私の戦う理由 ~帰ってきた英雄はお義兄様~

転落人

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第15話 誰が為に

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 夢でも見ていたのだろうか…。
 私は誰もいなくなった廊下で、盛大に溜息をついた。
 世の中知らない方が幸せな事もあるというが、まさにその通りかも知れない。

 ――なんでこんな事に…。

 不用意な行動をした自分が悪いのではあるが、とんでもない事を聞かされてしまった。
 そもそも本当の事なのかも怪しいし、なぜこのような話を…。
 それに、こんな事を聞かされて何をどうしろと言うのだ…。
 
 ふと手元を見ると、灯のロウソクは大分短くなっていた。

「帰って寝て忘れよう…」

 そしてふらふらとした足取りで、自分の寝室まで帰った。


「疲れたぁ……」

 部屋に戻ると寝間着にも着替えず、私はベットに飛び込んだ。
 初日にして、私はこの家でやっていく自信を失いかけていた。

「――ママ?」
「サラ…まだ起きてたのね」

 するとどこかで見張っていたのだろうか、すぐにサラがやってきた。手には枕を持っている。

「えっとね……」
「こっちへいらっしゃい」

 扉の付近でもじもじしているサラを呼び寄せる。
 あの襲撃の日からサラは、私と一緒に寝るようになった。
 少し前は一人で寝れると豪語していたのだが、まあ仕方がない事だろう。
 私は寝間着に着替えて一緒に横たわる。

「ママ、あのね? さっきの事なんだけど…」

 すると、サラは何か私に伝えたい事があったようだ。
 さっきってどの時の事だろう。今日一日で色々な事がありすぎた。
 恐らくは昼間と夕食の時の件だろうが…。

「力がある人が皆を守るのが当然って、パパもこの国の人も皆言うけど、その…」

 サラは何か言葉を選んでいるように見えた。

「…あの時のママは…その、わたしを守ってくれてね、その…カッコよかったよ! おやすみ!」
「えっ…?」

 言うだけ言って、サラはそっぽを向いて布団にくるまってしまった。
 私は娘の急な物言いに、戸惑いを隠せないでいた。

 ――急に何を言い出すんだこの子は…。

 私は守ってなどいない…。ただ一緒に逃げ出しただけだ…。それなのに…。

「…おやすみ、サラ」

 私は動揺を隠すようにサラを一撫でして、自分も布団をかぶり目を閉じた。

 ――今日は疲れた…。

 早く寝て忘れよう…。そう思ったが先ほどの話が頭に浮かんでしまった。
 先ほどの話は結局本当なのだろうか。
 お義兄様はボロボロだった…。英雄とはとても思えない。
 メリッサさんはこの国はもう先がないなんて突拍子もない事を言っていた。

 優しさという物には、人によって限度があると思う。
 例えばだが、百の金貨を持っている者が、十の金貨を恵んだりする事は美徳と言われるかも知れない。
 だが、十の金貨を持っている者が、その全てを恵んだりすればどうだろうか…。
 一の金貨しか持ってない者が、借金をしてまで恵んだりしたら――それはもはや狂人だ。
 先ほどの話は、まさに私からすれば狂気としか言えない内容だった。

 そして思ったのだ。
 彼はそんな状態になってまで、一体何のために戦っているのだろうと……。
 

 ――その日、私は夢を見た。
 あの日の夢だ。

『な、んで…』

 私は、あの子がさっきまでいた場所を見つめて座り込んだまま、立ち上がれないでいた。

 ――なぜだ…どうして…。

 罵声が聞こえる。
 
『くそっ、くそ…! なんでもっと早く!』
『子供がぁ…! 子供を返して…!』

 彼は泣き崩れる民衆に罵声を浴びせかけならも戦っていた。

 あと一分…いや、十秒でいい。
 もっと早く来てくれたら……あの子は助かったのに…。

 ――最低だ…。

 私は助けられたというのにそんな言葉しか浮かんでこなかったのだ。

 気が付くと、いつの間にか彼の姿はそこになかった。
 だが罵声は鳴りやむことはなかった。
 彼らは自分の無力を棚に上げ、罵声を上げることでしか正気を保てなかったのだろう。
 そして私も声には出さずとも…。

『――ァさん! メアさん!』
『…え?』

 それからどれぐらいの時間が経っただろう…。
 誰だろうか…知らない人が話しかけてきた。

『だ、れ…?』
『えっ、ええ? ハ、ハハ…名前ぐらいは憶えて貰ってると思ったんだけどな…』

 その人物は少しショックを受けていたようだ。

『私は兵士をやっております、トマスと言います。その…よくお店には行ってるのですが…』

 私は思い出した。そういえばそんな名前の人が良く来ていた事に。
 …色々あって忘れていた。

『とにかくここは危険です、一緒に逃げましょう』
『逃げるって…どこに…』

 すでに街には多くの魔物が侵入して来ていた。
 そもそも彼は兵士だ。逃げていいのだろうか…。

『……ここで出来ることはもうありません。とにかく内側に行きましょう』

 そう言ってトマスは私の手を取り、立ち上がらせた。
 そしてそのまま手を引き、街の中心部を目指し移動を開始した。

 ふと私は、あの子がいた場所を振り返った。
 罵声はまだ鳴りやんではいなかった。

 私は思った。
 彼はこんなにも言われて、嫌にならないのだろうか…。
 誰とも知らない相手を助けては罵倒されて…当然だと言われ…。
 そんな国を民を、守る意味など…逃げ出したくはならないのだろうかと。
 
 彼は一体何のために戦っているのだろうと……。

 私達は後ろ髪を引かれつつその場を立ち去った。

 ――そして、私は夢から目覚めた。
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