獅子の末裔

卯花月影

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3.江州騒乱

3-5. 人間《じんかん》五十年

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 八月になり、忠三郎は青地荘の叔父・青地駿河守に招かれて青地城に出向いた。

 青地駿河守は、青地荘のほど近くに位置する宇佐山に配置された森可成の与力として働いている。

 森可成。通称・三左衛門。大永三年生まれというから、柴田勝家、滝川一益、森可成の順で三人は同年代になる。尾張以来の織田家の家臣で、攻めの三左と呼ばれた猛将だ。織田家では最初に城持ちになったほどに信長の信頼が厚い。

 一益もそうだが、勝家や森可成は忠三郎の父・賢秀よりも年上で、いずれも猛将。目つきも鋭く、近寄りがたい。
 岐阜城内でも同じ老臣の柴田勝家や佐久間信盛と博打を打っている姿を見かけたことがあるが、忠三郎は遠目で見ていただけで、気軽に声をかけられる雰囲気ではなかった。

「三左殿とはどのようなご仁で?」
 忠三郎は興味津々で叔父に聞いた。
「面白きご仁じゃな」
「面白い?とは、どのような?」
「与力の谷とかいう美濃者と相撲を取り、負けたことで犬猿の仲になったらしい」
 相撲で負けて仲が悪くなるとは。なんとも大人げない。

「森家の居心地が悪うなり、谷は木下藤吉郎の元へ行き、そこで働くようになった」
 木下秀吉は出世頭という評判だ。森家を出奔して行ったとしても不思議はない。

「三左殿は怒り、木下に対し、谷を返せと言うた」
「ほう、それで?木下は何と?」
「では木下の元から森家へ行った尾藤某なるものを返せと」
 筋としては通っている。

「されど、それでは三左殿はますます怒ったのでは?」
「然様。三左殿は怒り、『まこと大人げない言い草。山猿の物言いである』と、木下の使者を追い返したらしい」

 秀吉の使者に向かって山猿呼ばわりとは、怒っていたにしても、乱暴で、どちらが大人げないか分からない。
「な、なるほど。流石は織田家きっての猛将と呼ばれたお方」

 常々思っていたことだが、織田家は血の気が多く、一風変わった人間が多い。
「というても、三左殿は恐ろしいお方でもなければ、礼儀を知らぬ方でもない。わしのような外様にも気さくに話しかけてくださり、宇佐山に城を築く際、手伝いの人足を送った折には丁寧な礼状を送ってくだされた」

「それは叔父上の働きぶりを三左殿が認めていたからこそ…」
「鶴。おぬしが織田家での身の振り方に戸惑っていることは見ていてよう分かる。されど、織田家の方々はおぬしが思うておるほど、無法者ではない。上様は無論、柴田殿も滝川殿もおぬしを案じておる。わしが織田家で重んじられておるのは、鶴が上様をはじめ、宿老方から一目置かれておるからじゃ」

 尾張・美濃の者の結束は固く、岐阜にいたころから、小姓仲間の間でも他国者の忠三郎は一人、浮いた存在だった。青地駿河守は、忠三郎が未だ織田家に馴染めずにいることを見抜いていたようだ。

(叔父上はよう見ておられる)
 忠三郎が曖昧な笑顔を返すと
「何故に上様が三左殿に命じて宇佐山に城を築かせたか、わかるか?」

 宇佐山は琵琶湖の西を通り、大津から都へと向かう途上にある。宇佐山に築かれた城はこれまでの近江の城とは大きく異なる。岐阜城と同じように石垣が組まれ、本丸はいくつもの曲輪に囲まれている。敵が攻め寄せてきても、簡単には落とすことができない堅固な城に仕上がっていた。

「それは北国街道を封鎖するためでは…」
 浅井・朝倉勢が都を目指すとしたら、織田家の多数の将が配備されている江南を避け、比較的手薄な若狭方面、北国街道を選ぶことは容易に想像ができる。

