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1章 きっとここからが、始まり
第16話 「とりかい」はじめ
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そうして翌日、いつもの通り亜沙とお父さんはブランチを作ってお母さんと3人で食べ、片付けを終えると、お母さんに見送られて一緒に本町にある「とりかい」に向かう。
4月2日の今日も、春の陽気が心地よい、天気の良い日だった。亜沙の新たな門出にとても幸先が良いと思ってしまう。
到着し、お父さんと並んでまだのれんの出ていない「とりかい」の表を見ると、亜沙の心にじわりと熱いものが広がる。これからはここで、お父さんと並んで腕を奮うことができるのだ。
こぢんまりとしたお店だから、表も大きくは無い。クリーム色の壁に、格子にすりガラスがはめ込まれた開き戸。今は中に仕舞われているのれんは紺色である。
「つるの郷」ではずっと追い回しだったから、しばらくはお父さんに助けてもらったり頼ったりと、役に立てないかも知れない。それでも専門学校で培ったものや、家で練習したこと、「つるの郷」の最後一ヶ月で教えてもらったことを存分に活かしたい。
「亜沙、これからよろしく頼むな」
「こちらこそ。よろしくね」
お父さんが鍵を開け、木製の開き戸を開ける。カウンタだけの細長い店内だ。淡い色の木製のカウンタテーブルに、同じ素材の椅子は10客。壁はシンプルなクリーム色の壁紙で、お客さまがコートなどを掛けられる様に長押が設えてあり、木製のハンガーが15本ほど掛かっている。通路は人同士がすれ違える様にゆとりが取られていた。
厨房も、もともとお父さんとお母さんがふたりで立っていたので、充分な広さが確保されている。
奥には休憩にも使える小部屋がある。お父さんは荷物置きに使っているが、お母さんはそこで着替えもしていたので、亜沙も同じ用途で使うことになるのだ。
亜沙は小部屋に入り、持っていた布製のトートバッグから、洗ったばかりの作務衣を出して手早く着替えた。色は紺。新品なのだがのりが効きすぎて動きづらそうだったので洗濯したのだ。
亜沙はお母さんが使っていたものを受け継ごうかと思っていたのだが、お父さんがせっかくだからと新しいものを取り寄せてくれたのである。だから余計に心機一転、そんな気持ちになる。
そして厨房に出ると、すでに着替えたお父さんが入り口で業者さんから食材を受け取っていた。亜沙が出てきたことに気付いたのか、振り返って「亜沙」と呼ばれる。亜沙は頭に着ける予定のバンダナを聞き手の右で握り締めたまま小走りで駆け付けた。
「原口さん、この子、僕の娘で亜沙。今日から一緒に「とりかい」やるから」
亜沙は原口さんと呼ばれた業者さんに慌てて頭を下げた。
「鳥飼亜沙です。よろしくお願いします」
すると原口さんは「ああ」と微笑む。亜沙とそう歳が変わらないと思われる、若い男性だった。力仕事だからだろうか、黒い長袖Tシャツ越しでも筋肉が良く付いているのが分かった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。原口商店の原口です」
お父さんから話は聞いていた。この「とりかい」で扱う食材は、原口商店さんが一括で仕入れているものを卸してもらっているのだ。お野菜からお肉にお魚、もちろんお豆腐も。
「鳥飼さん、豆腐はまだ入れて大丈夫なんですよね?」
「うん。まだ頼むわ。そうやなぁ、今週いっぱいは頼んだ方がええかな」
「分かりました。またご発注お待ちしてます」
「うん。よろしゅうな」
そして原口さんは帰って行き、亜沙はお父さんとせっせと発泡スチロール製のトロ箱に入った食材を厨房に運び入れた。
4月2日の今日も、春の陽気が心地よい、天気の良い日だった。亜沙の新たな門出にとても幸先が良いと思ってしまう。
到着し、お父さんと並んでまだのれんの出ていない「とりかい」の表を見ると、亜沙の心にじわりと熱いものが広がる。これからはここで、お父さんと並んで腕を奮うことができるのだ。
こぢんまりとしたお店だから、表も大きくは無い。クリーム色の壁に、格子にすりガラスがはめ込まれた開き戸。今は中に仕舞われているのれんは紺色である。
「つるの郷」ではずっと追い回しだったから、しばらくはお父さんに助けてもらったり頼ったりと、役に立てないかも知れない。それでも専門学校で培ったものや、家で練習したこと、「つるの郷」の最後一ヶ月で教えてもらったことを存分に活かしたい。
「亜沙、これからよろしく頼むな」
「こちらこそ。よろしくね」
お父さんが鍵を開け、木製の開き戸を開ける。カウンタだけの細長い店内だ。淡い色の木製のカウンタテーブルに、同じ素材の椅子は10客。壁はシンプルなクリーム色の壁紙で、お客さまがコートなどを掛けられる様に長押が設えてあり、木製のハンガーが15本ほど掛かっている。通路は人同士がすれ違える様にゆとりが取られていた。
厨房も、もともとお父さんとお母さんがふたりで立っていたので、充分な広さが確保されている。
奥には休憩にも使える小部屋がある。お父さんは荷物置きに使っているが、お母さんはそこで着替えもしていたので、亜沙も同じ用途で使うことになるのだ。
亜沙は小部屋に入り、持っていた布製のトートバッグから、洗ったばかりの作務衣を出して手早く着替えた。色は紺。新品なのだがのりが効きすぎて動きづらそうだったので洗濯したのだ。
亜沙はお母さんが使っていたものを受け継ごうかと思っていたのだが、お父さんがせっかくだからと新しいものを取り寄せてくれたのである。だから余計に心機一転、そんな気持ちになる。
そして厨房に出ると、すでに着替えたお父さんが入り口で業者さんから食材を受け取っていた。亜沙が出てきたことに気付いたのか、振り返って「亜沙」と呼ばれる。亜沙は頭に着ける予定のバンダナを聞き手の右で握り締めたまま小走りで駆け付けた。
「原口さん、この子、僕の娘で亜沙。今日から一緒に「とりかい」やるから」
亜沙は原口さんと呼ばれた業者さんに慌てて頭を下げた。
「鳥飼亜沙です。よろしくお願いします」
すると原口さんは「ああ」と微笑む。亜沙とそう歳が変わらないと思われる、若い男性だった。力仕事だからだろうか、黒い長袖Tシャツ越しでも筋肉が良く付いているのが分かった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。原口商店の原口です」
お父さんから話は聞いていた。この「とりかい」で扱う食材は、原口商店さんが一括で仕入れているものを卸してもらっているのだ。お野菜からお肉にお魚、もちろんお豆腐も。
「鳥飼さん、豆腐はまだ入れて大丈夫なんですよね?」
「うん。まだ頼むわ。そうやなぁ、今週いっぱいは頼んだ方がええかな」
「分かりました。またご発注お待ちしてます」
「うん。よろしゅうな」
そして原口さんは帰って行き、亜沙はお父さんとせっせと発泡スチロール製のトロ箱に入った食材を厨房に運び入れた。
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