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5 何の肩書きもなく① ソフィア視点
しおりを挟む「ソフィア、おはよう」
「おはよう、デヴィン」
私は目の前にいる彼に笑いかける。
黒髪の彼はなぜか少し悲しそうな目で見るけれど、私を抱きしめた。
昔の記憶が曖昧で、どこか違和感もあるけれど彼は彼だ。
何年もずっと一緒にいる気もするし、まだ三月にも満たない気がする。
だって、私の過去を知らな過ぎる。
でもそれを考え始めると、頭にもやがかかった。
「買い物に行くが、一緒に行かないか?」
「……今回はやめておくわ。本を読んで待ってる」
街は疲れる。出会った相手が私をじろじろと見る時、知り合いかどうか気になって仕方ないから。そういう時は曖昧に笑ってやり過ごす。
「そうか、欲しいものは? 食べたいものは?」
なんでも言えと言うけれど、何も浮かばないから首を横に振る。
彼がほんの少し困ったような顔をしたから、本がいいと答えると、嬉しそうに好きそうなものを探してくると言って出かけた。
「気をつけてね」
私は少しでも時間があると、本を手に取る。
私の空っぽの頭に知識を入れたいから。
覚えてない過去の出来事や不安をそうして知識で埋めていく。
この家には、本が少ない。
何度も開くのはこの家にあった料理の本と農作物について書かれた日誌。
読んでいるうちに覚えて、前から知っている内容のような気がして落ち着いた。
それから、彼が買ってきてくれるのは冒険物語や流行りの恋愛小説。
ものすごく面白いわけではないけれど、文字を読むと身体の中にいっぱい溜まっていく気がする。
今日はどれにしようかと背表紙に指を滑らす。
「すみません」
ノックと、低い男の声が聞こえた。
まだ彼が出て行ってからそれほど経っていない。
誰か、人が来るなんて珍しい。
窓から玄関のほうをそっと覗いた。
玄関の前に、大きな外套を羽織った栗色の髪の男が立っていた。
きっと旅人が森の中に迷い込んだのかもしれない。
私に気づいた男が緊張した面持ちで名前を呼んだ。
「ソフィア」
私のことを知っている、私が覚えていない人。
あの栗色の髪はなんだか懐かしく感じるけれど、わからない。
「ソフィア、少しでいい。話がしたい」
彼と話をしたら、私の記憶も少し埋まるだろうか。
でも、悪い人だったら?
「すまない。三年も経っていて、今さらと思うかもしれない。……でも、少しだけ、どうか、お願いだ……」
扉越しに聞こえる声は、真摯なもので。
だから私は、ゆっくりと扉を開けた。
目の前に立つ彼は、その場所から一歩も動かず、私を見つめる。
私は彼から思い出すことがあるかもしれない、そう思って失礼なくらいじろじろと見た。
「ソフィア、今、一人か?」
「…………」
「少し、外に出て来られるなら、そこで話ができないだろうか」
彼が、庭先に据えられた長椅子を指さす。
そこは私がよく、日向ぼっこをしながら読書する場所だった。
「わかりました。どうぞ」
今度は彼が黙って、座る。
私も一人分空けて隣に座った。
「……結婚、したのか?」
そう問われて、首を傾げる。
「いえ、してません……?」
多分。彼は彼で夫ではないはずだもの。
「なぜ、だ? 男と一緒に暮らしているんだろう……?」
「デヴィン……? 私のことを大事にしてくださいます」
彼は、私を喜ばそうとお土産を買ってきてくれるもの。
目の前の彼が顔を歪めた。
なぜ彼がそんな顔をするかわからない。
「幸せ、なのか……?」
囁きが耳に届いた。
「さあ、どうでしょうか」
彼が私の表情を見逃すまいと瞬きもせず見入る。
なぜかとても居心地が悪い。
「ソフィア……」
どうして彼は私をそんなに見つめるのだろう。
「私をソフィアと呼びますが、私は私のことも、あなたのこともわかりません。……あなたは誰ですか?」
私が冗談を言っているのではないと気づいて、彼は息を呑んだ。
それから、眉間に皺を寄せて問う。
「しかし、さっきデヴィンと……」
「デヴィン? それは、私が唯一覚えている名前だからです。それは、彼の名前で、彼は……」
彼は、なんと言おうとしたのだろう。
わからなくなって首を傾げる。
「どうして……? 最近のこと、だろう?」
「さぁ……よくわかりません。ごめんなさい……私のことを知っているんですね。何か教えてくれませんか?」
彼はゆっくりと目を閉じて、拳を握った。
「逆に聞くが……どこまで覚えている? おばあさんと暮らしていたことは?」
「残念ですが、覚えていません……」
「僕達は三年前まで恋人だった。その後僕が他国に行くことになって、……今、久しぶりに顔を合わせた」
「デヴィン……?」
「そうだ、僕がデヴィンだよ」
目の前の彼がデヴィンで、黒髪の彼も、デヴィン?
「よくある名前なんですね」
「そんなわけあるか」
強い声音にぴくりと震える。
「すまない。……その、彼が来るまで待たせてもらえるか? 少し話がしたいのだが」
彼はとても礼儀正しい。
無理に部屋に押し入るようなこともなく、今も距離をとったまま話している。
「多分、そろそろ戻ると思います」
私達はそのままおしゃべりを続けた。
私は彼から、私の祖母が魔女だったこと、今もお互いにはめたままの指輪が揃いのものであることを気づかせてくれて、それから二人で過ごした日々の話を聞いた。
彼の声が心地よくて、彼の隣にいると、楽に呼吸ができる。
それに、彼の言葉は私の頭から抜けることがなく、わかりやすい。
昔の私の話は誰かの物語を聞いているようではあったけれど、とても興味深くて引き込まれた。
いつの間にか、私は彼の話に笑みを浮かべていたらしい。
「ソフィア、君の記憶が戻るように協力したい。だから、僕についてきてくれないか?」
「……いいのでしょうか? ご迷惑では?」
「だめだ!」
買い物から戻ってきた黒髪の彼が、そう大声で言って、どさりと荷物を足元に落とした。
「おかえりなさい。……こちらは、私の過去を知っている方なの。だから」
「だめだよ、ソフィア。ずっと俺が面倒をみるから、俺と一緒にいるんだ」
あまりの形相に驚いていると、私を守るように目の前に栗色の髪の彼が立った。
「ソフィアに何をした? なぜ彼女が…………お前、もしかして勇者ジュンか?」
魔王を倒して世界を平和にした冒険物語を彼が持ってきてくれたけれど……黒髪の彼が、勇者ジュン?
デヴィンではなくて、ジュンというの?
よくわからない。
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