私の戦う理由 ~帰ってきた英雄はお義兄様~

転落人

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第5話 崩壊

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「――はっ?」
「おい…あいつは?」
「えっ? 嘘っ…?」

 その若者の大部分が黒い怪物の一撃で吹き飛んだのだ。
 多くの人がその光景に呆気に取られている。
 その間にも続々と城門からは魔物と――黒い怪物が姿を現し始める。

「えっ? どうなったの?」
「――ッ! サラッ、見ちゃ駄目っ! 走るわよ!」
「えっ、え!? ちょっとママ痛いよ!」

 私は困惑するサラの手を引き走り出した。やはり杞憂ではなかったのだ…。
 後方から叫び声が聞こえてくるが、私は振り返らずに走った。

「くっ…一体どうなって…うわーっ!」
「なんだこいつら! こんなの戦ってられるか!」
「おいっ! 戦える奴は残れ! くそっ!」

 ”持つ者”が”持たざる者”を守る……などとこの国の方針では言われているが、結局の所それは多くの人間にとって余裕で勝てる相手に限るのだ…。
 私は十年前にそれを知っていた。
 先ほどまで勇ましく戦っていた者達の多くが逃げ始めたのだろう、戦闘音ではなく怒号や悲鳴――そして破裂音が聞こえ始める。観衆も突然の事にパニックになっており、瓦解するのも時間の問題だと思った。

「ママ…待って…」

 サラも突然の事に恐怖したのだろう、足がうまく動いていないようだった。
 だが、今ここで出遅れるわけにはいかない…。

 そう思った時だ…。

「うわっ! 伏せろ!」

 その声を聞き、反射的にサラを抱えて伏せる。
 バサバサと大量の羽音が上から聞こえて、やがて遠ざかっていった。
 その後、恐る恐る上を見上げると…黒くて巨大な丸い物体に蝙蝠のような羽が生えた何かと、それを取り巻くように飛行型の魔物が王城の方へ飛び去って行くのが見えた。
 私はあれを知っている…。あれにも確か、目が付いていたはずだ…。

「な、なんなんだ?」
「あれも黒い奴なのか?」

 飛行型の魔物は小型の物しかほとんど現存していない。昔の人類が危険だからと狩りつくしたからだ。
 だからこれほど大きな飛行物をいままで見かけなかったのもあるのだろう、それを間近で見た民衆の多くはそれを見て腰を抜かしていた…。

 当然、サラもだった…。

「――ママ?」
「サラ…しっかりつかまっててね」

 私はそんなサラを抱きかかえ、中央地区に向けて走り出した。

 中央地区まで行けば、内周りの兵士達が多く常駐しているはずだ。
 そうしたらきっと……今回は数も少ないし、なんとかなるはず…。
 メアは自分にそう問いかけるように心の中で反芻しながら、体を奮い立たせた。

 それから幾ばくかの時が流れた。

 私は鍛えている方ではないが、力仕事もしていた。とはいえ、大きくなった娘一人を抱きかかえて走る…というのは並大抵の事ではなかった。

「はぁっ…はぁっ…」

 体が重い…だが、こんな所で足を止めるわけにはいかなかった。

「外の連中はどうなっちまったんだ!?」
「くそっ! 何でこういう時に限って、貴族や兵士は誰も来ないんだ!」

 民衆達は思い思いに逃げながら怒号を上げている。

「何だ? さっき大きい音がしたけど…」
「人がすごい逃げてくるけど何かあったのかしら…」

 恐らく警報サイレンが鳴っていても家に居たか、今更になって騒ぎを聞きつけた人達が、何事かといぶかしげに見ている。

「ええい! 邪魔だ! どけっ!」
「なっ! 何をするんだ!」
「道を開けてくれっー!」

 必死に逃げようとする人達と、状況を理解できていない人達がぶつかりあう。
 多くの人達が密集するはめになり、走り抜けるのが難しくなった。

「そこまで黒いのが来てるんだ! 誰か、兵士を呼んでくれ!」
「黒いの? ただの魔物だろ?」
「ただの魔物じゃないんだ!」
「この辺の兵士なら、さっき王城に飛んでったでかい群れを追いかけて行っちまったぜ」
「なっなんだって!?」

 どうやら先ほど中央地区からやってきた人がいてその人物によると、近辺の兵士達はさっきの空飛ぶ物体を追いかけて行ってしまったらしい。

「うわああ! 来たぞ!」
「何で魔物がこんな所まで!」

 先ほど来たばかりの人々は戦おうと試みるが、逃げてきた者達はそれを押しのけ、我先にと中央地区へと向かっていく。

 私も逃げ遅れるわけには行かない…。

 彼らを半ば見捨てる事になるが、そうも言ってられなかった。

 後ろから戦闘音が聞こえるが、私はそんな人々を避けながら振り返らず進んでいった。そして、その音が徐々に悲鳴に変わっていく。

 ――おかしい…。

 あの時と比べて数がとても少ないはずなのに、被害の拡大がとても速い…。
 しかも、ここは王都なのだ…。それなのに、貴族の私兵や国の兵士は一向に姿を見せないではないか。
 もしかして王城に向かった飛行物の処理に、全て向かってしまったのだろうか…?
 それとも警報サイレンで知らせていた数は誤報だった?

 色々な考えを巡らせながらも、私はひたすらに走り続ける。

 だが、疲れで、腕が…体が重くなり、気が滅入ってくる…。
 後ろからは相変わらず怒号や悲鳴が聞こえる。恐怖からも足が次第に重くなっていく。歩きと変わらない状態になっていく。

 どんどんと後続の人に抜かされているのが分かる…。

「はぁっ…げほっ…ごほっ」 

 あれからどれほどの時間が経っただろうか、一時間? 十分? いやそれよりもっと短いだろう…。だが、とても長い時間に感じる。

 ――私は不幸だ…。なぜ私ばかりが…十年前もあの街で被害に合ったと言うのにだ。

 疲れからか嫌な考えばかりが思い浮かぶ。

 私は”持たざる者”だ…なのに、結局大事な時には誰も助けてはくれない。

 なぜこんなにも頑張らなければならないのだ…。
 このまま行けば二人とも…。ならばいっそ…。

 そんな時だ…。不安げにこちらを見つめる娘と目が合った。

「――ッ!」

 ――私は何を考えているのだ…!

 確かに私は”持たざる者”だ…。
 だが、そうしたら…この子は一体どうなるのというのだ?

「……ママ?」
「サラッ…ママが…守る、からね…」
「ママ…うん…」

 私はそう呟くサラを抱えなおし、疲れた体に鞭を打ち再び走り出した。

 私には誰かを守れるような力も度胸もない。
 それでも…いまだけは――そう思った時だ…。

「うわぁぁぁ!」

 ――ドンッ!

「――あっ!」

 私は後ろから来た誰かに追突されてしまった。
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