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第1章

第108話 お沙汰

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『そのくらいにしてくれる?』

 制止の声をかけたのは、水玉柄の半ズボンをはいた神様である。

『とっ、止めないで下さい!』

 柳眉を逆立て、火を噴きそうな形相で戦乙女が叫んだ。
 兜は吹っ飛び、きつく束ねていた髪は解け、主に顔面を中心に治癒光が淡く灯っている。
 HPが減った訳では無い。命の危険は無い。
 だが、戦乙女の誇りはボロボロだった。

 それを行った元凶は、戦闘服のあちこちを引き裂かれ、穴を開けられた姿で、こちらも無残な有様で立っていた。

『だいたい、何を勝手に戦ってんの? ボク、74階での戦闘を評価して、75階での評価試験はクリア扱いだって言ったよね? 戦乙女って、神の決定を無視するほど偉いの? へぇ~、知らなかったなぁ?』

 少年神がふわふわ浮かんで、戦乙女の周囲を周回する。

『・・いえ、そのような事は・・我々は神域の守護者に過ぎません』

 戦乙女が身を縮めて項垂れた。

『じゃあ、なんで言いつけを守らないの? どうして、勝手に違うことしちゃうわけ?』

『・・申し訳ございません』

『戦乙女って偉いんだねぇ~? ボクが彼にあげた道具とか技能を封印しちゃうんだ? ねぇ、なんでそんなことするの? 誰に許可を貰ったの?』

『申し訳ありません!』

 戦乙女が跪いて床に額を擦りつけた。

『謝ればいいってもんじゃないでしょ? 規則破っても謝れば赦されるわけ? 君、規則破って無い子を相手に粛正とか息巻いてたよね?』

 宙に浮かんだまま、少年神が冷たく見下ろしている。

『そ・・それは、その・・浅慮でございました』

『浅慮も短慮も無いでしょ? ボクがお願いした事を真っ向から無視して、逆らってんだよね? 何様なの? どんだけ偉いつもり?』

 少年神が不愉快そうに眼を怒らせている。

『お赦し下さい』

『君、姉妹が居たよねぇ~? みんな元気にしてるのぉ~?』

『・・お赦し下さいませ! どうか・・ご寛恕を!』

 戦乙女が必死の面持ちで少年神の膝元へ縋り付こうとした時、


 キン・・


 小さく澄んだ音が鳴った。

 少年神と戦乙女が顔を向けた先で、シュンがHP回復薬の空瓶を捨てていた。捨てられた空瓶が小さな光粒となって消えていく。

 まだ封印の空間内である。ポイポイ・ステッキに収納した薬瓶を取り出せるはずが無い。だからこそ、傷だらけになりながら回復が追い付かず、戦乙女に追い込まれていた・・そのはずだった。
 戦乙女は信じがたいものを見る眼でシュンを凝視した。

「ベストのポケットに薬を入れてある」

 "ネームド"のタクティカルベストのポケットは収納鞄と同様に、同一種類なら99個まで物が入るのだ。沢山ついているポケットには、それぞれHP回復薬、MP回復薬、SP回復薬、解毒薬、解呪薬・・と上級薬が詰まっていた。ミリアムに作って貰った携帯食も入っている。タクティカルベストは、ムジェリ特製だ。神様から貰った神具では無い。

「次に備えて、武器を入れておかないと駄目だな」

 シュンは嘆息混じりに呟いた。とんだ判断ミスだ。テンタクル・ウィップと"魔神殺しの呪薔薇"、アンナの短刀にVSS・・それで十分だと思っていた。今回のような時のために、ムジェリに依頼して武器を用意して貰った方が良いだろう。

