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3章 商業都市メルセバ
12 飴玉
しおりを挟む「もう、疲れた。お腹空いた。喉が渇いた」
「もうちょっと、頑張ろ?」
ぐいぐいと手を引っ張るのは、ぬいぐるみを持った子供っぽい少年、アシェ。
俺と同じ10歳らしい。
「ちょっと休憩」
「す、座るの?」
日陰に腰を下ろす。
魔物に出会うのも怖い。
でもたくさん走って疲れたんだ。
アシェはキョロキョロと周りを見ながらも、俺の隣りに腰を下ろした。
アシェは背が小さいと言われる俺よりも小柄だ。男なのに髪は結構長いし、よく見たらまつ毛も長い。女みたいにうさぎのぬいぐるみなんか持ってるし。変なの。
はあ。と小さくため息をつく。
こんなことなら街に来なきゃ良かった。
俺の名前はシリル・アルベール。
アルベール財閥の跡取り息子だ。
この上着の紋章を見ればわかると思ったのに、俺のことを知らないなんて……!
世間知らずな奴だ。
今日の勉強が面倒で、嫌になって街に逃げ出した。執事のやつ、今頃血眼になって探しているかもしれないな。
度々逃げてるから、もうどこにいるのかは大体分かっているだろうけど。
でもこんなことになるなんて、思わなかった。
魔物に襲われそうになるなんて。
「お腹空いた……」
こんなにひもじい思いをすることなんて、初めてだ。いつだって、執事やメイドが俺の世話をしてくれるんだ。
お腹が空いたと言えば、お菓子やデザートをたくさん持ってきてくれる。
好みの物がなければ、新しい物を探して持って来てくれる。
隣りに座っていたアシェはポシェットをガサゴソと探っている。紙袋を取り出して、その中には透明な小さな瓶が入っていた。
「……本当はね。ヴァルドさん達に渡したかったんだけど、はい。1つあげる」
透明な瓶から飴玉を1つ取り出して、俺に渡した。
「飴なんて……」
飴玉なんて、腹の足しにもならない。
もっとお腹いっぱい食べたい。
ステーキとか、ケーキとか。
でも誰も俺を、助けてくれなかった。
助けてくれた奴は、この頼りない、俺と同じ歳の子供、アシェだけだ。
「キラキラで綺麗だったから、初めてぼくのお金で買ったんだ」
「初めてって……俺と同じ歳なのに、お小遣いもらってなかったのか?」
「うん。初めて。頑張って働いたからって言って、渡してくれたんだ」
「……ふうん」
お小遣いなんて、毎月何もしなくても貰えるけどな。お菓子もおもちゃもなんでも買える。
足りなくなっても、言えばみんな買ってくれる。こんな飴玉くらい100個くらい買える。
でもなんとなく、そう言うのはやめておいた。
「ありがと」
「ううん」
アシェはにこりと笑った。
飴玉を食べようと思ったけど、アシェのことが少し気になり、ポケットにしまった。
「ヴァルドって?」
「ぼくの、憧れの人」
話を良く聞くと、アシェはあの騎士団長ヴァルド・ノイシュタットと一緒に住んでいるらしい。兄弟でも家族でもない。
養子というのはよくあることだ。
それに近いのかも知れない。
アシェはヴァルドに引き取られる前の家のことは、言葉を濁していた。泣きそうな顔をしていたから、深く聞くのはやめておいた。
こんなところで、泣かれても困るからな。
でも何か、俺には想像つかないような、酷いことがあったのかもしれないな、と思った。
「シリルのことは、教えてくれるの?」
「……そのうちな」
「そっか。もう歩ける?」
「……馬鹿にすんな」
立ち上がる。
飴玉はポケットに大事にしまったままだ。お腹は空いたけど、食べるのがなぜだか勿体無いと思った。アシェと目が合い、その瞳を見つめる。
「アシェお前の魔力……俺と同じで使い切ったのか?」
「え?あ……」
俺は魔物から逃げる時に、魔力を使い切ってしまった。でも魔力は基本的には食事によって回復する。
しかし、アシェも魔力を使い切っていたのに、俺を助けるなんてな。
アシェは俯き、なぜだか少し悩んでから小さく、うんと頷いた。
「行くぞ。魔力空っぽ同士、頑張るか」
手を差し出して、アシェも一緒に立ち上がらせる。
「うん。……ごめんね」
アシェはなぜか小さく謝っていた。
同じ空っぽ同士なんだから、気にすることないのに。
もう一度教会に向かって、俺たちは2人で歩き出した。
道は長いけど、少しだけ心が軽くなった気がした。
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