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第三章 いつも隣に
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ゆきと宮前の関係を邪推しないのには、二人が必ず目雲を除け者にしないからだ。二人だけで話していても、二人とも目雲の方に視線を向ける瞬間が何度もあり、目雲と目が合うと笑ったり、宮前なんかは呆れていたり、妙なドヤ顔を見せていたり、からかっているような時も多い。ゆきはそんな宮前を笑っていたりもする。
「年上の人に言うには烏滸がましいですけど、お友達になれるというか、宮前さんがいうところの友達としての相性が良かったんだと思います。宮前さんはどうなのかはわからないから私の感覚的にはってことですけど」
「今まで隼二郎を疎ましがらなかった人はいなかったですから」
疎ましいと思われる言動をせず上手い立ち回りを宮前こそが持っていると感じているゆきは、敢えてそれ以外の部分を突っ込んだ。
「歴代彼女がいることを匂わせてますよ」
「すみません」
慌てて謝る様にゆきは笑う。宮前との会話でいくらでもそんなことは分かっていたが気にもしなかったゆきが敢えてそんなことを言ったのは、ただそのままスルーするのも目雲にいらない不安を抱かせるかと思ったからだ。
「冗談です、宮前さん相当な気遣いの人だと思うんですけど、そんな気にする人が多かったんですね」
「たぶん僕も悪かったんだと思います、彼女といるより隼二郎をいる方が楽なので、それが伝わっていたんでしょう」
それにはゆきも大いに頷けた。
「宮前さんといる時の目雲さんはとっても気楽な空気感出てますから。確かに最初は私の方が邪魔してるのかと思いました」
「邪魔だなんて思ったことありません」
真顔で否定するからゆきは柔らかい表現に変える。
「気を使っていただいているのかと思っていたんです、目雲さんは特に食事の時いろいろとお世話してくれていたので、出会った時たまたま私が手助けした感じになってしまったので、特にそうさせるのかなと」
初めて宮前に食事に誘われた時にゆきは自身が抱く警戒心以上のものを宮前から感じ取っていた。親切な目雲に付け入る悪い女とでも思われてるんだろうなと考えながら、そんな奴が隣に住んでいるというのはお互い精神的負担になりかねないと、無害だと言うことを伝えるために一度だけ誘いに乗ることに思惑があった。
実際行ってみれば目雲は丁寧にもてなしてくれるし、宮前はそれとなく、ゆきの人となりを知ろうとしてはいるようでも、正直に答えるだけでそれ以上牽制を掛けてきたりもしなかったので、ほっとしたのを覚えていた。
「あれは、というか今もですね。ゆきさんの線の引き方が上手いから好きなように行動しても本当に嫌なことはせずに済むと分かるんです。遠慮するときはいつも僕の負担の心配であって、ゆきさん自身は喜んでくれると見て取れるのが僕の喜びになっています」
「た、怠惰なことがバレている。いいですか、目雲さん。こういう人間は甘やかしすぎるとよくないですよ?」
自分のことなのに棚に上げるのを目雲は優しい瞳で見つめる。
「ゆきさんの自立心の高さは周りの人間の方が分かっていると思います」
とても信じられず、ゆきの方が訝し気な顔をする。
「食生活の乱れをあれほど心配させたのにですか?」
「自己改善できることは分かっていて、僕がそれを待てなかっただけの話です」
「ちゃんとしてる人は、そもそも乱れません」
これには流石に自分のことなのに何を言っているんだとゆきも思った。
ずっと完璧な人なんていませんよと、自分のことも含めて言えるようになったと目雲がゆきの手をそっと取り、柔らかく握り込みながらそこへ視線を落としたまま、ゆきに言えなかったことを口にし始めた。
「確かに最初は隼二郎が言っていたように別れた原因とそれによる影響が出ていることを説明すると、どうしてもゆきさんがそのことを気にして僕に接するのではないかと不安がありました。あれこれされたり口出されたのが嫌だったと、そう単純だったら良かったんですけど、僕はそういうことを否定したいわけではないんです。何もかも僕の言うとおりにしてくれと思っているわけでもありません」
