6 / 29
5 再会3
しおりを挟む「手間をかけてごめんなさい。本当はさっきやればよかったんだけど……」
部屋に入って、オーブリーに向き直って頭を下げた。
言い訳する自分に情けなくなる。
オーブリーを見上げると髪が濡れていたから、思わず手を伸ばした。
「シャワー浴びちゃった?」
「……そう。いつ湯が出るかと思いながら浴びたけど、やっぱり温かい湯に浸かりたくてね」
私がバランスを崩さないように少し屈んで背中を支えてくれる。
私も少し背が伸びたけど、オーブリーも多分伸びたみたい。
今だって私の背丈は彼の三分の二程度しかない。
それから、少年ぽさが抜けたし、筋肉がついてすごくがっしりしたと思う。
なんだか、色気がある。
温かくて大きな手にほんの少し緊張して、早口でまくし立てた。
「じゃあ、お湯を張るところまでお任せください! それから温かいもの、飲む? 持ってくるよ?」
「うん、任せるよ。飲み物は、エラが昔よく飲んでたあの甘いジンジャーティがいいな」
「……あんなの、私もしばらく飲んでないよ? 本当に?」
「あぁ」
「……本当に?」
「飲みたい」
何度か同じやりとりをしてから私はようやく頷いた。
昔、私とデーヴィドが寒い朝に好んで飲んでいて、興味津々のオーブリーに初めて出した時は、甘さに驚いてむせた。
だけど、くせになると言って時々私につき合った。
ミアには甘すぎて気持ち悪いと言われたけれど、楽しい思い出の一つかも。
「じゃあ、お湯を張る間に飲めるようにするね」
オーブリーがふいに私の頬に触れて、その場に漂う親密な雰囲気に戸惑った。
だからそっと後ろに下がって浴室へ行って手早く準備する。
この宿屋には昔々お偉い方が泊まったことがあるそうで、タンク式の湯沸かし器を取りつけてあった。
特別室は優先的に使えるようにはしてあるのだけど、利用率が低いから元栓を閉めていることが多い。
基本的に他のお客様には、近くの公衆浴場を勧めている。
部屋で風呂に入る場合、別料金を頂いているから。
そんな湯沸かし器の元栓を開け、蛇口をひねった。
「いっぱいになるまでしばらくかかるから、飲み物持ってくるね」
オーブリーに声をかけて私は部屋を出た。
「さっきのってさ……もしかして、オーブリーさん?」
「そうなの、偶然だよね。……この後、飲み物届けに行くの。デーヴィドも飲みたい?」
刻んだ生姜と茶葉を煮立てて、たっぷりの蜂蜜を加えて混ぜる。
「それ? 懐かしいね。次は俺にも作って」
「デーヴィドも? こんなの、大きな大人が飲みたがるなんてね、ふふっ……」
デーヴィドは面白くなさそうに肩をすくめた。
「俺にとっては姉ちゃんの思い出の味だからね」
茶葉を濾しながらカップに注ぎ、余った分をデーヴィドに渡す。
これは味見だから次はたっぷり作るね、と言って。
オーブリーにとっても思い出の味なのかな。
「お待たせしました」
ドアをノックしてから返事を待って開ける。
窓枠に腰かけたオーブリーがこちらを振り向いて、にっこり笑った。
懐かしい。
幼い頃、遠くから見ていた彼の面影を感じてぼんやりとした。
「エラ? とりあえず、入ってこいよ」
「あ、ごめんなさい。これ、温かいうちにどうぞ」
テーブルに置くと、彼はゆっくりと目の前の椅子に腰かけた。
「一杯飲む間つき合ってよ」
「そうしたいけど、そろそろお客様がやってくるから戻らないと」
私が入れた紅茶を一口含む。
「……ん、懐かしい。あの頃はよかったな」
「そう、だね……よかったの、かな.…」
手の届かないあなたを見つめる日々で。
居心地のよくない家の中で、幼いながら必死に居場所を作ろうと過ごした。
森の中に一人でいた時だけほっとしたし、そこでわずかでもオーブリーと過ごせたことはいい思い出かも。
オーブリーにとっては子どもが生まれるまでは幸せだったのかな、きっと。
「俺はエラと過ごした時間は、宝ものだと思ってるよ」
オーブリーがどう言う意味で言っているのか、首を傾げて見つめてしまう。
瞳の奥の感情が読めない。
私が答える前に小さく笑って頭を撫でた。
「……随分、難しく考えるようになったんだな。昔なら飛び込んできたのに」
「一応、大人になったから……」
「そうだな、さびしくもあるな」
今も妹扱いなんだなと、がっかりした自分に愕然とした。
心の奥底で期待していた?
あの当時の気持ちが蘇って、胸が痛い。
こうして再び会って、私の心は簡単に彼になびいてしまう。
彼は結婚はしてないと言ったけど、恋人がいないとは言ってない。
これ以上近づかないほうがいい。
傷つきたくない。
「そろそろ、行くね。何かあれば声をかけてね。……ごゆっくり、お過ごしくださいませ」
「……ありがとう。あとで食事、楽しみにしてる」
「はい、またあとで」
浴室の準備を終えて、部屋を出る。
扉を閉めて大きく息を吐いた。
数日顔を合わせるだけ。
彼が何しにここに来たのかも知らないし、今どんな生活をしてるかも知らない。
知らなくていい。
今ならまだ忘れられる。
二人きりの食事を部屋でとることに、家族みんなが難色を示した。
私がミアの話も訊きたいからというと渋々頷いてくれたけど、もうあなたも子どもじゃないのよ、と。
かわりに泊まっている間、一度は親族になったのだから、みんなで食事をする
よう伝えてと言われた。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
1,439
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる