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エピローグ
エピローグ前編
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寒さも一層深まった頃、コテージタイプのグランピング施設を一棟貸し切りにして泊まりに来ていた。
目雲、ゆき、瀬戸口家族、それに宮前と愛美も参加している。他にもひろ子の友達家族が一組きていて、この計画を立てた時、友達家族をひろ子が誘っていたので、そのひろ子に目雲が言われて友人として試しに宮前と愛美を誘ったのだ。
昼前には全員到着し、コテージの広いテラスで食事の準備とその周りで子供と遊ぶの二グループに別れることになった。
目雲は少し離れたところでひろ子と晋太郎とひろ子の友人夫婦とその子供二人と遊んでいる。
ひろ子の友人夫婦とは目雲は仕事上で顔見知りだったので、全くの初対面ではなく、ある程度人となりも分かっていたので、ゆきに紹介するのも良いかと目雲が判断したことが今回のグランピング開催の決定打だった。もちろん発案はひろ子だ。
「どうなんよ、念願の同棲生活は?」
ひろ子に聞かれた目雲はあっさりと答える。
「何の問題もないです」
「喧嘩とかしないの?」
「今のところはないですね」
生活改善の指導は入ったけど、とゆきは離れたところで聞きながら思っていた。
調理担当のゆき、宮前、愛美、朋一は最初から用意されている食材と、持ち込んだものを仕込みながら、バーベキュー用の火をおこしたりしている。
火の近くは暖かいと言う目雲によって、今回ゆきは調理担当になった。テラスには屋外用の暖房器具もあるので、確かにゆきでもそこまで凍えることはなかった。
家具職人をしている友人夫婦もまたざっくばらんな二人だった。
「今はまだ、一緒に居られるだけで楽しい時期か」
茶化すように言う奥さんの横で旦那が目雲に予言をする。
「そのうち家事とかの割合で揉め出すよ」
「ないと思います」
目雲がやけにはっきり言うから呆れた顔をする。
「目雲が料理してるからってこと? それは考えが甘いわ」
ひろ子は以前家事は喧嘩の種だとゆきに言っこともあり、気にかかってしまう。
「それ以外はゆきちゃんがしてるの?」
日頃料理を目雲がしているのはすっかり周知の事実になっている。
ひろ子が聞くので目雲は簡潔に答える。
「洗濯はゆきさんの担当です。掃除はその時々で違います」
「家事ってそれだけじゃないじゃん? なんか細々とね」
「そこはゆきさんがやってくれています。あらゆるところのソープや洗剤の補充、細かい埃取り、消耗品も使えば必ず買い物メモを残してくれますし、買い足したらそのメモを消すことも抜かりないです。郵便物の仕分けもしてくれて、シュレッダー箱の用意があってそこに入れるといつの間にか処分もされてます。そういう何気ないことは気が付いた時に必ずやる習慣をつけたと言っていました」
抜かりない目雲はちゃんとゆきと話をして、自分も気がつけるように、寧ろゆきより先にできることに喜びすら感じるほど、ゆきの家事習慣のマメさを実感していた。
旦那が子供用のバドミントンで遊んでいるのを眺めながら、奥さんが感心した。
「地味にめんどいことなんだよね、そういうのってさ。ゆきちゃんすごい。だからこそ積もり積もって爆発しちゃうかもよ」
「そこは僕も聞きました、気を使い過ぎで疲れてしまうと一緒に暮らしている意味がないですから。そうしたら驚かれました」
そこにいた大人は自分がやるのが当たり前だとゆきは思っていたのだとその言葉を受け取った。
「ゆきちゃんとんだクズ男としか付き合ったことなかったのかな」
けれどそれは勘違いだ。
目雲はゆきがそうなるに至った経緯を説明する。