「なんとなくわかります」
「だから気を使ってやらないでくれても、やってもらっても、僕はそれが相手にどんな影響が出ているのか考えてしまう。それでは前と同じで続かないのは分かっている。だから、ゆきさんに詳細を知ってほしくなかったんです」
ただその理由なら宮前が言っていたことあまり変わらないようにゆきは思った。そうなるとそれとは別の心理が目雲に働いたのではないかと考える。
「それ以外にも理由が?」
目雲はそっと息をのみでから、決死の覚悟でゆきを目を見た。
「自分も他人も思いやれない人間だとゆきさんにバレるのが怖かった」
そのまま意味を理解する前に、瞬間的にゆきは首を振っていた。
「そんな風には」
「隼二郎が上手く話してくれたのもあると思います、でもゆきさんにはどうやっても気づかれると思うと言えませんでした」
話を聞いたところで今のところ目雲の印象に変化はないのだから、ゆきは目雲の方がよっぽど思慮深いと思ってしまう。
けれど今はそれを訂正する場面でもないのかもしれないと、ゆきは話してくれるつもりになった方が気になった。
「一緒に暮らし始めたから話してくれたんですか?」
「いえ、違います」
「なぜだか聞いてもいいですか?」
「ゆきさんはそういう次元じゃなかったからです」
「そういう次元?」
「好きなんです、ゆきさんのこと」
「え! あれ、……次元の……じゃなくて、えっと」
唐突な告白に、あからさまにあたふたと取り乱すゆきが目雲はまた好きが積もる。
どういう心理でゆきが目雲の告白に動揺するのか、照れているような雰囲気は感じられるものの正確なところはまだ目雲には分からない。いつか聞いてみようとは思っているが、考察した結果ゆきが対応してその姿が見れなくなるのも惜しく、聞かないでいた。
ゆきが、目雲の言葉にかき乱されながらも、目雲のこと知ろうとしてくれているのが分かりまたの機会にすることにした。
「……もう少し分かりやすく……お願いします」
目雲はとても言い表せられないと言いながら、具体的なことをゆきに告げる。
「心配になるくらい本を読むところも、僕を気遣ってじゃんけんしてくれることも、それで勝っても負けても喜んでくれるところも、僕の態度がゆきさんと他とで違っても何も気にしないところも、お酒を飲んで変わるところも、デートの行き先が際限なく出てくるところも、自分に無頓着なところも、知れば知るほど好きです」
何もかもだと言われているのだとゆきが分からないわけがなかった。
「私を……仕留めにきてますか?」
「そういうところも好きです」
いつかスキと愛美とふざけていた時は面白がることができたが、目雲に言われるとゆきの心臓はその都度痛いほど跳ねる。
ゆきは目雲のどこか嬉しそうなその表情に頬を赤くしてしまうが、伝わり切らない真相を聞かずいられない。
「とても、その、好かれていることは、分かりましたが、肝心の理由に行きあたらないのです」
「僕のことを知って多少変わってしまっても、僕はゆきさんを見ていることが好きなので、辛そうだと思えば支えればいいし、気を使い過ぎてると思えばその分甘やかせばいいし、僕に幻滅したならまた信頼してもらえるようにすればいい。僕も変われば良いだけだなと思ったからです。ゆきさんは過去を聞いたくらいで、いきなり切り捨てたりはしない人だと理解できていると思いますし、そうやって侮ることはやめました。それにゆきさんに一瞬で嫌われるほどの酷い生き方もしてないと自分のことも思えるようになりました」
ゆきは目を点にするしかなかった。
「目雲さん、あの、ご自分が凄いこと言っていると自覚してますか?」
「凄いことだとは思っていませんが、ゆきさんが一周回って恥ずかしがらなくなったことなら分かります」
「折角切り離してるので、連れ戻さないで下さい。会話できなくなっちゃいますよ」
「それはそれで可愛いからいいですよ」
うっ、と言葉を詰まらせながらゆきは自分を立て直す。
「一旦それは後回しで」
「後ならいいんですか?」
「聞かないで下さい」
「否定しないでくれるところも好きです」
