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1章 きっとここからが、始まり
第5話 歓楽街、北新地
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亜沙が勤める「つるの郷」のある北新地は、大国町から四つ橋線で数駅の西梅田駅が最寄りである。いちばんの最寄りはJR東西線の北新地駅なのだが、このふたつの駅は目と鼻の先ので、西梅田からでも充分近いのだ。
本町駅までは両親と一緒で、先に降りたふたりを見送り、亜沙はそう混んでいない電車でひとりになる。
西梅田駅に到着し、人の波に乗って改札を出て、飾り気の少ない地下道を歩く。JR北新地駅の前を通り、しばらくはまっすぐだ。まだ早い時間だからか、人通りはほとんど無い。
今日、亜沙は「つるの郷」に退職することを告げる。気持ちとしては晴れ晴れとしているのだが、あの料理長に何か言われるのでは無いかと思うと気が重い。嫌味のひとつも言われることは、覚悟しなければならない様な気がする。
決して慰留されたりはしないだろうから、そこに関しては気が楽である。
そして、やはりいちばんの懸念は香里奈さんである。あの環境でひとりにしてしまうのは気が咎めた。そのために退職をとどまることは違うとも思うのだが、少なくとも亜沙は香里奈さんがいたからここまで耐えられたのだ。だから大恩がある。
まずは香里奈さんに相談してみようと、亜沙は歩みを進める。
地上に続くエスカレータを上がりきると、そこはもう北新地の入り口である。通りにはいくつものビルが立ち並び、そのひとつひとつに飲食店などがぎっしりと入っている。
高級クラブやホストクラブ、亜沙が勤める「つるの郷」の様な料亭や割烹、小料理屋など。
中には亜沙が「スナックビル」と呼んでいるものがあり、そのビルにはこぢんまりとしたスナックやラウンジ、バーなどが上から下まで詰まっているのだ。ずらりと並べられた電飾看板は壮観である。今はまだ明るいのだが、暗くなれば明かりが灯され、その存在を主張する。
以前の北新地は高級店ばかりだと聞いた。それこそご常連などの紹介が無ければ入れない様な、一見さんお断りのお店が軒を連ねていたのだと言う。
だが今の北新地は、大人であるならあらゆる人に門戸が開かれている。もちろん今でも会員さんだけや紹介のみのお店はあるが、そうで無いお店もぐっと増えた。「つるの郷」もそのひとつである。
これも時代の流れなのだろう。亜沙は生まれる前のことなのでまるっきり恩恵を受けていないが、バブル時代と言われた時などは、この北新地では毎夜札束が飛び交っていたと聞く。日本が豊かだった時代である。
それが弾けてしまってからは景気がどんどん落ち込み、亜沙の様な若輩者はむしろそういった時代しか知らない。所持しているクレジットカードがゴールドやブラックなわけが無いし、帯封で巻かれている札束なんてのも、テレビや写真などでしか見たことが無い。
そうした時代を迎え、街として生き残るために北新地は今の姿に移り変わって行ったのだ。男性が気軽に遊べるガールズバーなどが参入し、若い人でも楽しめるカラオケボックスの大箱ができたり、チェーン店なども入っている。
今や裕福なのは日本人の一部で、「つるの郷」だって会員制こそ廃止されたものの、そういったお客さまたちに支えられている。そういう意味では生き残れたお店なのだ。会員制にこだわるが故に閉店を余儀無く慣れたお店もあったと聞く。
そうした当初の部分を形を変えて保ちつつ、多くの人に受け入れられやすいお店も取り入れたのが、今の北新地なのである。
まだ陽の高い北新地は、人の通りもまばらである。クラブなどは開店時間も遅いので、今通りをぽつりぽつりと歩いているのはきっと料亭など飲食店の従業員などが多いだろう。
「つるの郷」に到着し、亜沙は脇道にある従業員通用口から中に入る。「つるの郷」はそれなりに高級店であるので、佇まいも上品である。黒とダークブラウンの素材をバランス良く使った玄関や、クリーム色の外壁。中に入れば淡いブラウンがメインとなっている。