「いえ、気が付いた僕に驚いたわけではなく、ほとんど無意識でしているらしいです。意識すると面倒くさ過ぎて後回しどころではなくなるからと気が付いたら行動するのは無意識になるまで一人暮らしで身につけた生きる術だと。仕事で家にいることが多いので、その考え事をしながら気分転換がてらだということです。座りっぱなしだと体にも悪いからというのと、外に出た時には一気に用事を済ませたいからメモを残すこともそのためだと」
それでも夢中になりすぎることがあるのはゆきはもちろん目雲も分かっていた。
「ゆきちゃん意外に効率を重視してるんだね」
聞こえてくる会話に、本を読む時間が長すぎるからなんだとゆきはひっそり苦笑していた。
宮前も目雲達の様子を見ていて首を傾げている。
「なんで周弥が質問攻めにされてるんだろう」
「面白いからですよ」
朋一は笑いながら言う。
「そうだろうけど、こういう時はゆきちゃんに聞かない?」
宮前も持ち前の社交性で初対面の相手ともすでに打ち解けている。
「ゆきちゃんに目雲の生態聞くのも面白そうだけど、ゆきちゃんの話をする目雲は仕事の時と違い過ぎて。思考回廊が謎過ぎるけど、実際は超シンプルじゃないですか? ゆきちゃんが可愛いとか一緒にいたいとか、それを聞き出したいんでしょ」
宮前は目雲が誘った時から二つ返事で参加だった。初対面の相手に抵抗がないからだ。
愛美はそれほど社交的ではないが、動画の企画の構想の参考になるかもしれないと参加を選んだ。今回のグランピングそのものを動画にすることはないが、部屋でキャンプメイクの動画を夜撮ろうかとゆきと話したりもしている。
愛美の参加を知って一番喜んだのはひろ子の友達夫婦の奥さんの方だった。愛美のチャンネルの視聴者でファンだったらしく、事前には同僚の彼女の友達としか知らされていなかったせいで最初に会った瞬間に悲鳴にならない悲鳴を上げて、一瞬で打ち解けていた。
そして皆で世間は狭いと言い合った。
下準備を進める中でも会話は続く。
「ゆきちゃんはその呼び方変えないの?」
ふいに朋一が気になっていることを聞くと愛美が答えた。
「恥ずかしいらしいです」
朋一は自身にこだわりがあったからこそ余計に気になっていた。
「俺はさ、もうひろ子を好きになった時自分の苗字変えるつもりしかなかったから、上下関係無視して名前呼びしてたけど、その時はひろ子さんって」
好きになった時点で苗字に意識が向く程だったのだとゆきが微笑む。
「付き合う前から結婚前提だったんですね」
「運命だと思ったからね」
「運命ですか?」
聞き返したのは愛美だった。それに宮前が笑う。
「メグちゃんは懐疑的?」
「え、宮前さんは肯定派ですか?」
「俺はどこからどうみてもロマンティストでしょ」
素敵に微笑んで見せる宮前に愛美は目を細める。
「ん、うーん……まあそうなのかもです」
「うわ、全然思ってなさそう」
「宮前さんのロマンティックな話は聞いたことがないですからね」
愛美に言われ、事実話せる実体験はないと言わざるを得なかった。
「まあ、現実は現実だってことだよ」
「それは賛成です、ゆきは目雲さんとは運命って感じ?」
ゆきは考えながら答えを探す。
「人知を超えた何かに定められた物事ってことだよね、超自然的な力の影響が人には存在するんだって」
「ゆきに言わせるとちょっとロマンティックさから遠ざかるんだよなぁ」
浪漫が必要ならと表現を変える。
「赤い糸とか?」
「そうそう、そういうの」
「そうだったらいいなとは思うけど、瀬戸口さんみたいに確信みたいなものはないかな」
言われた朋一が気が付いた。
「あ、その瀬戸口さんってのも目雲が言わせてるんだよね? やっぱり自分が名前呼ばれてないからじゃない?」
けれど宮前が今までの幼馴染の性格を考えて頷かない。
「どうだろう、周弥はそういうところゆきちゃんのことについては嫉妬深いのは認めるよ、でも自分の呼び方はゆきちゃんに任せてると思うけど」
それでも朋一も引かない。
「でもさ、名前で呼ぶって結構特別でしょ? 大人になると尚更、名前で呼び合うのって近しい人だけだからさ」
「ゆきの場合はなぜだか名前で呼ぶ人多いけどね」
言われて朋一も気がついた。
「そうか、俺たちもつい名前で呼んでるな」
「むしろ苗字で呼ぶ人の方が特別な感じがあるね。え? もしかしてそれで?」
はっとした宮前にゆきの方が驚く。
「え、そんな深い意味はなくて……」
自分が考えるより周りが重大な理由を求めだしている事態にゆきは漸く気が付いた。
朋一が原因を探る。
「じゃあやっぱり恥ずかしいから?」
「……いえ、もうそんなに恥ずかしくもないですけど」
だからといって変えようとは思ってなかったとゆきが考えていると、愛美が何か特別なこと意味でもあるのかと勘ぐる。
「二人っきりの時は呼んでるとか?」
「そんなには、呼んでないですね」
「たまには呼んでるんだ」
宮前が少しほっとしつつもにやりと笑うが、ゆきはそれもあって羞恥心は多少薄れてきたと感じている。
「目雲さんがからかうときに使う技なので、そろそろ慣れてきました」
「恥ずかしがるゆきをからかうのが楽しいのは分かるけど、それで慣れさせようとしてたんじゃない目雲さん」
目雲にそんな思惑は色々踏まえるとないだろうとは思ったが、ゆきの感覚の変化には多少影響もあったから否定もしない。
「じゃあ効果は抜群だ」
「呼んであげなよ、それこそ特別な関係なんだからさ」
「うーん」
朋一の勧めにゆきはしばし考えた。
意固地になるほど呼び方に拘っているわけではない。その上、周りが深読みしたくなるほど普通とは言い難い状態になっているとなると、ゆきもこれは良い機会だと判断する。
その前向きなゆきを感じた宮前が、いつものいたずら心を出す。
「どうせならここから呼びかけてみたら、今何があっち、みんなこっちに気をやってる余裕なさそうだし、いつもの仕返しもかねて」
「仕返しですか」
子どもたちに誘われて少し離れたところまで行っているが、振り回さてる様子が見て取れる。
ゆきもその楽しそうな様子を少し眺め、思いっきり息を吸った。
「周くん!」
「え!」
「え」
朋一も愛美も声を出し、宮前すら驚いた顔を見てゆきは何か拙かったかと首をひねる。
「あれ、地雷でしたか?」
「え? 地雷?」
困惑する宮前に、本来の名詞的な意味合いではなく、ネット界隈の言葉で通じなかったかなと説明を加える。
「元カノとかにはそう呼ばれていたとか? 在りし日の思いがよみがえったり?」
何か良くない記憶でも呼び起こさせる呪文だっただろうかとゆきは宮前を見た。
「そうなんですか?」
愛美も宮前を見る。
「いや、俺の知る限りでは周弥と付き合ってた子はみんな呼び捨てか、さん付けだったかな。というか、なんで君付け?」
朋一も、愛美も同じ疑問を持った様で、ゆきに視線を向けている。
「仕返しなので驚かせた方がいいのかと意外性を持たせんですが。目雲さんの実家でご兄弟の奥さんに周弥くんって呼ばれていたので、周弥さんって呼ぶよりもっと親しみが湧くかなと。あとそう呼ばれてるのは聞いたことがなかったのもあります」
「なるほど、意外性か」
ゆきの解説を聞いていた宮前がその背後の様子に気が付いた。
目雲が周りに何やら声を掛けてから足がこちらに向く。
「あ、来た」
宮前は笑うが、なぜか朋一が怯え始める。
「え、なんか怒ってる?」
朋一が僅かに焦る横で宮前が苦笑いする。
「あれ、困ってるのか? いや、怒ってるかも。特に俺とかに」
「ああ、ゆきに何言ったんだってことですか?」
愛美が宮前に聞いていたところで目雲はゆきの傍にやってきて、止まることなくゆきの手を掴む。
「ゆきさん! ちょっと、こっち」
「え、あ、はい」
てっきり宮前に文句でも言い始めるのかと思っていた一同は、風の様に通り過ぎていった目雲と一瞬で居なくなったゆきを見送るだけしかできなかった。
唖然としながらも、それ以上の動揺は訪れなかった。
「あーあ、連れて行かれちゃった」
愛美がどこか笑いを含むようにわざと棒読みで言えば、宮前も大丈夫だと頷きながら残された愛美と朋一を見た。
「まあ、ゆきちゃんになら詰め寄ったりしないでしょう」
「そうですね、準備進めましょうか」
「戻ってくるかな」
朋一は目雲のことは多少分かってもゆきのことについてはまだまだ知らないことばかりだからこそ、ぽつりと心配を零したら、宮前がその時はなんとかすると軽く請け負った。
「電話でもしたらいいよ」
愛美も明るく頷く。
「そうですね」
「二人が言うなら大丈夫か、じゃあ戻ってくるまでに完璧に準備しておこ」
何事もなかったように作業は再開された。
目雲、ゆき、瀬戸口家族、それに宮前と愛美も参加している。他にもひろ子の友達家族が一組きていて、この計画を立てた時、友達家族をひろ子が誘っていたので、そのひろ子に目雲が言われて友人として試しに宮前と愛美を誘ったのだ。
昼前には全員到着し、コテージの広いテラスで食事の準備とその周りで子供と遊ぶの二グループに別れることになった。
目雲は少し離れたところでひろ子と晋太郎とひろ子の友人夫婦とその子供二人と遊んでいる。
ひろ子の友人夫婦とは目雲は仕事上で顔見知りだったので、全くの初対面ではなく、ある程度人となりも分かっていたので、ゆきに紹介するのも良いかと目雲が判断したことが今回のグランピング開催の決定打だった。もちろん発案はひろ子だ。
「どうなんよ、念願の同棲生活は?」
ひろ子に聞かれた目雲はあっさりと答える。
「何の問題もないです」
「喧嘩とかしないの?」
「今のところはないですね」
生活改善の指導は入ったけど、とゆきは離れたところで聞きながら思っていた。
調理担当のゆき、宮前、愛美、朋一は最初から用意されている食材と、持ち込んだものを仕込みながら、バーベキュー用の火をおこしたりしている。
火の近くは暖かいと言う目雲によって、今回ゆきは調理担当になった。テラスには屋外用の暖房器具もあるので、確かにゆきでもそこまで凍えることはなかった。
家具職人をしている友人夫婦もまたざっくばらんな二人だった。
「今はまだ、一緒に居られるだけで楽しい時期か」
茶化すように言う奥さんの横で旦那が目雲に予言をする。
「そのうち家事とかの割合で揉め出すよ」
「ないと思います」
目雲がやけにはっきり言うから呆れた顔をする。
「目雲が料理してるからってこと? それは考えが甘いわ」
ひろ子は以前家事は喧嘩の種だとゆきに言っこともあり、気にかかってしまう。
「それ以外はゆきちゃんがしてるの?」
日頃料理を目雲がしているのはすっかり周知の事実になっている。
ひろ子が聞くので目雲は簡潔に答える。
「洗濯はゆきさんの担当です。掃除はその時々で違います」
「家事ってそれだけじゃないじゃん? なんか細々とね」
「そこはゆきさんがやってくれています。あらゆるところのソープや洗剤の補充、細かい埃取り、消耗品も使えば必ず買い物メモを残してくれますし、買い足したらそのメモを消すことも抜かりないです。郵便物の仕分けもしてくれて、シュレッダー箱の用意があってそこに入れるといつの間にか処分もされてます。そういう何気ないことは気が付いた時に必ずやる習慣をつけたと言っていました」
抜かりない目雲はちゃんとゆきと話をして、自分も気がつけるように、寧ろゆきより先にできることに喜びすら感じるほど、ゆきの家事習慣のマメさを実感していた。
旦那が子供用のバドミントンで遊んでいるのを眺めながら、奥さんが感心した。