「くッ……うぅ、一生目雲さんに勝てる日は来ないですね……」
「あっさり一生とか言ってくれるところも好きですよ」
「あ、……だからそういう……、兎に角目雲さんは私の変化にも対応するから話してもいいと思ってくれたってことですね」
「あと、もう一つ」
十分すぎるくらいだったのに、まだ何があるのだろうかとゆきは全く想像できない。
「他にも何か教えてもらえるんですか?」
「ふわふわの正体です」
瞬時にゆきが瞳を輝かせる。
「それが分かったんですか?」
「子供の頃の感覚に近いんだと思います。毎日が楽しみというか、何も考えず無邪気に暮らす感じというか、好きなことだけ考えているというか」
「なるほど、それはすごく納得できます」
大きく楽し気に頷くゆきに、目雲はまた嬉しくなる。
「納得してくれるゆきさんが好きです」
「それ、まだ続いてたんですね……」
目雲は口元に手を当て笑う。
「いえ、これはからかっているとかではなくて、一般的には三十も半ばの男がふわふわするなんて表現で自分の感情を表せば少し何かを疑われますし、それが子供に戻ったようだと言えば何をふざけたことを言ってるんだと感じられると思います」
「そう、なんでしょうか?」
ゆきには残念ながらその感覚ははっきりと捉えることはできなかった。
「そして客観的にはそういう言動が僕は更に似合わない。僕もゆきさんだから明確でない表現をしても許されると分かって伝えている部分もあります」
「うーん、人を見て言い方を変えることは確かにおかしなことではないと分かります。伝わらなければ意味がないですから」
「それです、ゆきさんには伝わる。僕自身掴めていない感情でもそのままでいいと言ってくれて、それが分かったとそのままを伝えても分かってくれる。そして分からなければ聞いてくれて、言いたくなければ、それもそのまま受け入れてくれる。それは僕にとってとてつもない安心材料です」
「買いかぶりすぎですよ」
ゆきの眉は下がるが、目雲はゆきに感謝をもっと伝えたかった。
「他人どころか自分も分からなくなった僕を、一つずつ確かなものにしていってくれたんです。ゆきさんはもっと僕に恩着せがましくていいんです、尊大にふるまったって僕はそれさえ嬉しいと思うはずです」
自分がそうすることを想像してみるがゆきにはとても無理そうだった。
「いや、それはちょっと私が自分のこと嫌になりそうなので、できないです」
本当に嫌そうなゆきに目雲は微笑み返す。
「そういうところも好きです」
目を見開いて息が止まったが、息苦しいまま目雲に頷いた。
「……分かりました。もう……分かりました……」
これ以上は心臓どころか脳もショートしそうだと、ゆきは一つ深呼吸した。
「分かってくれましたか?」
「はい、なんか……いろいろ、分かりました」
「では、続きをしていいですか?」
ゆきに感情に休む暇はなかった。
「……続きって、あの、さっきの、会話できなくなる、あれ、ですか?」
「はい」
「続きというか、もうずっと続いてますよね……、私は、もうすでに、どこかに閉じこもって、一人で悶絶したい気持ちでいっぱいです」
とっくの昔に許容量の限界を突破していたが、目雲のことを理解したい一心でそれを無視していたのだから、本来の自分を思い出せばもう隠れてしまいたくなっている。
「閉じこもらないで悶絶してください」
「目雲さぁーん、もう駄目です、限界です!」
ゆきは膝を抱えて、顔を埋めた。その頭を目雲が撫でる。
「では一緒に寝室に閉じこもりましょうか」
優しい手つきと声とは裏腹な誘いに、ゆきはそろそろと少しだけ顔を傾け、髪の隙間から目雲を伺う。
「……あからさまです……目雲さん」
そのゆきの髪を目雲が撫でるように親指でかきあげ、より表情を見やすくする。
どこが不満そうなゆきに目雲は微笑みそうになるのをわざと隠して、真面目な顔をする。
「もっとストレートに言うこともできますが」
「え」
「ゆきとしたい」
ゆきの理解が及ぶ前に目雲が言うと、ゆきはまた膝を抱えた腕の中に顔を戻してしまった。そしてそのまま目雲に訴える。
「…………含みを持たせた表現は日本語の美徳です……」
けれど目雲はさらにゆきの言葉を大げさに納得してみせた。
