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1章 再生の時
第4話 食べることは
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松村さんが営むお店「Mulchneil」は、大阪市の本町にある多国籍料理のお店である。
多国籍というと、日本ではアジア系のお店をイメージすることも多いが、この「マルチニール」はフランスやイタリアのお料理を中心に提供している。要は洋食居酒屋の様な趣である。
松村さんはお父さんのもとでフレンチを修行した。調理の専門学校を出て就職し、独立を見据えてからはカジュアルイタリアンのお店で修行をし、そこで自信を付けて「テリア」に転職したのである。
閉店時間は23時で、客足が落ち着く週末土曜日の21時に予約を入れた。本町はビジネス街なので、定休日は日曜日。そして土曜日は界隈の企業がお休みのところも多いので、土曜日は空いていることも多いのである。
なので予約をしなくても、席を確保できる可能性は高かった。それでも予約を入れたのは、春日の娘である守梨が行くことを知っておいて欲しかったから。そしてもうひとつは、どうしても食べたいものがあったからである。
守梨は18時ごろ、軽く焼き菓子をぱくついた。両親を喪ってから食欲も落ちていたのだが、今日「マルチニール」で食べられるであろうものを期待すると、不思議と食欲が戻って来る様だった。
そう、ここ数日、守梨はろくな食事を摂っていなかった。ひとりだと用意するのが億劫になるというのもあるのだが、何よりも食べる気が起きなかったし、空腹を感じなかった。
精神的に負荷が掛かるとそうなるのだろうなと思うし、これまでもあったことだが、今回はさすがにひとりで抱え切れるものでは無く、コンビニやスーパーなどで喉通りの良い小さなおうどんやお豆腐などを買って、もそもそと流し込んでいた。
何かしら食べなければ身体が保たない。守梨の本能がそれを分かっていて、どうにか食べるという行為までは持って行ってくれる。だが食欲そのものが失われているので、結局そんな食生活になってしまうのだ。
それは祐ちゃんも知っていて、だから心配して毎日顔を出してくれているのだ。祐ちゃんから聞いたのか、祐ちゃんのお母さん、おばちゃんも気に掛けてくれていて、少し前に晩ごはんに招待してくれた。
だが守梨はそれを辞退した。厚意に対して申し訳無いとは思ったが、とてもまともに食べられると思えなかったのだ。おばちゃんとの付き合いもそれなりに長いからこそできた失礼だった。
それにおばちゃんは気にする風でも無く「またいつでもご飯食べにおいで~」と笑顔だった。本当にありがたいことである。守梨の心中を慮ってくれているのだ。
守梨は沈み込みそうな心を「はよ元気にならな」という思いで戦っている最中である。気持ちを切り替えるには1週間や10日なんて日数はあまりにも短すぎる。それでも日常は続いて行くのだし、守梨は生きているし、そのためには働かなければならないし、食べなければならない。
分かち合える肉親はいないが、祐ちゃんが毎日来てくれることが支えになっている。励ます様なことを言ってくれるわけでは無いが、それが却ってありがたい。普段通りに側にいてくれるのだ。
だから守梨も祐ちゃんの前では自然体でいられる。無理に明るくいようと思わないし、つい溜め息だって吐いてしまう。それでも祐ちゃんは何も言わない。その暖かな冷静さが救いになっているのである。
今日は20時に祐ちゃんが迎えに来てくれる予定になっている。それまでお店の掃除をしておこうと、守梨は下に降りた。
多国籍というと、日本ではアジア系のお店をイメージすることも多いが、この「マルチニール」はフランスやイタリアのお料理を中心に提供している。要は洋食居酒屋の様な趣である。
松村さんはお父さんのもとでフレンチを修行した。調理の専門学校を出て就職し、独立を見据えてからはカジュアルイタリアンのお店で修行をし、そこで自信を付けて「テリア」に転職したのである。
閉店時間は23時で、客足が落ち着く週末土曜日の21時に予約を入れた。本町はビジネス街なので、定休日は日曜日。そして土曜日は界隈の企業がお休みのところも多いので、土曜日は空いていることも多いのである。
なので予約をしなくても、席を確保できる可能性は高かった。それでも予約を入れたのは、春日の娘である守梨が行くことを知っておいて欲しかったから。そしてもうひとつは、どうしても食べたいものがあったからである。
守梨は18時ごろ、軽く焼き菓子をぱくついた。両親を喪ってから食欲も落ちていたのだが、今日「マルチニール」で食べられるであろうものを期待すると、不思議と食欲が戻って来る様だった。
そう、ここ数日、守梨はろくな食事を摂っていなかった。ひとりだと用意するのが億劫になるというのもあるのだが、何よりも食べる気が起きなかったし、空腹を感じなかった。
精神的に負荷が掛かるとそうなるのだろうなと思うし、これまでもあったことだが、今回はさすがにひとりで抱え切れるものでは無く、コンビニやスーパーなどで喉通りの良い小さなおうどんやお豆腐などを買って、もそもそと流し込んでいた。
何かしら食べなければ身体が保たない。守梨の本能がそれを分かっていて、どうにか食べるという行為までは持って行ってくれる。だが食欲そのものが失われているので、結局そんな食生活になってしまうのだ。
それは祐ちゃんも知っていて、だから心配して毎日顔を出してくれているのだ。祐ちゃんから聞いたのか、祐ちゃんのお母さん、おばちゃんも気に掛けてくれていて、少し前に晩ごはんに招待してくれた。
だが守梨はそれを辞退した。厚意に対して申し訳無いとは思ったが、とてもまともに食べられると思えなかったのだ。おばちゃんとの付き合いもそれなりに長いからこそできた失礼だった。
それにおばちゃんは気にする風でも無く「またいつでもご飯食べにおいで~」と笑顔だった。本当にありがたいことである。守梨の心中を慮ってくれているのだ。
守梨は沈み込みそうな心を「はよ元気にならな」という思いで戦っている最中である。気持ちを切り替えるには1週間や10日なんて日数はあまりにも短すぎる。それでも日常は続いて行くのだし、守梨は生きているし、そのためには働かなければならないし、食べなければならない。
分かち合える肉親はいないが、祐ちゃんが毎日来てくれることが支えになっている。励ます様なことを言ってくれるわけでは無いが、それが却ってありがたい。普段通りに側にいてくれるのだ。
だから守梨も祐ちゃんの前では自然体でいられる。無理に明るくいようと思わないし、つい溜め息だって吐いてしまう。それでも祐ちゃんは何も言わない。その暖かな冷静さが救いになっているのである。
今日は20時に祐ちゃんが迎えに来てくれる予定になっている。それまでお店の掃除をしておこうと、守梨は下に降りた。
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