「地味にめんどいことなんだよね、そういうのってさ。ゆきちゃんすごい。だからこそ積もり積もって爆発しちゃうかもよ」
「そこは僕も聞きました、気を使い過ぎで疲れてしまうと一緒に暮らしている意味がないですから。そうしたら驚かれました」
そこにいた大人は自分がやるのが当たり前だとゆきは思っていたのだとその言葉を受け取った。
「ゆきちゃんとんだクズ男としか付き合ったことなかったのかな」
けれどそれは勘違いだ。
目雲はゆきがそうなるに至った経緯を説明する。
「いえ、気が付いた僕に驚いたわけではなく、ほとんど無意識でしているらしいです。意識すると面倒くさ過ぎて後回しどころではなくなるからと気が付いたら行動するのは無意識になるまで一人暮らしで身につけた生きる術だと。仕事で家にいることが多いので、その考え事をしながら気分転換がてらだということです。座りっぱなしだと体にも悪いからというのと、外に出た時には一気に用事を済ませたいからメモを残すこともそのためだと」
それでも夢中になりすぎることがあるのはゆきはもちろん目雲も分かっていた。
「ゆきちゃん意外に効率を重視してるんだね」
聞こえてくる会話に、本を読む時間が長すぎるからなんだとゆきはひっそり苦笑していた。
宮前も目雲達の様子を見ていて首を傾げている。
「なんで周弥が質問攻めにされてるんだろう」
「面白いからですよ」
朋一は笑いながら言う。
「そうだろうけど、こういう時はゆきちゃんに聞かない?」
宮前も持ち前の社交性で初対面の相手ともすでに打ち解けている。
「ゆきちゃんに目雲の生態聞くのも面白そうだけど、ゆきちゃんの話をする目雲は仕事の時と違い過ぎて。思考回廊が謎過ぎるけど、実際は超シンプルじゃないですか? ゆきちゃんが可愛いとか一緒にいたいとか、それを聞き出したいんでしょ」
宮前は目雲が誘った時から二つ返事で参加だった。初対面の相手に抵抗がないからだ。
愛美はそれほど社交的ではないが、動画の企画の構想の参考になるかもしれないと参加を選んだ。今回のグランピングそのものを動画にすることはないが、部屋でキャンプメイクの動画を夜撮ろうかとゆきと話したりもしている。
愛美の参加を知って一番喜んだのはひろ子の友達夫婦の奥さんの方だった。愛美のチャンネルの視聴者でファンだったらしく、事前には同僚の彼女の友達としか知らされていなかったせいで最初に会った瞬間に悲鳴にならない悲鳴を上げて、一瞬で打ち解けていた。
そして皆で世間は狭いと言い合った。
下準備を進める中でも会話は続く。
「ゆきちゃんはその呼び方変えないの?」
ふいに朋一が気になっていることを聞くと愛美が答えた。
「恥ずかしいらしいです」
朋一は自身にこだわりがあったからこそ余計に気になっていた。
「俺はさ、もうひろ子を好きになった時自分の苗字変えるつもりしかなかったから、上下関係無視して名前呼びしてたけど、その時はひろ子さんって」
好きになった時点で苗字に意識が向く程だったのだとゆきが微笑む。
「付き合う前から結婚前提だったんですね」
「運命だと思ったからね」
「運命ですか?」
聞き返したのは愛美だった。それに宮前が笑う。
「メグちゃんは懐疑的?」
「え、宮前さんは肯定派ですか?」
「俺はどこからどうみてもロマンティストでしょ」
素敵に微笑んで見せる宮前に愛美は目を細める。
「ん、うーん……まあそうなのかもです」
「うわ、全然思ってなさそう」
「宮前さんのロマンティックな話は聞いたことがないですからね」
愛美に言われ、事実話せる実体験はないと言わざるを得なかった。
「まあ、現実は現実だってことだよ」
「それは賛成です、ゆきは目雲さんとは運命って感じ?」
ゆきは考えながら答えを探す。
「人知を超えた何かに定められた物事ってことだよね、超自然的な力の影響が人には存在するんだって」