「そうだな、まだ含みのある表現だ」
言葉遣いが変わったことに気づき、ゆっくり背筋を伸ばして訝しげにではあるかゆきはしっかり目雲を見つめた。
「……十分直接的です」
「もっと言おうか?」
楽しげな表情に変わった目雲に、
「いえ、大丈夫です。それに拒んでいるわけでもないですし、ちょっと心臓の当たりが苦しいだけなので、それを中和してるだけです」
「運ぼうか?」
ゆきの顔を覗き込むように首を傾げたから、その内容もその仕草にもゆきの心臓は跳ねる。
「あ、歩けます」
妙な提案に動揺が隠しきれなかったゆきの手を笑顔の目雲が握る。
「ゆきと話すとどんな話もこんな終わりにできる」
「私がとんでもない色好みみたいになってます」
目雲に繋がれていない方の手でデコルテあたりを撫でてゆきは冷静を取り繕いつつ、そこまでではないはずだと抗議をする。
目雲はゆきとは逆に穏やかな表情でその様子を見ている。
「幸せな気分でいられる」
「言いなおしてくれてありがとうございます」
「他に誰も聞いてない」
勘違いされてもされなくても特に問題はないと目雲は敢えて含ませると、ゆきは首を振って自慢気に言う。
「私が聞いてます」
「ここで押し倒すぞ」
「何でそうなるんですか!」
ゆきには全く何も予想外な言葉に声量が上がった。
目雲は不敵に微笑む。
「ゆきだけが俺の言葉を聞いてるなんて言われれば欲情する」
言葉とは違い、手を握ったままで距離感は変わらないから半分はからかわれているとゆきは思っていた。
「理解に苦しみます……」
徒労感をわざわざ滲ませて訴えたが、目雲はどこ吹く風だ。
「ベッドの上で理解させる」
「……やっぱり周弥には敵わない」
一矢報いてやろうとしたゆきの作戦は失敗だった。
「今すぐ押し倒されたいようだ」
目の色が変わったように感じたゆきは、未だ目雲のスイッチが掴みかねているからこそこれ以上煽る前にと不用意なことを言わないように、ピクニックにでも誘うように唐突に明るい声を出した。
「行きましょう、寝室!」
ついにはゆきが立ち上がり、手を繋いだまま寝室に引っ張っていく。
そんなゆきに目雲はやはり楽しげに愛おしげについて行った。
「年上の人に言うには烏滸がましいですけど、お友達になれるというか、宮前さんがいうところの友達としての相性が良かったんだと思います。宮前さんはどうなのかはわからないから私の感覚的にはってことですけど」
「今まで隼二郎を疎ましがらなかった人はいなかったですから」
疎ましいと思われる言動をせず上手い立ち回りを宮前こそが持っていると感じているゆきは、敢えてそれ以外の部分を突っ込んだ。
「歴代彼女がいることを匂わせてますよ」
「すみません」
慌てて謝る様にゆきは笑う。宮前との会話でいくらでもそんなことは分かっていたが気にもしなかったゆきが敢えてそんなことを言ったのは、ただそのままスルーするのも目雲にいらない不安を抱かせるかと思ったからだ。
「冗談です、宮前さん相当な気遣いの人だと思うんですけど、そんな気にする人が多かったんですね」
「たぶん僕も悪かったんだと思います、彼女といるより隼二郎をいる方が楽なので、それが伝わっていたんでしょう」
それにはゆきも大いに頷けた。
「宮前さんといる時の目雲さんはとっても気楽な空気感出てますから。確かに最初は私の方が邪魔してるのかと思いました」
「邪魔だなんて思ったことありません」
真顔で否定するからゆきは柔らかい表現に変える。
「気を使っていただいているのかと思っていたんです、目雲さんは特に食事の時いろいろとお世話してくれていたので、出会った時たまたま私が手助けした感じになってしまったので、特にそうさせるのかなと」
初めて宮前に食事に誘われた時にゆきは自身が抱く警戒心以上のものを宮前から感じ取っていた。親切な目雲に付け入る悪い女とでも思われてるんだろうなと考えながら、そんな奴が隣に住んでいるというのはお互い精神的負担になりかねないと、無害だと言うことを伝えるために一度だけ誘いに乗ることに思惑があった。
実際行ってみれば目雲は丁寧にもてなしてくれるし、宮前はそれとなく、ゆきの人となりを知ろうとしてはいるようでも、正直に答えるだけでそれ以上牽制を掛けてきたりもしなかったので、ほっとしたのを覚えていた。
