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別のお話
ずっと手をつないでいて sweet version ②[R18改稿版]
しおりを挟む当たり前と思っていたことが、そうじゃなくなる。
オーウェンが十二歳となって、騎士の見習いとなって、これまでより顔を合わせる時間が減った。
寂しい。
お母様が寝台から降りることがなくなって、眠っている時間が増えた。
お母様がいなくなったらどうしよう。
不安でたまらない。
オーウェンは訓練の後で、疲れていても私のところに顔を出してくれるから嬉しい反面、忙しい毎日で身体は大丈夫か心配になる。
「オーウェンと会えるのは嬉しいけど、訓練で疲れている時は早く帰って休んでね」
「訓練場の通り道だから、ついでだよ」
そう言って笑うけど、本当かどうかわからない。
「ありがとう……オーウェン」
私も十二歳になると普段の勉強以外に花嫁修業の時間がとられることとなった。
ますますオーウェンに会えなくなったし、私のことを姫様として接するようになって彼と距離を感じるようになった。
これまでみたいに髪にリボンを結んでくれることも、手を握って庭を歩くこともなく。
「姫様」
「二人きりの時くらい、ヘーゼルって呼んで。……私の名を呼ぶ人は他にはお母様しかいないから」
「……わかりました、ヘーゼル」
「その話し方もやめて。お願い……さみしい」
「……わかったよ、二人きりの時だけだよ、ヘーゼル」
それでも。
距離が縮まらない。
オーウェンにとって私は守るべき王族になったみたい。
もっと、ずっと一緒にいたのに。
だから私は庭に出る。
一人の時はいつでも草花が私の心を慰めてくれるから。
しばらくしてお母様が亡くなった。
お父様が王宮に住むかと聞いてきたけれど、私はここにいたいと答えた。
ほっとしたようにそうか、と頷いた。
お母様の葬儀は秘めやかに行われて、私はその間隣に立つオーウェンの手をずっと握っていた。
温かい手が、冷たくなった私の手だけじゃなくて心まで慰めてくれる。
「ヘーゼル……」
離宮の私室でオーウェンと二人きりになる。
私は口を開こうとしたけど、涙が溢れそうになって、ゆっくり呼吸をした。
「ヘーゼル」
オーウェンに抱きしめられて、私は彼の背中に腕を回して強くしがみついた。
「オーウェン……」
のどがひくひくしてそれ以上言葉が出ない。
彼の肩に顔を押し当てて、涙が流れるまま泣き声を洩らさないよう耐えた。
「…………」
無言で背中をぽんぽん叩くから、私はだんだん我慢ができなくなる。
「……ふぇ、……っ、ひとりに……、なっちゃった……悲し、……寂しい……」
私に回された腕に力がこもる。
「……ずっと俺がそばにいる。ヘーゼルの護衛騎士になって、一生護るから」
「……一生?」
「死ぬまで、ずっと」
「だけど……」
「……ヘーゼルが結婚して、相手がヒョロヒョロの弱虫だったら俺が護る」
そう言われて涙が引っ込んだ。
「……オーウェン以外と結婚したくない」
「俺だってヘーゼル以外とは結婚しない」
「…………私たち、結婚できないのかな?」
オーウェンは侯爵家の三男で、私は七番目の王女で。
「ヘーゼルの結婚相手は王が決めるから、俺は爵位を継げない分、騎士として身を立てるしかない……だから、今頑張っているけど……」
「私……オーウェンのこと、待ってていい?」
「……俺、一生懸命頑張るよ。まず父上にもいい方法がないか相談してみるから……だから、俺と結婚してください」
「はい。私はオーウェンがいれば幸せだから……」
正面に見ていた彼の顔がほんの少し見上げることになっていて、いつの間にか背が伸びていたんだと気づいた。
「オーウェン、大好き」
「ヘーゼル、俺も大好きだ」
彼が私の額に口づけを落とす。
ただそれだけで私は舞い上がった。
私の十三歳の誕生日に、離宮を訪れたお父様から何か欲しいものはあるかと聞かれた。
「お前は一度もねだったことはないが、少しくらいほしいものもあるのだろう?」
毎年何も聞かれずにドレスや宝飾品が送られてきたけれど、母が亡くなったから私を気遣ってくれたみたい。
思いがけない申し出に私は願いを口にした。
「……私、オーウェンと結婚したいです。……他に欲しいものはありません」
声が震えたけれど、それしか望みはなかった。
