リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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聖女の魔力と豊穣の秋

 アニス・レランディアは遭遇率が高い ※アニスとシリウスの話です

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 長くて収まりの悪い足を、シリウスは行儀悪く床に投げ出している。

 リボンで緩く縛った長い黒髪を、指先に弄ぶようにして巻きつけた。


「ん……ふ、ぁ、……あ……っ」

「リリィ、声を、押さえて」

「できな……っ、ふぃお、さま、気持ちい……っ」


 あまりにも艶やかな泣き声が聞こえて、一体何をしているのかしらと興味が湧いてしまう。

 シリウスの言うように覗き癖などないはずなのに。一瞬、ものすごく見たいと思ってしまった自分を、アニスは心の中で叱咤した。


「ほら、見てごらんアニス。兄上が、リリアンナの足元にひざまづいている。なかなか見ることができない光景だよ」

「……うるさい」

「それにしても奇遇だよね。一度目は、植物園で。あの時はすごかったね。……二人を覗いている君が、自分で自分を……」

「……っ」


 それ以上言ってほしくなくて、アニスは身を乗り出すとシリウスの口を塞いだ。

 アニスが図書室の奥に身を潜めていたのは、シリウスから隠れるためだった。そこに偶然、リリアンナを抱いたフィオルドがやってきたから、邪魔にならないようにと、二人から見えない場所へと隠れたのだ。

 そして、あの雨の日の植物園。あの時も、偶然だった。
 アニスは一人で植物園に来ていた。リリアンナを傷つけてしまったことを、フィオルドに謝らなければと思っていた。

 正しいことをするのは勇気がいる。特に自分に非があると理解している場合は、余計に。
 アニスにだって、逃げたくなることがある。

 フィオルドに会うことが怖かった。アニスはセントマリア皇家を尊敬していた。翼あるセントマリア様の子孫であるセントマリア家の方々は、アニスにとっては神と同義だったからだ。

 だから、フィオルドに罪を認めて謝罪することに、恐れを感じていた。
 どうしようかと悩んで、一人きりになりたくて、植物園の奥にいたら、フィオルドとリリアンナがやってきたのである。

 思わず、生い茂る植物たちをかき分けて、草むらの奥へと隠れてしまった。今と同じだ。
 邪魔をしたらいけないと思った。気づかれないように立ち去ろうと思っていた。

 けれど――。
 隠れているアニスの耳に、微かな水音と、リリアンナの泣き声が聞こえてきた。

 てっきり、フィオルドに何かひどいことをされているのかと思った。だとしたら、助けないといけないと考えた。
 こっそり覗くと、リリアンナはフィオルドの膝の上にまたがって、頬を染めて切なげな表情で、フィオルドに抱きついていた。

 何が起こっているのかアニスにはよくわからなかったけれど、あまりにも淫らで愛らしい姿だった。

 目を逸らすことができなくて、一体何をしているのかと見つからないようにしながら覗いていると、リリアンナの白くて細い足が捲れたスカートから見えた。

 制服の前がくつろげられている。首に巻き付いているリボンの下には、白い肌が剥き出しになっている。それから、愛らしいフリルの多い下着と、小さな胸と、薄桃色の胸の飾り。

 フィオルドが胸の飾りを口に含むと、リリアンナは背筋をそらせた。

 すごく、気持ち良さそうに見えた。
 今まで感じたことのないぞくぞくとした何かが、体に湧き上がってくる。

 アニスは音を立てないようにして大きな木の下に座り込んだ。木に体を預けると、じくじくと疼いている自分の足の間に手をそわせて、触れてみる。

 リリアンナの愛らしい声が、耳に響く。自分がどうなってしまったのかよくわからないままに、それでも手を止めることができず、アニスは自らに触れた。

 そして、唐突に、その手を大きな手に掴まれたのである。

 シリウスだった。

 それからアニスは――今と同じように、シリウスに揶揄われながら、シリウスの目の前でーー人には見せることができないような姿を晒すことになったのである。


「そう、怒らないで。アニス……兄上は、敏い方だ。わかっていて、ああして見せつけているんだよ、俺たちに。ひどいよね」


 シリウスの口元に押さえつけた手のひらを、ペロリと舐められる。
 体がざわざわとさざめく。

 アニスはシリウスから離れようとした。
 けれど、腰を強く抱き寄せられて、軽々と膝の上へと乗せられてしまう。

 
「ほら、暴れないで、アニス。聞こえてしまうよ。兄上は気づいているけれど、リリアンナはそうじゃない。見ていたことを、知られたくないだろう?」


 ひどい男だと思って、アニスはシリウスを睨む。睨むことしかできないのが悔しくて、目尻に涙が溜まった。

 アニスにとってリリアンナは、自分の罪の象徴のような存在だった。
 贖罪のため、守るためだと決意して、母には嫌われるかもしれないと思いながらも、傍にいることを選んだ。

 けれど今はもうすっかり大切な友人である。
 リリアンナは、少しだらしないところもあるけれど、懐が広く、優しい。

 リリアンナを知らない時は周囲を拒絶するようなきつい目つきや顔立ちを見ていると、気位が高くて嫌な女だと思っていた。けれど、アニスが少し優しくしただけなのに、全力で信頼を示してくれるようになった。

 すぐに懐いて、全身でアニスが好きだと、表現してくれる。
 動物みたいで可愛いと思ったら、もうダメだった。それからは、坂道を転がり落ちるように、リリアンナのことをアニスも好きになってしまった。

 だから、――できれば、内緒にしていたい。
 リリアンナのあられもない姿を見て、――はじめて自分で自分を慰めてしまったこと、なんて。


「アニス、俺たちは婚約者。だから、同じことを君にしてあげるよ」


 にっこりと微笑みながら、シリウスが最低なことを言った。
 アニスは唇を噛む。

 シリウスが何を考えているのかさっぱりわからない。揶揄われているのだと思う。
 アニスの両親の結婚は、義務でしかなかった。

 だから自分もきっとそうなるのだろう。相手がシリウスでは、幸せな結婚なんて望めるはずもない。
 絶対にお飾りの婚約者でいてやると、心に決めた。

 ただ、シリウスはフィオルドの弟なので、結婚すればリリアンナとのつながりがさらに強くなると思うと、少し嬉しいような気もした。




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