 森可成は、城を築いたとき、これまであった逢坂越え、今道という二つの道を封鎖し、その代わり、宇佐山の眼前を通る大ナル坂という道を作った。
 北国街道を使って上洛するのであれば、宇佐山は避けては通れない。

「然様。万が一にも敵が上洛を目指した時には、わしも宇佐山へ駆けつけ、三左殿とともに敵と戦うこととなろう」
「はい。その折にはそれがしも兵を引き連れ、及ばずながらご加勢いたしましょう」
「おぉ。頼もしいのう。さすがは我が甥。織田の殿が見込んだだけのことはある。幼き頃より鳳の雛と呼ばれていたおぬしは我が家の誇りじゃ」
 叔父が誇らしげにそう言って忠三郎の背中を叩く。

(にしても、叔父上はかような話をするために、わしを呼ばれたのであろうか)
 ふとそんなことを思いながらも、忠三郎は叔父に笑顔を返した。

 一益の見立て通り、三好三人衆が摂津に上陸したのはそのすぐ後、七月末のことだった。
 信長の動きは早く、大和にいる配下の武将に出陣命令を下すとともに、自身も岐阜から兵を挙げ、八月末に河内へ入った。

 九月になり、賢秀と忠三郎に対し、京の警備をするようにと命がくだった。
「戦さではなく、警備とは…」
 槍働きは期待されていないのだろうか。忠三郎は不満に思いながらも、父とともに兵を集め、京へと向かった。

 途中、青地荘の横を通る。甲冑を着込んだ青地駿河守は、賢秀と忠三郎を見送るため、わざわざ城から出てきた。
 これまでも何度となく京へと兵を進めてきたが、見送りにでてくることなど一度もなかった。

(何やら常とは違う)
 賢秀と言葉を交わす叔父を見ていて、遠目にも、なにかが違うと心にかかる。覚悟を決めたかのような叔父と、別れを惜しむかのように、ぽつりぽつりと話をする父。

(まるで今生の別れを惜しむかのような)
 青地駿河守は戦さ支度を整え、どこへ向かおうとしているのだろうか。
「おぉ、鶴」
 忠三郎を見て近づいてきた叔父は、賢秀と話していたときの緊迫した表情とは打って変わって、普段の猛々しい武将の姿に戻っていた。まるで動かざる巨岩のように揺るぎない叔父・青地駿河守。
 たとえ大軍が押し寄せても、一切の恐れを感じさせない威風堂々たる姿。広げられた肩と、深く呼吸を刻む胸は、まるで戦場の風そのものを吸い込み、力を増しているかのように見えた。

「甲冑姿も様になった。もう立派な武士もののふじゃ」
 青地駿河守が急にそんなことを言い出したので、やはり何かあるような気がして落ち着かない。

「叔父上は御変わりありませぬな」
 素知らぬ顔をしてそういうが、どうも嫌な予感がする。自分を見る叔父の目は、常とは違うような気さえしてくる。
 青地駿河守はそんな忠三郎の心中を知ってか知らずか、急に声を落として顔を近づけた。

「鶴、よく聞け。家中に間者がおる」
 はっきりとそういったのが聞こえた。
(叔父上はお爺様のことを…)
 間者とは快幹のことだと、気づいているのだろうか。

「叔父上、それは…」
 なんと返事をしたらいいのか、わからない。叔父はなぜ、今になって急にそんな話をしだしたのだろうか。忠三郎が戸惑いを隠せないでいると、青地駿河守は大声で笑った。

「見よ、鶴。我が家も火縄銃を買いそろえたわい」
 と後ろに並ぶ鉄砲足軽たちを指し示した。
「気づいておるか?なぜ、父上が日野で鉄砲を作らせておるのか」
「それは…。我が家でも鉄砲隊を持つためでは…」
 言いながら、違うようだと気づいた。

(そうか、お爺様は…)
 青地駿河守は忠三郎が気付いたことが分かったらしく、満足げにうなずいた。
「忘るるな。そなたは幼き頃より鳳雛ほうすうとも鸑鷟がくさくとも呼ばれた神童。織田の殿でさえ目をかけた、このわしの自慢の甥じゃ。立派な当主となり、先祖伝来の地と蒲生家を守れ」

