傷物令嬢って私のことですか?

ルーキッドアン

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表情こそギリギリ繕っているものの、心中憤怒のナターシャであった。
『ねぇ!お兄様!』とニコラスを振り返れば、こちらは魂が抜けたような表情で呆然と立っているのであった。

『う、嘘だ...傷が...』
ニコラスが王城の貴賓室であった令嬢。
背丈も髪色も同じであるし、サイモンの息女であるのは確かであろう...が!自身が指を指して罵った頬の傷は無い。
こちらに見える辺境伯令嬢の頬は、白く美しく品の良い化粧も相まって蕾が開いたような初々しくも鮮麗な華のようであった。
赤味のある金色の真っ直ぐな髪は、余分な脂肪など皆無の背中をさりげなく隠している。
あの日は激情してよく見ていなかったドレス姿は確か地味な濃紺であったなと思い返す。
紺色に対比されてか、気の強そうな赤毛に見えたが...今日は...
正に今日はと...まじまじと見たならば、身体の線に完璧に沿いながらも艶めかしさより潔さが引き立つ着こなし。
妹ナターシャが好んで選ぶようなフリルもリボンもパフスリーブも無いドレス。
なんて美しいのだ!!
ニコラスは先日の無礼も忘れてブライオニーに釘付けとなっていた。

自慢の兄ニコラスまでもが田舎娘に見惚れている事実にナターシャは怒り心頭であった。
傷物令嬢と噂を広げた本人が、傷跡が無いことに納得出来ないのであった。
(そうよ、貞操を失った「傷物」よ。そういう傷物だと触れ回ればいいわ)
ナターシャは今まで多くの令嬢を貶めてきた知見に立ち返った。
無いものは作ればいいのよ。


「ね、ランディ様」とターニャが声をひそめてランディを呼ぶ。

「うん。わかってる。めちゃくちゃこっち見てる」

「見てる?睨んでますよ」

「ニコラスは凝視レベルだよ」

「あら、そっち?」

ターニャはナターシャをほぼ正面に捉えていて、ランディはブライオニーを見る素振りでフォーク兄妹二人を視野に入れる。いつもなら令嬢を誘ってワルツを踊るニコラスだが、ダンスそっちのけでガルシュ家を..ブライオニーを凝視している。

「父上、伯父上、一騒ぎあるかもしれません」とランディが少し離れた所にいる各当主に報告した。
パートナーのターニャもランディと一緒に移動して「きっとニコラスがビニーの所に来ますよ」と告げる。

「あれだけビニーを侮辱しておいて来られるものか」とサイモンは吐き捨てるように言った。

「自分に都合の良いよい様にしか考えない野郎ですよ」

「妹の方も憤懣収まらぬって感じね。元々このパーティーで何か仕掛けるって噂だったけど...」

ターニャは街でナターシャと近しい間柄の令嬢から「ひと泡吹かせてやりましょう」と持ちかけられた事を思い出した。

「サイモン殿、どうする?向こうの出方を待つか?」義兄のジョセフがサイモンに尋ねる。

「義兄上、無策に待っているように見えて、その実相手から此方に来させるという兵法でいきましょう」と笑った。

さて、行こうか。

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