恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨

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第二章 車内でも隣には

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 十二月三十日。
 前日に仕事納めを無事できた二人は、予定通りゆきの実家に向かっていた。渋滞も考慮しつつゆっくりの予定で夕食前に着ければいいと昼をたっぷり過ぎたくらいに待ち合わせをした。

「車出してもらってありがとうございます」

 ハンドルを握る目雲をゆきは見つめる。

「ゆきさんとドライブできるので僕も嬉しいです」

 目雲の人に気を使わせない言い方がゆきの気持ちを温かくしてくれる。ゆきも見習おうと思っている部分だ。
 けれどそう思った矢先にゆきは心遣いとは全く真逆の事を思い出した。

「あの、明日の大晦日なんですけど、妹の同級生でお隣さんでもあるんですが、そこの双子のごきょうだいも一緒なんです。すみません、言うのが遅くなって」

 ゆきにとっては子供の頃からのことなので当たり前になっていて、最初に言っておくべきなのにと反省する。

「大丈夫ですよ、お邪魔するのは僕の方なんですから」
「正確にはお向かいの方なんですけど、まだその二人が小さい時に男手一つになってしまって。ただそのお父さん仕事も忙しい方で。だから子供頃からイベントごとはウチと一緒なんです。始まりは妹の要望だったんですけど」

 そうやってゆきは少しでも初対面の負担を減らすために追加の情報を目雲に開示する。

「そのうち一人は妹の婚約者です、たぶん」
「たぶん?」

 目雲には婚約という単語とたぶんという不確かな状態が、ゆきの言葉として引っかかった。
 ゆきも自分で言いながらそういうしかない状況に唸るしかなった。

「二人はなかなか波乱万丈なんで、順調に婚約したままでいるのか。昨日の夜に大喧嘩してないとも言えないので、たぶんって言っておきます。でも卒業したら結婚はすると思うので、きっと大丈夫です」

 目雲は普段通りスムーズに運転しながらゆきと普段何気なくしている話を思い出しつつ会話を受ける。

「妹さんは今大学生でしたよね?」
「今四年生なので、春には卒業の予定です。今時その年で婚約者がいるって珍しいですよね。それが二人の波乱万丈っぷりを表現してるとも言えるんですが」
「いろいろあったんですね」
「私も聞いているだけなので、実感は伴っていないんです。ただ話題には困らない二人だなって」

 ゆきは大学進学で家を出て、五つ離れている妹の思春期と青春の真っただ中の時期を一緒に生活していないので、電話や帰省の際に話を聞くだけのことがほとんどだった。
 ゆきも自分の生活で大変ではあったのだが、実家は妹の恋愛ごとで上へ下への大騒ぎの連続だったという印象だ。色事に関してではなく、幼馴染であるが故のジレンマだったり、ライバルが現れたり、彼の方の母親が現れ二人をかき乱したり、進路の悩みだったり、ティーンの恋愛小説を地で行くような妹に尊敬の念さえ持っていたが、不思議とゆきが帰省している期間は平穏そのものだったおかげで、電話でしか聞くことがなかった。そのためどこか現実味が薄い。ゆきの目に映る二人はいつも仲良しだからだ。

「早くに婚約しなければならない事情があったんですか?」

 目雲の問いに至極当たり前の疑問だとゆきも思う。

「赤ちゃんがとかではないんです。えーっと、ヨシくん、えっと妹の恋人がヨシくんっていうんですが、ヨシくんが大学進学で家を出ることになってその時にきちんとしようって話になったみたいです。詳しく話すともっと少女マンガみたいな内容になるんですけど、簡単に言うとそういうことです」

 遠距離になるというのが、若い二人にとってはそれはそれは大問題だった。将来の目的のための進路が交わらないがために、物理的な距離が生まれることによる葛藤。どちらかが何かを諦めることが正しいとさえ思える時、それをせずに済む方法が婚約に繋がったとゆきがその時期の情報をまとめるとそんな感じだった。

「将来の約束を持って二人は離れることになるんですね」
「目雲さんの方がずっと詩的ですね、それです」
「お話を伺うのが楽しみです」

 目雲が全く拒絶を示さないことにゆきは自分が言っておきながら不思議に思った。

「一般的には嫌がるかなと思ったんですが、家族以外の人がいることもそうですけど、そもそも付き合い始めた人の実家にすぐ招待されるのって気まずくて嫌だなとかないですか?」

 ゆきにも世間の感覚の常識はある。だから少しも渋らなかった目雲が少し意外だった。
 ただの目雲の方もそんなゆきにそれ以上の気持ちを抱いていた。

「同じ言葉をゆきさんにまず聞きたいです」
「あ、そうですね。先に目雲さんに誘われたんですよね。お付き合いさせてもらってから挨拶に行くってことが初めてなので、緊張はしますけど、興味の方がちょっと大きい感じです」

