無弦の琴

内藤 亮

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 昌也と咲良の祝言は「さくら」で挙げることになった。家族だけのささやかな宴だ。旦那衆は松田屋で三日間の宴をはろうといったのだが、茂平が質素な式で、と譲らなかったのだ。当初は披露宴もしないつもりだったのだが、静恵贔屓の旦那衆がそれで納得するはずがない。披露宴は後日、小野屋で一日だけ設けることにしてようやく旦那衆を納得させたのだ。
「さ、支度ができましたよ」
 静恵の声が襖越しに聞こえる。二階の座敷には綿帽子を被り白無垢を着た咲良が立っていた。暮れかけの斜めの陽が窓から差し込み、咲良の名のとおり、身体全体が薄紅に染まっている。茂平は黙ったまま、ただただ頷いていた。
「何か言えよ」
 芳が昌也を小突くと、
「咲良、きれいだ……」
 昌也はようやくそう言うと、あとは黙り込んでしまった。
 金屏風を背にした咲良と昌也は初々しい雛のようだった。芳が雄蝶になって御神酒を注ぐと、二人は緊張した面持ちで杯を交わした。 
 きっと似合いの夫婦になるだろう。今は真っ直ぐにそう思うことができる。
 芳はふっと息を吐いて喉を緩めた。
 
 ことぶきの 鶴と亀との 齢経て 変はらぬ色は常盤なる 松と竹との 末かけて 契りも深き 相生の 栄久しき 共白髪
 
 芳の澄んだ唄が清秋の空に吸い込まれていった。 

          了 
    
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