「あれは、というか今もですね。ゆきさんの線の引き方が上手いから好きなように行動しても本当に嫌なことはせずに済むと分かるんです。遠慮するときはいつも僕の負担の心配であって、ゆきさん自身は喜んでくれると見て取れるのが僕の喜びになっています」
「た、怠惰なことがバレている。いいですか、目雲さん。こういう人間は甘やかしすぎるとよくないですよ?」
自分のことなのに棚に上げるのを目雲は優しい瞳で見つめる。
「ゆきさんの自立心の高さは周りの人間の方が分かっていると思います」
とても信じられず、ゆきの方が訝し気な顔をする。
「食生活の乱れをあれほど心配させたのにですか?」
「自己改善できることは分かっていて、僕がそれを待てなかっただけの話です」
「ちゃんとしてる人は、そもそも乱れません」
これには流石に自分のことなのに何を言っているんだとゆきも思った。
ずっと完璧な人なんていませんよと、自分のことも含めて言えるようになったと目雲がゆきの手をそっと取り、柔らかく握り込みながらそこへ視線を落としたまま、ゆきに言えなかったことを口にし始めた。
「確かに最初は隼二郎が言っていたように別れた原因とそれによる影響が出ていることを説明すると、どうしてもゆきさんがそのことを気にして僕に接するのではないかと不安がありました。あれこれされたり口出されたのが嫌だったと、そう単純だったら良かったんですけど、僕はそういうことを否定したいわけではないんです。何もかも僕の言うとおりにしてくれと思っているわけでもありません」
「なんとなくわかります」
「だから気を使ってやらないでくれても、やってもらっても、僕はそれが相手にどんな影響が出ているのか考えてしまう。それでは前と同じで続かないのは分かっている。だから、ゆきさんに詳細を知ってほしくなかったんです」
ただその理由なら宮前が言っていたことあまり変わらないようにゆきは思った。そうなるとそれとは別の心理が目雲に働いたのではないかと考える。
「それ以外にも理由が?」
目雲はそっと息をのみでから、決死の覚悟でゆきを目を見た。
「自分も他人も思いやれない人間だとゆきさんにバレるのが怖かった」
そのまま意味を理解する前に、瞬間的にゆきは首を振っていた。
「そんな風には」
「隼二郎が上手く話してくれたのもあると思います、でもゆきさんにはどうやっても気づかれると思うと言えませんでした」
話を聞いたところで今のところ目雲の印象に変化はないのだから、ゆきは目雲の方がよっぽど思慮深いと思ってしまう。
けれど今はそれを訂正する場面でもないのかもしれないと、ゆきは話してくれるつもりになった方が気になった。
「一緒に暮らし始めたから話してくれたんですか?」
「いえ、違います」
「なぜだか聞いてもいいですか?」
「ゆきさんはそういう次元じゃなかったからです」
「そういう次元?」
「好きなんです、ゆきさんのこと」
「え! あれ、……次元の……じゃなくて、えっと」
唐突な告白に、あからさまにあたふたと取り乱すゆきが目雲はまた好きが積もる。
どういう心理でゆきが目雲の告白に動揺するのか、照れているような雰囲気は感じられるものの正確なところはまだ目雲には分からない。いつか聞いてみようとは思っているが、考察した結果ゆきが対応してその姿が見れなくなるのも惜しく、聞かないでいた。
ゆきが、目雲の言葉にかき乱されながらも、目雲のこと知ろうとしてくれているのが分かりまたの機会にすることにした。
「……もう少し分かりやすく……お願いします」
目雲はとても言い表せられないと言いながら、具体的なことをゆきに告げる。
「心配になるくらい本を読むところも、僕を気遣ってじゃんけんしてくれることも、それで勝っても負けても喜んでくれるところも、僕の態度がゆきさんと他とで違っても何も気にしないところも、お酒を飲んで変わるところも、デートの行き先が際限なく出てくるところも、自分に無頓着なところも、知れば知るほど好きです」
何もかもだと言われているのだとゆきが分からないわけがなかった。
「私を……仕留めにきてますか?」
「そういうところも好きです」
