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3 私の家族③
しおりを挟む味方のはずのお兄様はこの場にいない。
旅行なんて行きたくないし、一緒に住むなんて絶対できない。
修道院の話をして断りたいけど、反対されたら行けなくなってしまいそう。
すごく言いたいのに言えない。
「デビューの準備の心配をしなくていいんだよ。エメテリオ伯爵はまだ若いからレアルに必要なものがわからないはずだ」
パルマ子爵様が私を上から下まで眺めて唇を舌でペロリと舐めた。
ぞぞっとしてお母様の方をみると、私を見てただニコニコしている。子爵様がおかしいことに気づいていないみたい。
「でも……」
「レアル、せっかくだから、まずは一緒に旅行しましょうよ!」
どうしよう。
行きたくない。
「お兄様が独りになってかわいそうだわ。……旅行は二人で楽しんで。その間私もお兄様とおしゃべりしたいの」
「レアルは優しいのね……温泉に連れて行ってあげたかったのだけど、うーん……」
お兄様はこの先独りぼっちだからってつぶやいたらお母様がため息をついた。
「子爵様、しかたないわ。息子はレアルのことを可愛がっているもの、兄妹で過ごせるのも最後よね。旅行から帰ったら一緒に暮らしましょう」
「今回の旅行は急に決めたからしかたないか。急で悪かったね、次は一緒に行こう。レアルに初めての場所、経験をさせてあげたいんだ。世界は広いよ。それにちゃんとしたドレスも仕立ててあげたい」
「まぁ⁉︎ 娘にだけですの? 私も欲しいわ」
「……もちろん、君の分も。ただ、レアルはお下がりばかりだろう? 女の子は着飾ったほうが可愛いからね」
「子爵様、娘のことまでありがとうございます」
二人が楽しそうにこれからのことを立てている。
「それじゃあ、旅行の前に買い物に行きたかったら着替えておいで」
「そうさせていただくわ! レアル、お茶の相手を頼んだわよ」
「……はい、わかりました」
お母様、早く戻ってきて。
「新しいお茶のセットを持ってきてくれるかい? レアルに入れてもらいたいんだ。練習になるだろう? テラスがいいかな」
「……かしこまりました。テラスにお持ちします」
控えていたアダがこっちを心配そうに見てから出て行った。
二人きりになんてなりたくないのに。
でもテラスは外からも見えるから変なことをするはずがない。
「支度に時間がかかるだろうから、外を眺めながらお茶にしよう」
「はい、わかりました」
立ち上がると子爵が私に手を差し出した。
「小さなレディ、行こうか」
手なんてとりたくないけれど、子爵様が手袋をしていたから指先に乗せた。
「奥ゆかしい子だ。こうして歩くのもエスコートされる練習だと思えばいい。私がレアルを立派なレディに育ててあげよう」
ぞわぞわして答えられないでいると、子爵様が私の手をしっかり握り、耳元でささやいた。
「男のあしらい方も教えてあげなきゃいけないね」
思わず足が止まる。
「レアル、可愛い子だね。育てがいがあるよ……さあ、行こう」
「……はい」
ご機嫌な子爵様は旅行の計画を話して、私の気をひこうとした。どんなに魅力的なことを言われても一緒に行きたいとは思わない。
テラスに着いた時にはアダが待機していて心強かった。人目があるから変なことはしないはず。
「素敵な場所だ。さぁ、お茶を淹れてみてくれるかい?」
「……はい、わかりました」
このテラスはお父様が好きな場所で、よくお茶につき合ってきた。
淹れ方はお父様流で、まだちゃんと習っていないからアダの淹れ方を思い出す。
お母様は屋敷でお茶を飲むよりティールームに行くことが好きだからお茶を淹れるところを見たことがない。
「……少し優雅さに欠けるが、味はいいね。しっかりしたマナーの先生をつけてあげよう。私好みの完璧なレディに君はなるんだ」
その言葉に驚いて、私の持っていたティーカップがソーサーにあたってカチャンと音を立てた。
「ほら、気を抜いてはいけないよ。完璧なレディはそんなことはしないからね」
「ごめんなさい」
「まず、お茶というのはね……」
子爵のマナー講座を時々頷きながらぼんやり聞いていたら、ようやくお母様が現れた。
心からほっとする。
「お待たせしたわね。さぁ、出かけましょう!」
「お茶をどうだい?」
「またにするわ。今から行けばティールームのおいしいケーキが食べられるもの。急ぎましょう!」
お母様は化粧も髪型もさっきとは違う。
最初からティールームに行くつもりでいたみたい。
私もここで何時間もお茶につき合うのはもう嫌だから、お母様にさっさと連れ出して欲しいと思った。
「せっかちだな。しかし、これほど美しいレディをティールームに連れて行かないのは罪だね。ではね小さなレディ、またね」
「はい」
子爵様は小声でいい子にしているんだよ、今度連れて行ってあげるからと言ったけれど、私は聞こえないふりをした。
「お帰りなさい、お兄様」
「……ただいま、レアル」
お兄様が仕事から帰ってきて、私は駆け寄った。
いつも出迎えることなんてしなかったからすごく驚いていたけど、気にしていられない。
「なんだ? 母様には言ってないぞ」
「そうじゃないの、お母様が子爵様と旅行に行くことになったのだけど、戻ってきたら私もパルマ子爵家で暮らそうって。そんなのいや。早く修道院に行きたいの」
「子爵家のほうが贅沢はできるぞ? 社交界にデビューさせてもらえるだろう……母様と別れなければ。長続きするかなぁ、気まぐれだから」
お兄様も気づいていたんだ。
貴族の結婚って幸せにならないのかな。
私には貴族社会で生きていくのはややこしい。
「子爵様が『私好みの完璧なレディにする』って言うから気持ち悪いの。ほかにも『男のあしらい方を教える』って。ベタベタ触ってくるし……一日も早く修道院に行きたい」
「あー……なるほど。そういうことか。向こうは子爵でこっちは伯爵だ、任せておけ。それで母様たちは旅行はどこへ?」
有名な温泉地の名前を上げると、お兄様がにやりと笑った。
「修道院に手紙は送っておいたから、二人が旅行中に修道院へ向かうといい。反対方向だし、そのまま会うことはないだろう。どのくらいの期間か聞いているか?」
私が六週間ほど温泉地で過ごすらしいと答えると、兄が頭の中でなにか計算しているようだった。
「それなら十分時間があるな。向こうに着いたら俺と母様に手紙は出してくれ。子爵には旅行中、レアルのために散財してもらわないとな。言わなくても母様がお土産を買わせてくるはずだが、俺からも頼んでおく」
お兄様の意地の悪い顔が頼もしくみえた。
「寄付金は出してやる。代わりに母様がレアルのために買ってくるものは俺がもらって相殺だ。換金する手間賃があるからな」
「うん、わかった」
やっぱりお兄様はお兄様のままだけど、私は気づいたら笑っていた。
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