 叔父はそう言って手を振り、蒲生勢を見送る。戦いに精通した者だけが放つ冷徹な静けさと、猛々しい気迫が満ちた姿。
(叔父上…)
 叔父の態度が心にかかる。このまま普段と同じように青地荘を後にしていいのだろうか。
(もしやこれが最期になるなどということは…)
 言いようもない不安が襲ってくる。この不安の原因は何だろうか。

 忠三郎の前では、さも何事もなきかのように振る舞う叔父。黙して語らない父。明らかに常とは何かが違った。
(本当にこのまま、叔父上と別れてよいのであろうか)

 気になった忠三郎は京へと向かう道すがら、賢秀に尋ねた。賢秀は重い口を開き、
「浅井・朝倉の大群が、摂津に出陣している上様の背後を突こうと、北國街道を南下しておるとの知らせが届いたのじゃ」

 湖西の防衛線を守るのは森可成。その数およそ千。援軍要請を受けた信長の弟・織田九郎と青地駿河守は森可成のいる宇佐山城へ向かうところだった。

(守り切れるのであろうか)
 父とともに京に入った忠三郎は、戦況を見守るしかない。
 摂津の信長の元には浅井・朝倉が迫りつつあるという知らせが届いているはずだ。果たして信長は京に引き上げてくることができるだろうか。

 翌日、戦さ上手の森可成が伏兵を潜ませ、進軍を続ける浅井・朝倉勢へ奇襲をかけて戦果をあげたという知らせが届いた。
「さすがは攻めの三左と呼ばれたお方じゃ。されど、万が一にも宇佐山が落ちるようなことあらば、敵は都に迫るであろう。鶴、そのほうも覚悟しておけ」
「はい」
 忠三郎は笑顔で頷き、父の前から下がる。

(父上は心労がたたっておられるようじゃ)
 賢秀には余程のことらしく、顔色が悪い。京に着いてからは、日に何度も薬湯を飲んでいる。その気持ちもわかる。明日にも宇佐山城が落城して、浅井・朝倉の軍勢が都に来て戦闘になるのではないかと上を下への大騒ぎとなった京の都では、荷物を持って逃げだすものが後をたたない。

「上様は摂津におられ、都が火の海となることを恐れた公家共も、都から避難しているとか」
 町野左近がどこからともなく、そんな話を聞きつけてきた。

「いかに浅井・朝倉が大群をもって攻め込もうとも、森三左殿、織田九郎殿、何より我が叔父上がいる限り、一兵たりとも都の土を踏むようなことはなかろう。何というても叔父上だとて、平安のころ、瀬田の唐橋で大百足おおむかでを倒し、王城の地を守った俵藤太秀郷公の血を受け継いでおるのじゃ」
 忠三郎は誰彼となくそういって家臣たちを励ました。

 遠い先祖の俵藤太たわらとうた秀郷こと藤原秀郷。蒲生家には今に伝わる俵藤太絵巻なる先祖の活躍を綴った絵巻物があり、孫たちが集まると、祖父はよく話して聞かせてくれた。

 俵藤太絵巻は、都の入り口・瀬田の唐橋で百足を倒した秀郷が竜宮に住む竜神から金銀財宝を受けとる話だ。

 その時、秀郷が竜神から授かった蜈蚣切丸むかできりまるなる刀剣は、今も蒲生家の宝物蔵にある。
 俵藤太の百足退治は世に伝わる有名な話で、蜈蚣切丸があると知った一益と義太夫が見たいというので宝物蔵に連れて行った。

『これが噂の蜈蚣切丸むかできりまるか!確かに、竜神が渡してきたというても不思議ない見事な造りじゃ!』
 義太夫が嬉々として太刀を手に取り、やたらに振り回すので、大事な蔵の宝物が切られるのではないかと冷や冷やした。