その代わりなのか、従業員が使うロッカールームなどはあまりこだわられていない。良く言えばシンプル、要は素っ気ない。使いやすさ重視と言ったところだろうか。基本はお客さまのお目に入るものでは無いので、まぁ問題は無いのだろう。亜沙もこの部分に関しては不便を感じたことは無いのだった。
本町駅までは両親と一緒で、先に降りたふたりを見送り、亜沙はそう混んでいない電車でひとりになる。
西梅田駅に到着し、人の波に乗って改札を出て、飾り気の少ない地下道を歩く。JR北新地駅の前を通り、しばらくはまっすぐだ。まだ早い時間だからか、人通りはほとんど無い。
今日、亜沙は「つるの郷」に退職することを告げる。気持ちとしては晴れ晴れとしているのだが、あの料理長に何か言われるのでは無いかと思うと気が重い。嫌味のひとつも言われることは、覚悟しなければならない様な気がする。
決して慰留されたりはしないだろうから、そこに関しては気が楽である。
そして、やはりいちばんの懸念は香里奈さんである。あの環境でひとりにしてしまうのは気が咎めた。そのために退職をとどまることは違うとも思うのだが、少なくとも亜沙は香里奈さんがいたからここまで耐えられたのだ。だから大恩がある。
まずは香里奈さんに相談してみようと、亜沙は歩みを進める。
地上に続くエスカレータを上がりきると、そこはもう北新地の入り口である。通りにはいくつものビルが立ち並び、そのひとつひとつに飲食店などがぎっしりと入っている。
高級クラブやホストクラブ、亜沙が勤める「つるの郷」の様な料亭や割烹、小料理屋など。
中には亜沙が「スナックビル」と呼んでいるものがあり、そのビルにはこぢんまりとしたスナックやラウンジ、バーなどが上から下まで詰まっているのだ。ずらりと並べられた電飾看板は壮観である。今はまだ明るいのだが、暗くなれば明かりが灯され、その存在を主張する。
以前の北新地は高級店ばかりだと聞いた。それこそご常連などの紹介が無ければ入れない様な、一見さんお断りのお店が軒を連ねていたのだと言う。
だが今の北新地は、大人であるならあらゆる人に門戸が開かれている。もちろん今でも会員さんだけや紹介のみのお店はあるが、そうで無いお店もぐっと増えた。「つるの郷」もそのひとつである。
これも時代の流れなのだろう。亜沙は生まれる前のことなのでまるっきり恩恵を受けていないが、バブル時代と言われた時などは、この北新地では毎夜札束が飛び交っていたと聞く。日本が豊かだった時代である。
それが弾けてしまってからは景気がどんどん落ち込み、亜沙の様な若輩者はむしろそういった時代しか知らない。所持しているクレジットカードがゴールドやブラックなわけが無いし、帯封で巻かれている札束なんてのも、テレビや写真などでしか見たことが無い。
そうした時代を迎え、街として生き残るために北新地は今の姿に移り変わって行ったのだ。男性が気軽に遊べるガールズバーなどが参入し、若い人でも楽しめるカラオケボックスの大箱ができたり、チェーン店なども入っている。
今や裕福なのは日本人の一部で、「つるの郷」だって会員制こそ廃止されたものの、そういったお客さまたちに支えられている。そういう意味では生き残れたお店なのだ。会員制にこだわるが故に閉店を余儀無く慣れたお店もあったと聞く。
そうした当初の部分を形を変えて保ちつつ、多くの人に受け入れられやすいお店も取り入れたのが、今の北新地なのである。
まだ陽の高い北新地は、人の通りもまばらである。クラブなどは開店時間も遅いので、今通りをぽつりぽつりと歩いているのはきっと料亭など飲食店の従業員などが多いだろう。
「つるの郷」に到着し、亜沙は脇道にある従業員通用口から中に入る。「つるの郷」はそれなりに高級店であるので、佇まいも上品である。黒とダークブラウンの素材をバランス良く使った玄関や、クリーム色の外壁。中に入れば淡いブラウンがメインとなっている。
その代わりなのか、従業員が使うロッカールームなどはあまりこだわられていない。良く言えばシンプル、要は素っ気ない。使いやすさ重視と言ったところだろうか。基本はお客さまのお目に入るものでは無いので、まぁ問題は無いのだろう。亜沙もこの部分に関しては不便を感じたことは無いのだった。
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