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3 再会
しおりを挟む二十一歳になった私は港町の小さな宿屋を一生懸命切り盛りしていた。
この一年、父さんが身体を崩して、母さんは仕事を半分くらいに控えて父さんのそばにいることが多くなった。
私と従業員のウィルとミリー夫婦、料理人のモーガンで乗り切ってきた。
そんな時だったから、目の前に私と同じ髪色の、父親に目元がよく似た少年がやってきて驚いた。
「エラ姉ちゃん?」
「……デーヴィドなの? 格好良くなったね。一人なの?」
彼は肩をすくめて、一人だよと呟いた。
「泊まって行く? 食事は?」
「……変わらないな、世話好きなところ。食べてない。腹減った」
その場をウィルに任せて食堂に案内する。
お客さんのいないがらんとした場所で、調理場からパンとスープを持ってきた。
「泊まって行くよね? みんなはどうしてる?」
「何も知らないんだよな……。ミアが黒髪の男の子を産んでさ、子どもとその父親と駆け落ちしたよ。それで、あの村に居づらくなって俺は父ちゃんの従姉妹の住む村に移り住んだ」
「嘘……」
驚きすぎて言葉が出ない。
九年もここで安穏と過ごしてきたから、デーヴィドに対して申し訳ない気持ちになる。
「俺は小さかったし、向こうで歳の近い友達ができて楽しかったから気にしないでいいよ。父ちゃんもうまくやってる。母ちゃんは……山奥のばあちゃんちへ行った」
「何もできなくてごめんね。ここにはいつまでいられるの? ずっとここにいたら?」
「あー、しんみりさせたかったわけじゃないんだ。それに、俺十六になったから好きにしていいって言われて色々なところを旅しようと思って、まずここに来たんだ」
のびのびと素直に育ったような見た目だけど、きっと苦労したんだろうな。
昔はあんなに甘えてわがままだったのに。
「……男らしくなったね」
「姉ちゃんはきれいになったね」
「……そんなお世辞まで言えるんだ」
「本当のことだけど。まあ、いいよ。しばらく泊めてくれない?」
デーヴィドを宿屋の裏にある自宅へ案内した。
私の隣の部屋が空いているから。
もともとソフィア夫婦は宿屋に住んでいたけれど、私が移り住む前に空き家を買い取って住みやすいように改装してくれていた。
宿屋の空いた部屋にはウィルとミリー夫婦が住み込みで働いている。
「父さん、母さん! デーヴィドが来てくれたよ」
彼の前で二人を呼ぶことを一瞬ためらったけど、今さら変えるのもおかしい。
ちらりと彼を見ると眉を上げたけど、黙ったままだ。
少しだけ居心地が悪い思いをする。
「よく来たね……ゆっくりして行くといい」
「あらあら、まあまあ……大きくなって。抱きしめさせてちょうだい」
今日は父さんの体調がよさそうでほっとする。
デーヴィドは母さんに抱きしめられて、背中をポンポンとそっと叩いた。
「お久しぶりです。しばらくお世話になります」
「そんな堅苦しくしないで。エラの弟なんだから、私たちに息子がいる気分を味わせてよ」
母さんの言葉にちょっと幼い顔を見せる。
「……ありがとう、ここに来れてよかった」
「私も抱きしめさせて」
小さかったデーヴィドが、私をすっぽり包む。
「大きくなったね……また会えて嬉しい」
「俺も。姉ちゃん、こんなに小さかったんだな……」
「これでも、成長したんだけど」
和やかだったのはそこまでで、ミアの子供が産まれた後の顛末を聞いて二人ともショックを受けた。
ミアたちの行方がわからないけど、もし困ったらここに来るだろうと言うデーヴィドの言葉に慰められて。
彼女なら男の間をうまく渡って生きて行くだろうな。
子どもがどうなってるか心配だけど。
それから。
考えないようにしていたけど、オーブリーはどうしてるんだろう。
ショックだっただろうな……。
「オーブリーは……?」
それでも、聞かずにはいられなかった。
こうして思い出すと、ほんの少しだけ胸が痛む。
あの時の私は本気で好きだったんだと思うから。
「俺も、小さかったからなぁ……姉ちゃんは懐いていたもんね。ごめん、あの村の話はわからない」
「そう……だよね。なんか、懐かしくなっちゃって」
一人になってふと考える。
九年も経てば、オーブリーだって結婚しているだろうな。
優しくて素敵な人だから。
ミアのことは考えない。
考えたくないのに。
だって、どす黒いものが湧き上がってくる。
幼かった当時の私はミアが夜中にしてたことをわからなかったけど、今なら……わかる。
あの洗濯の意味も。
オーブリーと結婚できたのに大切にしなかった。
他の男の子を身ごもって、オーブリーを裏切るなんて……。
九年も経つのに。
今さらどうしようもないのに。
私は意識して息を吐いた。
今、まぶたに浮かぶ彼はサラサラの金髪が揺れるところ。
私を見て優しく笑うところ。
抱き上げられたこと。
シロツメクサの花冠を頭にのせてくれたこと。
優しい思い出だけ。
それだけあれば、今の彼の幸せを願える。
もう、昔のことだもの。
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