 子供のように太刀を振り回す義太夫とは反対に、一益は一度手にしただけで、すぐに返してきた。
『義兄上は何やら言いたげで。何か思うところがおありで?』

 太刀を見た一益の態度から、思い描いていたものと違うらしいと気づいた忠三郎が問うと、
『いや…特段、変わったこともなし』
 素知らぬ顔で胡麻化そうとする。納得いかない忠三郎が
『義兄上、まことのことを教えてくだされ。それがしとて童ではない。竜宮やら竜神などという話を真に受けておるわけではありませぬ』

 しつこく尋ねると、一益はようやく教えてくれた。
『この刀は六百年も前のものではない。あのしのぎを見よ。かように高く、棟より薄い。これは冠落としというて平安の頃にはない造込み。二百年くらい前に造られたものであろう』

 太刀を見て造られた年代が分かることを知らなかった。
(我が家にある家宝のうち、どれが誠に価値あるものなのであろうか)

 そして百足退治の話は本当なのか。はたまた、ただの伝説か。一益は
「名工の手によるものであることに違いはない。大切にいたせ」
 と言ってくれたが、なんとも複雑な気分になった。

 ふと、そんなことを思い起こしたが、例え百足退治が伝説だとしても、俵藤太秀郷が源平に勝るとも劣らない武士の祖であることに変わりはない。
(叔父上ならば、きっと浅井・朝倉の軍勢を追い返してくださる。都を守った俵藤太秀郷の血を引く叔父上であれば…)
 宇佐山のある方角を見て、連日、自分にそう言い聞かせた。

 八月十九日。
 大坂本願寺が叛旗を翻したという知らせが届き、都が騒然となったころ、更なる悲報がもたらされた。
 青地駿河守は森可成、織田九郎とともに浅井・朝倉勢を迎え撃つために宇佐山城から坂本の北・比叡辻へ撃って出た。

「寡兵ながら浅井・朝倉勢を押し返したところで、比叡山の山坊、麓の坊から僧兵どもが、そして大坂本願寺からの援軍が攻め寄せてきて四方を取り囲んだのでござります」
「叡山と本願寺までが敵となったのか」
「はい。予想もしない敵の援軍に背後を突かれ、善戦空しく、三将華々しくお討死とのことでござります」

 使者がそう告げたとき、賢秀は動揺を隠せず、蒼白になり、その場に座り込んだまま微動だにしなかった。
(叔父上が討死…)
 その場にいる者は皆、息をのみ、これからどうなることかと不安そうに互いに顔を見合わせている。

「では宇佐山城は落ちたと?」
 忠三郎がそう聞くと、使者は首を横に振った。

「依然として城の士気は高く、未だ持ちこたえておるとのこと」
 主を失ってもなお、森家の家臣たちは城を守って戦っているようだ。
(あの堅城がそう易々と敵の手に落ちるはずはない)

 とはいえ寡は衆に敵せずという。落城も時間の問題と思われた。宇佐山が落ちれば、三万の軍勢が都に殺到する。
「父上、敵が迫っておりまする。皆に下知を」

 一言も発しない父に声をかけるが、賢秀は聞こえていないかのように放心している。
(父上…)
 これでは動揺が走り、兵が離散しかねない。忠三郎は意を決して立ち上がり、
「皆、敵の襲来に備えよ。二日もすれば、都が戦場となろう」
 家臣たちに命じて都の入り口に物見を向かわせる。

 何度も急使を送ってはいるが、摂津の信長からは何も知らせが来ない。
(我等だけでは一日さえ、もちこたえることなどはできぬ)

 手の打ちようがないままに迎えた翌日。
「いよいよ我らの命運も尽きたものかと…」
 肩を落とす町野左近を見て、忠三郎は笑う。
「これも弓矢取るものの習い。そう悲嘆するな。爺、酒でも飲もう」

 叔父の青地駿河守が討死し、敵がまさに迫りつつある状況でも、落ち着き払った態度を崩さない。そんな忠三郎の態度に町野左近は舌を巻いて、
「若殿は大殿そっくりと、皆々、そう申しておりまする」
「わしがお爺様に似ておると?」
「はい。大殿は若き頃より、如何なる窮地に陥ろうとも顔色ひとつ変えず、軍配を振っておられたとか」

