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番外編
古書がつないだ物語 (ブライアンside)
しおりを挟む授業が終わり、控え室に戻るとあみが本を読んでいる。
それをみてほっとするようなったのはいつからだろう。
私に気づいて顔を上げた彼女が、何度か目を瞬いてから私に笑いかける。
その黒曜石によく似た瞳にじっと見つめられて、一体何を考えているのだろうと見つめ返す。
「ブライアンさん、おかえりなさい。まっすぐ帰りますか?」
「いや、今日は本屋に寄ろうと思う」
「わかりました」
小さな鞄を手にして私の隣に立つ。
相変わらず小さいままだけれど、初めの頃より女らしい体型になって彼女もとうとう十八歳になった。
いや、本人は二十六だと主張しているが。
信じてはいないが、昔から落ち着いた賢い子どもだと思っていた。
我がままを言うこともなく、癇癪を起こしたこともない。
そのあみがたった一つ望んだのが、よりによって私とずっと一緒にいること、とは。
その時嬉しいと思ってしまった自分に複雑な気持ちになった。
いつもずっと一緒にいるから、あみにとっては刷り込みで、ただお互いに依存しているだけなのではないかと、そう思う。
少なくとも私はあみに救われた。
***
結婚の約束をしていた恋人が、戦争から戻ると他の男と結婚したと彼女の両親から聞いた時は悲しくつらく……しばらくすると、ふつふつと怒りが湧いた。
どうして待っていてくれなかったのか、と。
しかし彼女の弟から、父親が事業で出した損害の穴埋めに相手の男に半ば誘拐されるように連れ去られたと知り、金を工面して彼女を取り戻そうと準備しているうちに男の暴力により亡くなってしまった。
その男も部下に刺されて事業を乗っ取られたと聞いて一時は溜飲を下げたが、彼女が戻ってくるわけではない。
彼女は裏切っていなかったのに怒り、憎しみさえ覚えたことに罪悪感を感じたし、生きていてもしょうがないと自分自身に罰が欲しかったのだろう、行かなくてもいい戦地へ赴いた。
大怪我をして子どもを持つこともできない身体になったことは、今さらどうでも良かったが、自分だけがまだ生きていて彼女はこの世にいないこと、助ける方法があったのではないかとベッドの上で悶々と考え続けた。
それも日記の最終ページに到達した後、引き出しの奥底へ自分の痛む心とともにしまった。
それから知り合いの紹介で週に一度ほど魔術師学校で教壇に立つことになり、慣れてくると授業数も増えて一日一日が淡々と過ぎていった。
きっとこのまま歳をとっていくのだろう。
そんな時にあみが突然部屋に現れた。
日記が媒介になって転移してしまったのなら、元に戻すのが私の役目になる。
やるべきことがある、それがとても嬉しかった。
あみを還すことで私の頭はいっぱいになった。
転移については国内外の文献を調べてもわからないことばかりだが、調べれば調べるほど謎が深まり、面白くて夢中になる。
あみの存在を国や他の学者に知られたら実験道具とみなされて命も危うい。
実際に転移を試して行方不明のち、記憶障害を起こしていただとかその場で燃えた例もあったようだ。
だから慎重に内密に研究を進めた。
***
「今日は好きな本を一冊選んでみたらどうか」
書店に入り、あみの背をそっと押す。
一瞬で明るい顔になるから、心が温まる。
「本当ですか?……じゃあ、植物の本がみたいです」
私が眉を上げると、あみがだめですか?と訊く。
「いや、だめではないが……物語が好きだろう?」
「……好きですけど、言いましたか?」
ここの店主に若い女の子に流行っていて質の良い本を数冊選んでもらったことがあるが、気に入って繰り返し何度も何度も読んでいる姿を見かけた。
どんな内容か訊ねると、ちょっと恥ずかしそうに恋の話です、と答えた姿に成長を感じたものだが。