いつかスキと愛美とふざけていた時は面白がることができたが、目雲に言われるとゆきの心臓はその都度痛いほど跳ねる。
ゆきは目雲のどこか嬉しそうなその表情に頬を赤くしてしまうが、伝わり切らない真相を聞かずいられない。
「とても、その、好かれていることは、分かりましたが、肝心の理由に行きあたらないのです」
「僕のことを知って多少変わってしまっても、僕はゆきさんを見ていることが好きなので、辛そうだと思えば支えればいいし、気を使い過ぎてると思えばその分甘やかせばいいし、僕に幻滅したならまた信頼してもらえるようにすればいい。僕も変われば良いだけだなと思ったからです。ゆきさんは過去を聞いたくらいで、いきなり切り捨てたりはしない人だと理解できていると思いますし、そうやって侮ることはやめました。それにゆきさんに一瞬で嫌われるほどの酷い生き方もしてないと自分のことも思えるようになりました」
ゆきは目を点にするしかなかった。
「目雲さん、あの、ご自分が凄いこと言っていると自覚してますか?」
「凄いことだとは思っていませんが、ゆきさんが一周回って恥ずかしがらなくなったことなら分かります」
「折角切り離してるので、連れ戻さないで下さい。会話できなくなっちゃいますよ」
「それはそれで可愛いからいいですよ」
うっ、と言葉を詰まらせながらゆきは自分を立て直す。
「一旦それは後回しで」
「後ならいいんですか?」
「聞かないで下さい」
「否定しないでくれるところも好きです」
「くッ……うぅ、一生目雲さんに勝てる日は来ないですね……」
「あっさり一生とか言ってくれるところも好きですよ」
「あ、……だからそういう……、兎に角目雲さんは私の変化にも対応するから話してもいいと思ってくれたってことですね」
「あと、もう一つ」
十分すぎるくらいだったのに、まだ何があるのだろうかとゆきは全く想像できない。
「他にも何か教えてもらえるんですか?」
「ふわふわの正体です」
瞬時にゆきが瞳を輝かせる。
「それが分かったんですか?」
「子供の頃の感覚に近いんだと思います。毎日が楽しみというか、何も考えず無邪気に暮らす感じというか、好きなことだけ考えているというか」
「なるほど、それはすごく納得できます」
大きく楽し気に頷くゆきに、目雲はまた嬉しくなる。
「納得してくれるゆきさんが好きです」
「それ、まだ続いてたんですね……」
目雲は口元に手を当て笑う。
「いえ、これはからかっているとかではなくて、一般的には三十も半ばの男がふわふわするなんて表現で自分の感情を表せば少し何かを疑われますし、それが子供に戻ったようだと言えば何をふざけたことを言ってるんだと感じられると思います」
「そう、なんでしょうか?」
ゆきには残念ながらその感覚ははっきりと捉えることはできなかった。
「そして客観的にはそういう言動が僕は更に似合わない。僕もゆきさんだから明確でない表現をしても許されると分かって伝えている部分もあります」
「うーん、人を見て言い方を変えることは確かにおかしなことではないと分かります。伝わらなければ意味がないですから」
「それです、ゆきさんには伝わる。僕自身掴めていない感情でもそのままでいいと言ってくれて、それが分かったとそのままを伝えても分かってくれる。そして分からなければ聞いてくれて、言いたくなければ、それもそのまま受け入れてくれる。それは僕にとってとてつもない安心材料です」
「買いかぶりすぎですよ」
ゆきの眉は下がるが、目雲はゆきに感謝をもっと伝えたかった。
「他人どころか自分も分からなくなった僕を、一つずつ確かなものにしていってくれたんです。ゆきさんはもっと僕に恩着せがましくていいんです、尊大にふるまったって僕はそれさえ嬉しいと思うはずです」
自分がそうすることを想像してみるがゆきにはとても無理そうだった。
「いや、それはちょっと私が自分のこと嫌になりそうなので、できないです」
本当に嫌そうなゆきに目雲は微笑み返す。
「そういうところも好きです」
目を見開いて息が止まったが、息苦しいまま目雲に頷いた。
「……分かりました。もう……分かりました……」
これ以上は心臓どころか脳もショートしそうだと、ゆきは一つ深呼吸した。