 奸雄とも梟雄とも呼ばれた祖父らしい。酒肴の準備に姿を消す町野左近の後姿を見送りながら、忠三郎は一人、広縁から庭先に出る。

(叔父上が討死…)
 未だに信じられない。あの叔父が、今はもうこの世にいないとは。
 最後に会った時の青地駿河守の姿が脳裏に焼き付いている。戦さ支度で忙しい合間を縫って、わざわざ城の外まで見送りにでてきてくれた叔父。

「あはれ、弓矢取る身ほど口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生まれずは、何とてかかる憂き目をば見るべき」

 信長の好きな越前幸若の演目にある無官大夫・平敦盛。敦盛が一ノ谷の戦いで露と消えたのは十七歳だったというから今の忠三郎よりも二つ上になる。

 信長はいざ出陣というときにはよく、幸若舞の「敦盛」を舞う。「人間じんかん五十年」の歌いだしは、この敦盛を泣く泣く討ち取った源氏の将・熊谷直実が世の儚さを謡い、出家する際の場面だ。

 人間五十年とは寿命のことではなく、下天、つまり仏教でいうところの天上世界の時の流れと比べれば五十年などは夢・幻のごとく短いという意味であり、人の世の儚さを現す。

 朝露に濡れた草の葉が、太陽の光を受けて一瞬だけ輝くように、人の一生もまた、儚い一瞬の光である。
 夜明けにはあんなにも眩しかった光が、夕暮れにはただの陰となり、やがては闇に包まれて消え去る。
 人が生きるということは、まるで夢の中を彷徨うようなものであり、その夢がいつ終わるのか、誰も知ることはできない。

(ならば我等も死に花を咲かせるしかあるまい)
 思えば母・お桐と叔父の後藤但馬守、佐助、そして青地駿河守。忠三郎の周りの人たちは皆、儚く散っていった。
(佐助。もうすぐ会える)
 そう思うと恐怖心は消え、不思議な平穏に包まれる。明後日には浅井・朝倉勢が押し寄せるだろう。

 二十二日。宇佐山城の激しい抵抗にあった浅井・朝倉勢が宇佐山城攻略を諦め、京を目指して進軍をはじめたとの知らせが入った。

「敵は伏見、鳥羽、山科を焼き払い、二条城を目指しておりまする」
 東の空が赤々と照らされている理由がわかった。焼き払われている辺りには幕臣の城がある。
「父上。いよいよ敵が押し寄せて参りましょう」

 青地駿河守討死の報を受けて以来、一言も発しない父に声をかけるが、賢秀はやはり、なにも言わず、家臣たちに手を取られて具足をつけるときも心ここにあらずといった様子だった。

「二条城へ向かう。皆、続け!」
 忠三郎は兵を従えて二条城へと向かった。二条城は信長が将軍・足利義昭のために築かせた城だ。城そのものは三重の堀に囲まれた堅牢な造りではあるが、義昭は信長とともに摂津へ出陣中であり、留守を守っているのはわずかな奉公衆のみ。

 ところがここで、忠三郎は思わぬ知らせを耳にする。
 城へ入ると、忠三郎が来たと聞いた幕臣の三淵藤英が慌てて姿を見せた。
「お喜びあれ、蒲生殿。織田殿の軍勢がこちらに向かっておるとの知らせじゃ」
「それは真のことで?」

 間に合うだろうか。摂津から大軍を率いてくるのであれば、明後日には都に到着するだろう。しかし、敵は今まさに都に攻め入ろうとしている。

 いつ敵が襲ってくるかわからない極限状態のまま、翌日の朝を迎えた。
(未だ持って兵を差し向けて来ないとは…)
 いよいよ来るかと緊張していたが、なぜか、浅井・朝倉勢は都に入ろうとはしなかった。
「爺。誰か、物見を出せるか?」
「ハッ。では早速に」
 町野左近に命じて物見を出す。物見は思ったよりも早く戻ってきた。