返事を待つ間、絡み合わせた手をぎゅっと握る。
あまりにも沈黙が長いから、私は顔を上げた。
お父様はいつから私を見つめていたのだろう。
「考えておく。…………お前はアレによく似て美しい。表に出たら火種になりそうだしな」
お父様が懐かしそうな顔で私を見るのは出会った頃のお母様を思い出しているのかもしれない。
私の顔はオーウェンが好ましく思ってくれればそれでいいと思うけれど。
「よろしくお願いいたします、お父様」
それから間もなく、私たちは本当に婚約することになった。
夕方になってやってきたオーウェンに私は駆け寄る。
「ヘーゼル……」
戸惑った様子を見せていたけれど、私が彼の手を引いて一緒に庭を歩く。
「父上から聞いた」
「うん、私が十八になったら、結婚できるって」
「夢じゃないんだな……嬉しい。ありがとう」
「私も嬉しい」
オーウェンが私の前に片膝をついた。
「……ヘーゼル、俺と結婚して下さい」
「はい」
「色々と順番が逆になったけど、これ……」
胸元から小箱を取り出した。
中から小さな宝石のついた指輪を取り出して私の手のひらにのせてくれる。
「急だったから、これしか思いつかなかった。俺が生まれた記念に作られた指輪で、チェーンに通して身につけて欲しい。……ちゃんと、結婚までに用意するから」
「これ……もしかしたら、小指にはまるかも?」
オーウェンが試しに私の左手の小指に通す。
「ほら……ありがとう。大事にするね」
嬉しくて手を顔の前に上げて見せる。
「ヘーゼルの手は小さいな」
「オーウェンがどんどん大きくなっているんだもの」
騎士の訓練のおかげかな。
まだ身体は細いけど、以前よりがっしりしてきたし背も伸びてきた。
「ね、立って?」
私は彼を見上げて言った。
「夢じゃないかって、ふわふわしてるの。抱きしめて」
「夢みたいだけど、夢じゃない……」
オーウェンの腕の中で幸せを噛み締めた。
私が十七歳の誕生日には、お父様が結婚祝いも兼ねて南に位置する小さいけれど、肥沃な領地を下さって、オーウェンに伯爵位を授けた。
お互いに若いから、領地に移ってからもしばらくは経験豊富な者が指導役につくことが決まっている。
彼は領主としての教育を受けながら騎士になるための訓練も欠かさなかったから、十八歳で成人するとともに騎士の称号を得た。
そして本当に私の護衛騎士になった。
「オーウェン、おめでとう」
「ありがとう……やっと一人前になれた。まだまだ未熟だけど、ヘーゼルの隣に立って恥ずかしくない男になるから……」
「一度も恥ずかしいと思ったことないよ。……一生懸命なところも、自分に厳しいところも、優しいところも……全部、全部大好き」
「ヘーゼル……」
それだけ言って私を抱き寄せる。
彼はいつの前にか頭ひとつ分大きくなって、私はオーウェンの胸に遠慮なく耳を当てる。
力強い鼓動に今の私は落ち着くことができない。
オーウェンのことが好き過ぎるのだと思う。
「俺も、大好きだ」
私を抱きしめたまま、大きく息をつくから、ゆっくり顔を上げた。
「幸せ過ぎて、今でも夢のように思う」
「じゃあ、私が毎日夢じゃないよって言うから」
返事の代わりにぎゅっと強く抱きしめてくれる。
「オーウェン、これからもずっと一緒にいてね」
「あぁ……ずっとそばで守らせて」
彼の豆のある手が私の頬を撫でる。
ざらっとして少しくすぐったい。
思わず首をすくめた私にゆっくり顔が近づいてくる。
じっとみつめてくる瞳に私は動けない。
「……オーウェン」
「ヘーゼル…………大好きだ」
そっと唇が触れた。
ほんの一瞬のことで。
お互い見つめあったまま照れ笑いする。
「……初めて、だね」
「そうじゃないよ?」
「…………?」
「前にもしてる……覚えてない?」
首をかしげる私に、オーウェンも首をかたむけた。
「いつ?」
「……多分、ヘーゼルは三、四歳……かな?」
「…………」
残念なことに小さすぎて全く覚えていない。
「……ごめんね?」
「いいよ」
そう言ってもう一度、さっきよりほんの少し長く唇が押しつけられる。
私は恥ずかしくなって唇を押さえた。
「これからは俺だけのお姫様だ」
オーウェンがそう言って優しく笑うから胸がいっぱいで。
「これからじゃなくて昔からずっとオーウェンだけよ」
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