「……どうだろうな。好きな本を選びなさい」
はにかんだ笑顔を浮かべて、本棚へ向かう彼女を眺めながら、カウンターに向かう。
「取り置きの本はこちらです。……彼女を奥さんにすることに決めたんで?」
「……いや、それはないな」
「差し出がましいことを申しました。……その、もしよろしければうちの息子を紹介しても?」
「彼女はまだ結婚する気がないらしい。……私も紹介してるのだが……」
「まぁ、まだ若いから手元で大切に育てるのもいいでしょう」
店主の言葉に心がざわめく。
ちらりと見るとはしごに乗るあみが見えた。
本を選ぶのに夢中で、なんとも危なっかしい。
静かに近づいてはしごを押さえようと手を伸ばした時、バランスを崩したあみが上から落ちてきた。
「きゃっ!」
「あみ‼︎」
立っていた場所がよかったから、しっかりと抱きとめことなきを得た。
ほっとしたのも束の間、思いがけず彼女の柔らかい部分を鷲掴みしていることに気づき、下半身が熱を持つのを感じた。
硬直する彼女をそっと下ろして、すまないと声をかけて離れた。
「大丈夫ですか?」
店主になんでもないと答えて、彼女が落とした三冊の本を会計に回す。
きっと、迷って選べなかったのだろう。
赤い顔であみがごめんなさい、ありがとうございますと言った。
「いや、こちらこそすまない。次から気をつけるように」
そう言いながら、頭の中ではさっきの感覚はなんだと考える。
長い間感じたことのないうずきに、戸惑った。
「ごめんなさい……怒ってます?」
どうやら眉間にシワが寄っていたらしい。
「いや、……さぁ、帰ろう」
「はい」
あみに幸せになってほしい。
元の世界へと還したい気持ちは嘘ではない。
だが、確実な方法はいまだ見つかっていない。
それならばこっちに残り弟子の誰かと家庭をもってくれたら彼女をずっと見守ることができる。
それは少し胸が痛むが、どうしてなのかは考えない。
認めてしまえば苦しくなるだけだ。
彼女は誰を紹介しても首を横に振る。
私はそれに昏い喜びを感じてしまうのだからしょうがない。
『ブライアンさんしか考えられません』
そんなふうにまっすぐ見つめられて、胸が熱くなる。
いつしかその熱は胸だけにとどまらなくなった。
ある日突然、風呂上りの上気したあみの顔をみて私自身が頭をもたげたのだ。
「ブライアンさんも区切りのいいところでお風呂はどうですか?」
まったく、思春期の少年でもないのに。
一体、私は何を考えているんだ?
自制しないとこのままでは同じ部屋で空気を吸うだけで反応してしまうだろう。
まいったな。
『ブライアンさん?……何か怒ってます?』
『いや……風呂に入ってくる』
あれから一年も経っていないというのに。
腕の中のあみのつややかな黒髪を撫でる。
昨夜、とうとう彼女と結ばれた。
甘く蕩ける彼女に、私自身のタガが外れ無理をしいた自覚がある。
久しぶりの愛の行為とはいえ若い頃より鈍っている分長い時間しつこくし過ぎた。
思い出しただけで気持ちが昂ぶる。
こうなったら、もう彼女を離せない。
誰も知らない、二人きりになれる場所で人目を気にせずに彼女と愛し合いたい。
それに、彼女の存在は研究者にとって喉から手が出るほど欲しい存在だから、表に出したくない。
彼女を還すことはできないが、家族と連絡を取れる方法を考えよう。
あの日記につながるように。
「ブライアン、さん……?」
あみのかすれた声に苦笑する。
「まだ、暗い。もう少し寝ていいぞ」
「はい……」
彼女の唇が心臓に押し当てられるのを感じて、愛しさがこみあげた。
「そんなことしたら、もう寝れないぞ」
顔を上げたあみにすかさず唇を寄せる。
「あみ、愛してるよ」
ふわりと笑うあみの甘い身体に酔いしれた。
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