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2章 勿忘草を咲かせるために

第2話 筍の伸びしろ

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 相川あいかわさんはご常連ではあるが、世都せとはまだ相川さんを占ったことは無い。来店しているときに他のお客さまを占ったこともあるし、このサービスをご存知のはずなのだが、相川さんはリアリストなのか、これまで1度もわれたことは無い。

 占いに頼ることは、良い面と悪い面があると世都は思っている。それで良い展望が見えると良いと思うが、依存してしまうと自らの意思を失いかねない。

 世都の占いは、通過点だと思って欲しい。あくまでもほんの少しのきっかけを与えるだけのもの。

 そもそも占いとはそういうものだと、世都は思っている。特に世都のタロット占いは趣味が高じてのものだ。幸いにもこれまでクレームが出たことは無いし、占われる側もそこまで深刻には捉えていなかったと思う。

 世都はいつも、たった1枚のカードで占う。ワンカードは難しいと言われていることは知っているが、世都の場合は相談内容とカードが持つ様々な意味を掛け合わせて結果を出し、伝えている。

 相談者が知りたいのは、今、どうしたら良いのか。世都の占いはそれに一点集中している。今置かれている状況と、それを打破するための手段。それだけだ。

 「はなやぎ」での世都の占いはそれで良いと思っている。過去をつまびらかにされることは、きっと望まれてはいないだろうから。



 2週間後の週末、相川さんが来店する。4月も中旬になると桜はすっかりと散り、鮮やかな緑が芽吹き始めていた。

 今日の開店前占いの結果は「ワンドの9の正位置」。劣勢やハンデを背負う、不屈の闘志、持久戦、などの意味を持つ。相川さんの顔を見た途端、世都は「あ」と思ってしまったのだ。

 いつも凛とした雰囲気を醸し出している相川さんだが、今日はなぜか沈んでいる様に見えた。何かあったのだろうかと思うが、さすがに踏み込むことはできない。世都はいつもの様に「いらっしゃいませ」と笑顔で迎え、カウンタ席に座った相川さんに温かいおしぼりを渡した。

「ありがとうございます」

 控えめな笑顔でおしぼりを受け取った相川さんは、手を拭くとその温もりに少し癒されたのか、ほっとした様な表情を浮かべた。

 相川さんはきっと今日もお食事は済ませているだろう。おしながきとコルクボードを見て、いつもの千利休せんのりきゅう純米酒、そしてお惣菜から若竹煮わかたけにを注文した。

 若竹煮の筍は、生から茹でたものだ。岡町おかまち商店街の八百屋やおやさんで買って来た、大阪産の朝掘りである。関西で筍というと京都産が有名だが、大阪でも泉州せんしゅう地域で収穫できる。

 泉州地域の貝塚かいづか市には、木積こつみ白たけのこという名産品がある。地上に顔を出す前に掘られるので身が白く、えぐみも少ない。だが希少品で、北摂ほくせつ地域である豊中とよなか市でお目に掛かれることはほとんど無い。きっと泉州周辺の道の駅や料亭などで消費されているのだと思う。

 とはいえ一般に流通している筍も充分に美味しい。特に生の筍の風味は別格だ。

 世都が買い出しから帰って来てまず取り掛かったのは筍のアク抜きである。大きなお鍋にお水を張り、数枚皮を剥き穂先を斜めに切り落とした筍、米ぬかと鷹の爪を入れて火に掛けた。最初は強火で、沸いて来たら筍が浮いて来ない様に落し蓋をし、弱火に落として1時間。

 茹で上がったら冷めるまでそのまま置く。その間にアクが抜けて行くのだ。

 筍のアク抜きは時間勝負である。木積白たけのこの様に陽の光に当たっていないものならともかく、収穫したそのときからどんどんアクを蓄え始める。なのでできる限り早くアク抜きをすることが、美味しい筍にありつくコツなのだ。

 そして、わかめも大阪産の生わかめだ。大阪湾でもわかめの養殖が盛んなのである。魚屋さんでかごに盛られてつやつやと光る生わかめを発見したとき、すでに筍を仕入れていた世都は「絶対に若竹煮!」と興奮したものだった。

 そんな純度100パーセント大阪産の若竹煮を小鉢に盛り付ける。千利休も赤い切子ロックグラスに注いで。

「お待たせしました」

 相川さんに提供する。相川さんは「ありがとうございます」と受け取り、さっそく千利休を傾けた。相川さんはその美味に目を細め、次にお箸で若竹煮の筍を口に運ぶ。さく、と噛んで、その頬を和らげた。

 相川さんが浮かない顔をしていた理由は分からない。だが「はなやぎ」のお酒と肴で、少しでも心をほぐして欲しいと思うのだ。



 相川さんのグラスが半分ほど減ったころ。相川さんは顔を上げて、言った。

女将おかみさん、あの、申し訳無いんですけど」

 相川さんの顔は、また不安げに揺れていた。本当に、一体何があったのだろう。

「あの、占っていただくことって、できますか……?」

 世都は軽く息を飲んだ。
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