身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ

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1章 いらない子、アシェ

16 物語の始まり

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「アシェ」

少し遅くなってしまった。
アシェは大丈夫だろうか。

部屋を見回すと、アシェは――ソファーの上で沈むように眠っていた。
部屋でソファーに座らせた後、そのまま眠ってしまったのだろうか。
本の入った鞄を抱きしめたまま、頬にはまだ乾ききらない涙の跡が残っている。

「アシェ。戻ったぞ」

頬にそっと手を寄せる。

「……っ!ヴァルド、さん?」

最初はびくり、と身体を震わせていたが、すぐに目を擦り、ぼんやりとした眼でこちらを見ていた。

「よく眠っていたな」

「ご、ごめんなさい。ソファー、ふかふかで、き、気持ちよくて……」

「いいんだ」

頭を撫でてやる。
今まで、あんな場所で眠っていたのだから今、こうして安心して眠れていたなら、それだけで十分だ。
 
「その服。動き辛いだろう」

「ううん。綺麗な服。嬉しいんだ」

えへへ、と袖を擦り合わせてアシェは笑顔を向ける。

「アシェ」

「わ」

アシェを抱え上げる。軽すぎる。
これは片手でも持てそうだ。

「なんで、また、抱っこ……?」

「もう、終わったんだ」

「え……?」


___



制裁は終わった。
ルシアンによる魔法は解かれたが、まだ彼らは幻覚から逃れられずにいる。

家内は今までと何も変わりはないが、彼らは物音に震え、暗がりに何かがいるのではと怯えていた。

「ああぁ。もう、嫌、嫌。
私の顔、顔がああぁぁぁ!!」

「暗いのは嫌なんだよぉ!!
ごめんなさい!ごめんなさい!!」

幻覚の強さは、今までアシェに与えてきた非道の数々に、比例している。
どれほどのことを彼らがしてきたのか。それは、彼ら自身の苦しみが物語っている。

「幻覚から逃れたければ、今すぐこの街から出て行け。そして、アシェには二度と近付くな」

「ヴァルド、様…………っ……。
わ、私を守ってくれるんじゃ……」

「ま、ママ!もう嫌だ!
ここにはいたくないよ!」

何の罪もないアシェを何年も虐げ、心も身体も傷つけた。命を取られなかっただけ、ありがたいと思え。

その後、リオットがにっこり笑って釘を刺すように言った。

「もちろん、追放先でも同じようなことがあれば、また幻覚が復活するかもしれないっす。
お気をつけるように」

「ひいいいぃぃ……!」

アシェが自由に外に出られるようになるには、過去の影を、この街から追い出す必要があった。

やがて、奴らの姿はこの街から消えるだろう。



__




「アシェが心配するようなことはもう、何もなくなった」

「ぼ、ぼくがここで、生きてても……怒られないの?また、暗いとこに入れられたり、しないの?」

「あぁ。アシェは生きてていいんだ」

「ヴァルド、さん……」

「ここにいろ。アシェ」

「う、う、わああ、ああ」

アシェは大きな瞳からぼろぼろと涙を流した。乱れた灰色の髪を撫でてやると、アシェはオレのシャツを小さく握った。

思わず胸元に抱き寄せる。

誰にも頼れなかった。
いや、こんなに小さいんだ、頼り方も分からなかっただろう。

ようやく自由になった彼の心にはまだ、深い傷が残っている。

アシェに必要なものはまだ、山程ある。

彼が幸せを掴む、手助けをしてやりたい。

こんな幼い子が自分の命を諦めるようとするなんて――そんなことは二度と起こさせないためにも。

少しずつでいい。
ここでの生活に慣れていってくれれば。

アシェの幸せな物語は――ここから始まっていくんだからな。





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