5 / 29
4 再会2
しおりを挟むデーヴィドが来て二ヶ月ほど経った頃。
カウンターの内側で今週の夕食の献立と食材を確認していた私は、ドアに取りつけたベルの音に顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
笑顔を浮かべ、外套を被った大柄な男に声をかけた。
「…………エラ?」
そう言われてフードを上げた男の顔を見る。
ぱっと見、覚えがないし、左頬の傷に目がいってしまう。
傷を見つめちゃだめ。失礼よ。
「……俺のこと、わからない?」
笑顔のまま全体を眺めるうちに、刈り込まれているものの明るい金髪と優しい眼差し、穏やかな声音にかちりと記憶が、重なった。
「オーブリー……? あの、……」
何を言ったらいいかわからない。
まず、久しぶりとか?
それよりミアのこと、謝るべき?
でも、なんで私が?
ミアもうちの家族も来ていないよ、って。
私の顔も見たくなかったかな……。
思考がぐるぐると巡る。
「久しぶりだな、エラ。元気にしてたか?」
「……はい。おかげさまで……オーブリーは?」
おかげさま、って何?
自分の言葉に舌を噛みたくなる。
「……表情に出過ぎだよ。聞いているんだろ? もう昔の事だから、エラにはそのままでいてほしい」
「……あの、実はそのことを聞いたの最近で……。デーヴィドのことしかわからないの。……知らなくてごめんなさい」
動揺しすぎて何を話しているかよくわからない。
「いや、もういいんだ。……それで、部屋は空いている? しばらく滞在したいんだ」
手元の部屋割りを見て、三階の角にある広い特別室に案内することにした。
料金は通常価格で。
本当はタダでもみんな納得すると思うけど。
「……あいつのことは気にしなくていいんだが」
部屋を案内した時に、料金と部屋が見合わないことに気づいたオーブリーが私を見て言う。
「今、他の部屋空いてないの。だから、ここ使って」
本当は一室だけ空いているのだけど、日当たりも悪くて普段からあまり使われていない。
そんな場所に案内する気は起きなかった。
「夕食は? ここはシチューがメインなの。もっとお腹にたまるものが食べたかったら、ここを出て三軒右隣りのレストランか……」
「エラも一緒に食べられる? せっかく会えたから」
「……私、いつも裏で食べるの」
オーブリーの気安い雰囲気に流されそうになったけれど、これ以上近づいて、また好きになりたくない。
「じゃあ、ここに二人分持ってきて食べろよ。一人の食事って味気ないだろ?」
「お客様だし、オーブリーの奥様に悪いから部屋はやめておくよ」
「ここなら誰にも見られないだろ。それに、俺は結婚してない。ただ、それだけきれいならエラは、恋人もいるよな」
きれいと言われたことも、恋人のことも頭に残らない。
「結婚してないの?」
「してない。ほら、積もる話もあるだろ? 俺は話したい」
「じゃあ、少し遅くなってもいいなら、ここにご飯持ってくる。みんなに話しておくから」
「わかった、楽しみにしてる」
オーブリーは私の頭を撫でてから背中をドアの方へ押した。
階段を降りて夕食の指示を伝えてからカウンターに戻ると、母さんが座っていて、二週間ほど前から泊まっている客と会話していた。
こじんまりとした家庭的なこの宿屋は長期滞在の客が多い。
「噂をすれば、よ。……エラ、こちらの方の息子さんね、隣の街で役所勤めをされてるんですって。一度、会ってみない?」
また。
時々母さんは余計なことをする。
私が宿屋を継ぐことより嫁ぐことを優先しているみたい。
仲の良い父さんと母さんのおかげで、結婚は悪くないものと思えるようになったけれど。
「……まだ、そういうこと、考えられないんです。ごめんなさい」
そう言って、台所に戻る。
ため息をついて、野菜の皮むきを手伝う。
夕食のシチューは飽きないように日替わりだから、たっぷり作って翌朝提供することもあるし、それでも余れば従業員のお昼ご飯になることもある。
「姉ちゃん、モテるのな。なんで彼氏作らねーの?」
暇さえあれば台所にいるデーヴィドが言う。
このまま料理人になってもいいんだけど。
「忙しかったから?」
「確かに忙しそうだけどさ、なんか……もったいないよな。さっきのも、会うくらいは……」
「別に、誰ともつき合わなかったわけじゃない」
深いおつき合いはしたことがないし、母さんに言われるままにお見合いもしてみたけどちょっと違うなって思っただけ。
「そんなに早く結婚してほしいのかなぁ……」
「まぁ、年頃だし? 別に結婚しなくても俺が面倒みるよ」
デーヴィドの言葉に微笑んだ。
離れていたからかな。
知らない男の子だって感じる時もあるのに、こういう時に私の中でまだ小さくてかわいい弟の姿がみえる。
大きくたくましくなったのに、それでも。
「ありがとう」
私の言葉にデーヴィドが任せとけと答えた。
「そんなに弟を可愛がるなんてさ、他の男に目が行かなくなるのも当然だろ」
黙って肉の下処理をしていた料理人のモーガンが呆れたように言う。
「困ったら、うちの孫もいるからよ!この間会った後お嫁さんにしたいって言ってたからな」
彼の孫はまだ五歳だ。
だけど、しばらく男避けになってもらおうかなと考える。
歳なんて言わなくていいんだもの。
「……そうね、それが一番かもね。近々会いに行くわ」
「そうかい? そうしてくれたら喜ぶよ」
デーヴィドがそんな軽くていいのかよ、と呟いていたが気にしない。
「いいの、いいの。彼のことは好きだから」
ふと、視線を感じて振り向くとオーブリーが扉の前に立っていた。
「風呂のお湯が出ないんだが……」
「あぁ、ごめんなさい。一緒に行きます!」
私は立ち上がってオーブリーと階段を登った。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
1,439
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる