていたものだから」


 耳を手で押さえて、私はアニスさんから逃げた。

 アニスさんは顔を赤く染めると、困ったように言った。
 アニスさんの猫ちゃん、金色なのかしらね。


「そ、それでは、リリアンナ。私は行くわ。あなたもはやく殿下の元に行きなさい」


 アニスさんはどうしてか、逃げるようにしてエントランスを出ていった。

 私とアニスさんが話をしていたせいだろうか、足止めをされるようにして私たちを見ていた女生徒たちも、なぜか顔を赤くしながら私の横を通り過ぎていく。

 アニスさん、猫ちゃんを撫でているだけあって、撫で方が上手なのね、きっと。
 私は髪を軽く整えると、赤くなった頬に両手を当てて深く息をつく。

 それから、寮のエントランスホールから外へと出た。

 アニスさんが言っていた通り、寮の前ではフィオルド様が待っていてくださった。
 寮の前の、綺麗に整えられた門まで続くお庭に置かれたベンチに、優雅に座っているフィオルド様は、ただそこにいらっしゃるだけでとても絵になるお姿だ。

 私はフィオルド様に駆け寄った。
 私の姿に気づいて、フィオルド様も立ち上がると私の元へと来てくださった。


「フィオルド様、お待たせしてしまって、ごめんなさい……」

「おはよう、リリィ。謝らなくて良い。私が待ちたくて待っているのだから。……何か、あった?」


 フィオルド様は私の頬に指で触れた。

 昨日ぶりのフィオルド様、やっぱり素敵。
 好き。


「アニスさんと、仲直りできたのです。……良かったです」

「そうか。……リリィ、顔が赤い。瞳も、潤んでいる。何か嫌なことがあったのかと」

「そうではなくて、アニスさんに先ほど、髪を撫でてもらって、そうしたら、耳を……」

「耳?」

「は、はい。私、アニスさんの飼い猫に、少し似ているそうなんです。きっと、毛並みが金色で、巻き毛なのでしょうね……そうしたら、アニスさんの指が耳に触れて……あの、私、耳が、弱くて」

「……あぁ、そうだな。お前は、ここが弱い。少し触れるだけで、すぐに良い声で鳴いてくれるほどに」

「っ、……ゃあ……っ」


 フィオルド様は私の腰を抱き寄せると、吐息が触れるほどの近くで私に囁いた。

 ついでのように軽く耳を噛まれると、背筋がぞくりと粟立つ。
 まだ朝で、人通りだって、あるのに。私は声が出ないように唇をきつく結んだ。


「私以外の者に触れられて、そのように愛らしく頬を染めるなど、悪い子だ、リリィ」

「……ごめんなさい……」

「……私は、お前の夢を見るほどに、お前に焦がれていたのに、……リリィは、違うのか?」

「私も、寂しかったです……フィオルド様、お会いしたかった……」


 拗ねたようにフィオルド様が言うので、私はその背中に手を回して抱きついた。

 ここがどこだとか、今が何時だとか、そんなことよりも、フィオルド様が愛しいという気持ちでいっぱいになる。

 フィオルド様はそっと私から離れると、少し困ったように笑った。


「……すまない。大人げないことを。……いこうか、リリィ。今日の昼休憩は、植物園にでも行こうか」

「はい……!」


 私とフィオルド様は手を繋いで、校舎までの道を歩いた。

 短い距離だけれど、すごく幸せだった。


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