 ゆきは以前付き合っていた相手の親にも会ったことがあった。それは交際前に友人の一人として複数で実家に何度かお邪魔したという形だったので、付き合った時にはすでに彼の両親とは顔見知りより以上に話せる人たちになっていた。

 それ以来誰かと付き合うことがなかったので、友人の体験談を聞くことはあっても自分に起こると想像すらしてこなかった。

「興味というのは、どんな親なのかとか、家がどんなものかとかそういうことですか?」

 目雲の問いにゆきは頷きながらも、少し無遠慮なことが思い浮かんでいた。

「それもあります。それと、これはちょっと失礼な話をするので気分を害したら言って下さいね」
「なんでしょうか?」
「どれかなーと」

 上手い言葉が咄嗟に出て来ず、そのままを口にしていた。

「どれ?」
「大反対されるとか歓迎されるとか試されるとか、交際相手のご実家って物語の中でも何かある事間違いなしなので、目雲さんのお家はどうかなと」
「それは不安に思っていろいろシミュレーションしているということですか?」

 ゆきがストレスではないかと懸念を聞かれ、気まずそうに微笑む。

「いえいえ。私がどうしようとかではなく、ご両親にどういう反応をされても今後のことは目雲さんと話し合って決めていくことだと思っているので、今のところは特別なにかを考えているわけでもなく、無礼があるのはどんな場面でも良くないですから心掛けるのはそれくらいでして」

 ゆきが失礼な話といった意味が目雲は分かった。特別気に入られようとはしていないと言っているようなものだからだなと。そしてただどんな反応なのか知りたいだけなのだとも理解した。

「なるほど、だからゆきさんにとっては興味があるということなんですね」

 本来ならばもっと重大に受け止めるべきことを、目雲が過度に思い煩わないように変に好感を得ようとは本気で思ってない傍ら、ただの好奇心も抱いている自分に薄情さのようなものも感じていた。

「すみません、生意気な奴で」

 申し訳なさげな声色と頭を下げる様子を視界の端で感じる目雲は、その心の内を言わないでいてもゆきなら話を誤魔化すことだってできたはずなのに、隠さず言ってくれるところに好感が上がる。

 目雲が求めている関係をどこかで察知しているからだろうと常日頃から思っていた。それでいてきっちり線引きができていて、良い例にお互いの仕事の内容はあまり口にすることがない。これが皆無だと聖域のようでまた違う印象を持つところを、程よくその日あったことや目雲の仕事の概要だとかは話題に上るため、目雲も尋ねやすい。
 無理をしてなんでも話すわけではないと安心感にも繋がっていた。
 ゆきに生意気な印象を持ったことは一度もなかった。

「そんなことないですよ、ゆきさんは僕個人との関係を重視してくれているんだと改めて分かってすごく嬉しいです」
「あわよくば目雲さんの話もいっぱい聞けたらいいなとも思ってたりもしますけど」

 そんな思惑もゆきが言うからリップサービスでないとさらに嬉しさが増す。

「それは僕も同じです。僕はゆきさんのことを兎に角たくさん知りたいんです。……なんて言い方をするとすごく気持ち悪い人間ですけど」

 そう思うのは好きだからというだけでなく、未だゆきの本心がどこかで分からない不安があったからだった。

 たくさんのことを話してくれると感じる一方で目雲にとってゆきはどこか掴みどころがない感触もあった。感情の起伏があまり感じられず、告白された時も告白した時も、驚いていたり涙を流したりしていても、ゆきらしさを全く失わずそしてすぐに笑顔に変わる。

 それが目雲は不安材料になっていた。
 目雲は自分にはゆきの本当の感情が見えていないのではないかと。
 だから、目雲にとってゆきの家族に会うことはゆきの心を知る大きなきっかけにならないかと期待していた。

 ただそれが付き合いって間もないからこそ、重いという自覚もあった。

「無関心よりよっぽど喜ばしいです」

 ゆきはいつも通り笑顔で喜んだ。そこに嘘や誤魔化しは全然感じられないから、目雲はつい顧慮し過ぎそうになるのを堪えて、素直に受け取り、伝えることに努める。

「そう言ってもらえると安心します、なので今回のことも僕にとっては渡りに船と言いますか、もちろん僕自身のことも知ってもらって、できるだけゆきさんのご家族に気に入っていただきたいとも思っています」
「私はその家族の方が心配です、目雲さんに迷惑かけないかだけ。父も母もこういう特別なことがあると張り切り過ぎて、予測不可能なんですよね」

 ゆきの憂い顔にそんな顔をさせることができる家族という存在の偉大さを見る。

「お会いできるのがますます楽しみです」

 そして、そのゆきの一抹の不安は少し当たる。




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