『悪かったね。うちのお馬鹿さんが迷惑かけちゃった』

 少年神がシュンの近くへ漂って来た。

「・・私は76階へ行けるのですね?」

 シュンは念を押して訊いた。

『もちろんだよ。最初から許可してあったんだから。お馬鹿さんが勝手なことをしちゃったから・・ああ、そうだ。なんなら、こいつを始末して君の経験値にしちゃう?』

「・・私の職業候補に違和感を感じたのですが、何かの細工がしてありましたか?」

 そういう事なら、妙な職業候補が並んでいた理由が腑に落ちるのだが・・。

 少年神が戦乙女を見た。

『どうなんだい?』

『・・申し訳ございません』

 戦乙女が背を縮めて項垂れた。
 どうやら黒だ。

『まったく・・本当に悪かったね。お詫びに職業の選び直しをさせてあげるよ』

「ありがとうございます」

 シュンは丁寧に頭を下げた。

『しかし、戦乙女がボクの言いつけに背いて、君の命を狙った罪は許しがたいなぁ』

 少年神が珍しく眼を怒らせている。

「迷宮の魔物とは違うのですか?」

 シュンは戦乙女を見た。

『神域の番人さ。不埒な侵入者を排除したり、定めた規則が守られているかどうかを監視する役目を与えている』

「しかし、番人にしては・・」

 タクティカル・グローブがあったとはいえ、主力の武器が使えないシュンを仕留めきれずに苦戦していたようだ。こんな程度で神域の番人ができるのだろうか?

『この空間は、ボクが与えた技能や魔法を封じるからね。戦乙女自身も例外じゃないのさ』

「なるほど、戦乙女が魔法や武技を使わずに槍だけを使っていた理由が分かりました」

 シュンは小さく頷いた。

『それでも、身体能力の差で斃せると思っていたんだろうけど、無様だねぇ~・・さて、何を償いにしようかなぁ?』

 神様がシュンを見る。望みはあるかと問いかける目付きである。

「戦乙女の魔法か技を一つ、授けて貰えませんか?」

『そんなもので良いのかい?』

「斃しても得られる経験値は僅かなものでしょうし、装備品は私向きではありません。魔法や技なら練度を上げると先々の役に立ちますから」

 些末な経験値などより、新しい魔法や武技を会得できる方がありがたい。

『ふむ、そうだね。君が望むならそうするか。戦乙女に与えていた魔法や技は・・』

 神様が虚空を眺めるようして、ぶつぶつと呟きながら浮かび上がる。

 シュンは視線を感じて、床に踞る戦乙女を見た。
 綺麗に整った戦乙女の顔に、戸惑いと畏れが混在している。シュンと神様の関係を測りかねているといった表情だ。

 シュンは無言のまま神様へ視線を戻した。

『う~ん、色々あるけど、どんな感じのが欲しい?』

「希望としては、狙った部位だけに命中する高威力のものです。広範囲を攻撃できる魔法は所持していますから」

『ふむふむ、はっきりしてるね。単体攻撃ね・・範囲を絞ったやつね』

 しばらく何かを見つめていた神様だったが、やがて小さく頷いてシュンを見た。

『"千枚徹し"という技がある。思いっきり地味だけど、威力の強い貫通技だから、これにしようかな』

「ありがとうございます」

 シュンは素直に礼を言った。思いがけず新しい力を手に入れたようだ。

『さて・・職業の再選択をやろうか』

「神様」

『うん?』

「再選択は、そこの戦乙女に行って貰いたいのですが?」

『へぇ? どうして?』

「不正をやった当人が謝罪の上、きちんとやり直すのが筋でしょう?」

『あははは・・そりゃそうだ! 確かに、君が言う通りだね!』

 シュンの説明を聴くなり、少年神がはしゃいだ声をあげて笑いだした。

『いやぁ、本当に君って面白いよ! うん、実に面白い!』

 ひとしきり大笑いをやってから、神様が戦乙女の前へ移動した。

『良かったね! 君に贖罪の機会が与えられた。誠実に役目を果たしたまえ』

『は、はいっ!』

 戦乙女が床に這いつくばった。

『正直、係累まとめて処分しようかと思ったけど、どうやらイレギュラー君はそんな事を望んでいないらしい。彼に倣って今回の件は特赦として、さっぱりと不問にしよう。二度とつまらない不正を働かないように』

 腕組みをしたまま、ふわふわと宙を漂いながら少年神が告げる。

『はっ! 感謝いたします!』

 戦乙女が平伏したまま床に向かって叫んだ。

『じゃ、またね。イレギュラー君・・ボクは双子ちゃんのところへ行って事の顛末を説明してくるよ』

「よろしくお願いします」

 シュンは、にこやかに手を振っている少年神に向けて低頭した。
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