「敵が退却準備を始めておりまする」
「退却?…見間違えではないのか?」
 解せない。不可思議なこともあるものと思い、再度、物見を向かわせる。すると今度は意外なことに、兵が次々に都を背にして比叡山へと向かっているという。
「比叡山延暦寺へ。ということは、もしや上様が…」
 信長がこちらへ向かってきているのかもしれない。敵はそれを察知して、比叡山へ逃げ込んだのではないだろうか。

(にしても比叡山が敵を匿うとは)
 叔父を襲ったのは叡山の僧兵だと聞いた。聞き間違えではないかと思ったが、敵が向かったのであれば、間違えではなかったようだ。本願寺が挙兵したことで、呼応して兵を挙げたのかもしれない。

 かつて都で乱暴狼藉を繰り返していた叡山の僧兵は半僧半俗であり、僧とも呼べない者が多いと聞く。僧兵が増えるに従って叡山は世俗化し、腐敗堕落の一途をたどったらしい。
(僧侶が叔父上を討ったのか)
 納得いかない。同じ武士に討たれたのであればまだしも、何故、僧侶が叔父の命を奪うのか。

 釈然としないまま時間が過ぎ、夜になった。戌の刻(八時)を過ぎたころ、二条城が騒がしくなった。
「公方様がお戻りでござります!」
 町野左近が大喜びで飛んできた。
「公方様が?」
 思ったよりも早い。慌てて出迎えると、驚いたことに摂津に兵を置いたまま戻ったという。

「…して上様は…」
 信長はどうしたのかと思いつつ、都に入った義昭の前に伺候し、挨拶を済ませると、本能寺へと向かった。
 しかし本能寺には未だ信長は戻ってはいなかった。

(敵を前に兵を置いてくることもできまい)
 信長は義昭が率いた幕府軍とは別に、二万の軍勢を従えて摂津で戦っていた。その兵を引き連れて戻るとなると、義昭のように身軽に戻ることはできない。

(やはりお戻りは明日だろうか)
 すでに子の刻(十一時)を超えている。暗闇の中で兵を率いてくるとは思えない。夜明けを待って戻ってくるとしたら、都入りするのは明日の昼ごろ。それでも忠三郎は本能寺に入って信長の帰りを待つことにした。

 夜の帳が降り、あたり一面が深い静寂に包まれた頃、遠くからかすかに聞こえてくる音があった。
(これは…もしや軍勢の…)
 蹄の音に混じって、人の気配が微かに漂う。
 ほどなく外が騒がしくなり、町野左近が息せき切って姿を見せた。
「上様のお戻りで!」
「戻られたか!」
 忠三郎はもどかしく廊下を走り、門の前で信長を出迎えた。
「上様!」
 信長がこんなにも早く戻ってくるとは思っていなかった。それは敵も同じだった。信長が都に迫っていることを知って、慌てて叡山へ逃げたのだ。
「鶴」
 忠三郎に気付いた信長が近づいてきて、馬上から忠三郎を見下ろす。冷たく張り詰めた空気の中、忠三郎の目に映るのは、ただ圧倒的な強さを兼ね備えた信長の姿。
 戦場でも日常でも、その姿を目にすれば、すべての不安や恐れはまるで霧が晴れるかのように消え去る。

(上様。九郎殿が…)
 信長の弟、織田九郎や股肱の臣・森可成、忠三郎の叔父・青地駿河守は十倍もの兵力を誇る敵に対して城をでて進路を塞ぎ、命をかけて敵の進軍を阻止したのだと、そう言いたかった。

 しかし、信長を見て張りつめていた糸が切れたのか、ホッとする反面、無念の死を遂げた叔父への思いがにわかに溢れ、言葉に詰まる。
 信長はしばしの間、無言で、今にも泣きだしそうな忠三郎を見ていたが、
「皆の仇は必ずとる。明朝、軍議を開くゆえ、今宵はもう休め」
 そういうと、本能寺へと入っていった。
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