「分かってくれましたか?」
「はい、なんか……いろいろ、分かりました」
「では、続きをしていいですか?」
ゆきに感情に休む暇はなかった。
「……続きって、あの、さっきの、会話できなくなる、あれ、ですか?」
「はい」
「続きというか、もうずっと続いてますよね……、私は、もうすでに、どこかに閉じこもって、一人で悶絶したい気持ちでいっぱいです」
とっくの昔に許容量の限界を突破していたが、目雲のことを理解したい一心でそれを無視していたのだから、本来の自分を思い出せばもう隠れてしまいたくなっている。
「閉じこもらないで悶絶してください」
「目雲さぁーん、もう駄目です、限界です!」
ゆきは膝を抱えて、顔を埋めた。その頭を目雲が撫でる。
「では一緒に寝室に閉じこもりましょうか」
優しい手つきと声とは裏腹な誘いに、ゆきはそろそろと少しだけ顔を傾け、髪の隙間から目雲を伺う。
「……あからさまです……目雲さん」
そのゆきの髪を目雲が撫でるように親指でかきあげ、より表情を見やすくする。
どこが不満そうなゆきに目雲は微笑みそうになるのをわざと隠して、真面目な顔をする。
「もっとストレートに言うこともできますが」
「え」
「ゆきとしたい」
ゆきの理解が及ぶ前に目雲が言うと、ゆきはまた膝を抱えた腕の中に顔を戻してしまった。そしてそのまま目雲に訴える。
「…………含みを持たせた表現は日本語の美徳です……」
けれど目雲はさらにゆきの言葉を大げさに納得してみせた。
「そうだな、まだ含みのある表現だ」
言葉遣いが変わったことに気づき、ゆっくり背筋を伸ばして訝しげにではあるかゆきはしっかり目雲を見つめた。
「……十分直接的です」
「もっと言おうか?」
楽しげな表情に変わった目雲に、
「いえ、大丈夫です。それに拒んでいるわけでもないですし、ちょっと心臓の当たりが苦しいだけなので、それを中和してるだけです」
「運ぼうか?」
ゆきの顔を覗き込むように首を傾げたから、その内容もその仕草にもゆきの心臓は跳ねる。
「あ、歩けます」
妙な提案に動揺が隠しきれなかったゆきの手を笑顔の目雲が握る。
「ゆきと話すとどんな話もこんな終わりにできる」
「私がとんでもない色好みみたいになってます」
目雲に繋がれていない方の手でデコルテあたりを撫でてゆきは冷静を取り繕いつつ、そこまでではないはずだと抗議をする。
目雲はゆきとは逆に穏やかな表情でその様子を見ている。
「幸せな気分でいられる」
「言いなおしてくれてありがとうございます」
「他に誰も聞いてない」
勘違いされてもされなくても特に問題はないと目雲は敢えて含ませると、ゆきは首を振って自慢気に言う。
「私が聞いてます」
「ここで押し倒すぞ」
「何でそうなるんですか!」
ゆきには全く何も予想外な言葉に声量が上がった。
目雲は不敵に微笑む。
「ゆきだけが俺の言葉を聞いてるなんて言われれば欲情する」
言葉とは違い、手を握ったままで距離感は変わらないから半分はからかわれているとゆきは思っていた。
「理解に苦しみます……」
徒労感をわざわざ滲ませて訴えたが、目雲はどこ吹く風だ。
「ベッドの上で理解させる」
「……やっぱり周弥には敵わない」
一矢報いてやろうとしたゆきの作戦は失敗だった。
「今すぐ押し倒されたいようだ」
目の色が変わったように感じたゆきは、未だ目雲のスイッチが掴みかねているからこそこれ以上煽る前にと不用意なことを言わないように、ピクニックにでも誘うように唐突に明るい声を出した。
「行きましょう、寝室!」
ついにはゆきが立ち上がり、手を繋いだまま寝室に引っ張っていく。
そんなゆきに目雲はやはり楽しげに愛おしげについて行った。
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千歳が遼平に近づくにつれ、『一途な想い』が複雑に交錯していく。
第14回恋愛小説対象にエントリーしています。
※別タイトルで他サイト様掲載作品になります。
番外編は現時点でアルファポリス様限定で掲載しております。
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