俺は勇者のお友だち

むぎごはん

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4 アパートの部屋

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 イゼルさんは、呆然とした様子で俺の部屋へと足を踏み入れた。

「・・・・本当に、ここで暮らしているのか?」

 信じられないといった様子で呟かれ、俺はにわかに不安になった。
 こんな殺風景な室内では、いけなかっただろうか・・・・。

 俺は部屋では本当に、寝るか食べるか読み書きの勉強をするかくらいで、余計なものを置いていない。
 食事は、日持ちのするパンを買い置きして食べている。
 服は3着ほどしか持っていない。
 部屋には一応トイレとシャワールームが付いていて、冷たい水しか出ないけど、シャワーを浴びることができた。洗濯は手洗いですませている。

「えっと、・・・ベッドで良かったら座ってください」
 
 立たせたままでは申し訳なくて、ベッドを勧める。
 何故か部屋の中でも敬語になってしまう。
 自分の部屋にイゼルさんがいるって、なんだかすごく緊張する。
 
 イゼルさんが腰掛けると、安普請なベッドはギシリと不安な音を立てた。壊れないとは思うけど。

「何か飲みますか? ・・・でも、水しかないけど、」

 俺の部屋には、もてなしできるようなものが何もなかった。
 水と言っても、実はシャワーの水しかない。
 前もってイゼルさんが来てくれると分かっていたら、気合いを入れていろいろ用意ができたのに。
 何もできないことが残念すぎて、途方に暮れる。

 しょげかえる俺に、イゼルさんはふっと微笑って「気を遣うな」と言う。

「ミキヤが元気にやっているかどうか、一度見たかっただけだから」

 そうしてイゼルさんは、自分の隣のスペースをぽんぽんと軽くたたいた。
 ここに座れ、ということらしい。
 そうだよな。ちょっと落ち着こう。こんな機会は滅多にない。イゼルさんが傍にいる。

 イゼルさんの隣に座ると、自分がとても小さく思える。
 イゼルさんは背が高く、身体の厚みもほど良くあって、とても逞しく男らしい。
 そしていつも穏やかだ。一緒にいるとほっとして、離れたくないって思ってしまう。


 アパート前の路地からは、酔っ払いの喚く声が聴こえてくる。
 部屋のすぐ外からは、言い争いや怒鳴り声、乱暴に騒ぎながら大勢が通り過ぎて行く音もする。
 この辺りは、素行の良くない人が多く住んでいる。アパートの壁は意外と薄くて頼りない。

 でも、イゼルさんと一緒の今日は心強い。
 孤独ではないし、狭い部屋の中で一人怯えなくて済む。

「イゼルさん、俺ね、アイロン掛けが滅茶苦茶上手くなったよ」
「ほお、アイロン掛けもやっているのか」
「うん。アイロンは発火石を入れて熱くするんだよ。端っこをきれいに仕上げるのがスッゲー難しいの」
 俺がジェスチャーして見せると、イゼルさんは穏やかに目を細めて笑う。
「えらいな。がんばっているな」

 大きな掌が、俺の頭をぽんぽん撫でた。
 ほれぼれするような、男らしい笑顔を向けてくれる。
 イゼルさんは男らしいだけじゃなく、よく見るとすごく整った顔立ちをしている。気品のようなものも感じられた。
 灰色の美しい瞳が優しげに煌めいて、どこか色っぽく俺を見る。
 俺はその瞳に、いつも見蕩れてしまいそうになるんだ。
 
 今だってその眼差し、吸い込まれそうだ・・・・。


 突然、ガンガンッと乱暴な音が部屋に響き渡った。
 ドアの外に誰かいる。

「・・・・客なのか?」

 イゼルさんが訝しげにドアを見る。

「・・・ううん」
「だが、ドアを叩いているようだが」

 イゼルさんは、こういうアパートにはあまり馴染みがないのだろう。
 迷惑な人間は、どこにでも、幾らでもいる。とくにこんな場所にあるアパートでは。

 気になったのか、イゼルさんが急に立ち上がり、ドアの方へと向かおうとした。

「ダメッ、開けないでっ」

 俺は思わずその腕にしがみ付いた。
「座って、イゼルさん」

 縋るような、情けない声になってしまった。
 どうかドアを開けないで。
 お願いだから、一緒に座っていてほしい。

「ボク、いるんだろ。一緒にあそぼォよ、」
 
 酔っ払いの声がする。
 ガチャガチャとドアノブを回す音がする。
 内鍵は忘れずに掛けてある。だけど不快だし、とても怖い。

「・・・・オラッ。開けろよッ、いるんだろッ」

 声は徐々に狂暴さを増しエスカレートしてゆく。

 だけどこれは、いつものことだった。

「ただの酔っ払いだよ、イゼルさん」
 俺はイゼルさんの腕に掴まったまま、わざと何でもない事のように説明した。

 息を顰めてじっとしていれば、やがて通り過ぎて行く。
 じっとしていれば。

「なア、何もしないってッ。この前みてぇなことシねぇからッ、ホラァ開けろよォ」

 イゼルさんが一瞬固まって、俺を見下ろしたのが分かった。
 俺はじっと息を殺し、視線に気付かない振りをした。

「気持ち良くさせてやるってッ、痛いことしねえからッ、」

 ガンガンとドアを蹴り付ける音。
 止めてくれ。これ以上イゼルさんに聞かせないで。
 

「・・・・・ミキヤ。もしかして何か、されたのか?」
 
 肩を掴まれ、イゼルさんに硬い声で問いかけられた。
 
 俺はぶんぶんと首を振る。
 されてない。俺は何も、されていない。

「・・・・・・本当に、・・・何も?」

 イゼルさんの怖いくらいに真剣な瞳。
 両肩を掴まれて動けなくて、俺はぎこちなくうつむいた。
 震えは無理矢理押し殺す。

「・・・・こし、・・・わ、れた、だけ、だよ・・・・」


 少し、触られた、だけ。

 あんなのは、早く忘れてしまえばいいだけのこと。
 早く忘れて、無かったことにすればいいだけのこと。
 何もなかった。何でもないことだった。


 突然、大きな胸のなかに強く抱き込まれた。

「・・・・・ミキヤ。いつもこんな風に耐えているのか」

 苦しげな声。
 イゼルさんの強い鼓動としっかりとした呼吸。熱い体温を感じる。
 俺は唇をきつく噛み、イゼルさんの胸の中でぶんぶんと首を振った。

「俺、こんなの平気」


 2年前、俺はイゼルさんと約束をした。

 頑張ると誓った。
 どんなに辛くても我慢する。何があっても決して泣かない。

 イゼルさんは騎士の道を。俺は一人で生きる道を。お互いに頑張ろうって約束した。

 だから俺は、負けない。頑張れるよ。
 

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