「ゆきに言わせるとちょっとロマンティックさから遠ざかるんだよなぁ」
浪漫が必要ならと表現を変える。
「赤い糸とか?」
「そうそう、そういうの」
「そうだったらいいなとは思うけど、瀬戸口さんみたいに確信みたいなものはないかな」
言われた朋一が気が付いた。
「あ、その瀬戸口さんってのも目雲が言わせてるんだよね? やっぱり自分が名前呼ばれてないからじゃない?」
けれど宮前が今までの幼馴染の性格を考えて頷かない。
「どうだろう、周弥はそういうところゆきちゃんのことについては嫉妬深いのは認めるよ、でも自分の呼び方はゆきちゃんに任せてると思うけど」
それでも朋一も引かない。
「でもさ、名前で呼ぶって結構特別でしょ? 大人になると尚更、名前で呼び合うのって近しい人だけだからさ」
「ゆきの場合はなぜだか名前で呼ぶ人多いけどね」
言われて朋一も気がついた。
「そうか、俺たちもつい名前で呼んでるな」
「むしろ苗字で呼ぶ人の方が特別な感じがあるね。え? もしかしてそれで?」
はっとした宮前にゆきの方が驚く。
「え、そんな深い意味はなくて……」
自分が考えるより周りが重大な理由を求めだしている事態にゆきは漸く気が付いた。
朋一が原因を探る。
「じゃあやっぱり恥ずかしいから?」
「……いえ、もうそんなに恥ずかしくもないですけど」
だからといって変えようとは思ってなかったとゆきが考えていると、愛美が何か特別なこと意味でもあるのかと勘ぐる。
「二人っきりの時は呼んでるとか?」
「そんなには、呼んでないですね」
「たまには呼んでるんだ」
宮前が少しほっとしつつもにやりと笑うが、ゆきはそれもあって羞恥心は多少薄れてきたと感じている。
「目雲さんがからかうときに使う技なので、そろそろ慣れてきました」
「恥ずかしがるゆきをからかうのが楽しいのは分かるけど、それで慣れさせようとしてたんじゃない目雲さん」
目雲にそんな思惑は色々踏まえるとないだろうとは思ったが、ゆきの感覚の変化には多少影響もあったから否定もしない。
「じゃあ効果は抜群だ」
「呼んであげなよ、それこそ特別な関係なんだからさ」
「うーん」
朋一の勧めにゆきはしばし考えた。
意固地になるほど呼び方に拘っているわけではない。その上、周りが深読みしたくなるほど普通とは言い難い状態になっているとなると、ゆきもこれは良い機会だと判断する。
その前向きなゆきを感じた宮前が、いつものいたずら心を出す。
「どうせならここから呼びかけてみたら、今何があっち、みんなこっちに気をやってる余裕なさそうだし、いつもの仕返しもかねて」
「仕返しですか」
子どもたちに誘われて少し離れたところまで行っているが、振り回さてる様子が見て取れる。
ゆきもその楽しそうな様子を少し眺め、思いっきり息を吸った。
「周くん!」
「え!」
「え」
朋一も愛美も声を出し、宮前すら驚いた顔を見てゆきは何か拙かったかと首をひねる。
「あれ、地雷でしたか?」
「え? 地雷?」
困惑する宮前に、本来の名詞的な意味合いではなく、ネット界隈の言葉で通じなかったかなと説明を加える。
「元カノとかにはそう呼ばれていたとか? 在りし日の思いがよみがえったり?」
何か良くない記憶でも呼び起こさせる呪文だっただろうかとゆきは宮前を見た。
「そうなんですか?」
愛美も宮前を見る。
「いや、俺の知る限りでは周弥と付き合ってた子はみんな呼び捨てか、さん付けだったかな。というか、なんで君付け?」
朋一も、愛美も同じ疑問を持った様で、ゆきに視線を向けている。
「仕返しなので驚かせた方がいいのかと意外性を持たせんですが。目雲さんの実家でご兄弟の奥さんに周弥くんって呼ばれていたので、周弥さんって呼ぶよりもっと親しみが湧くかなと。あとそう呼ばれてるのは聞いたことがなかったのもあります」
「なるほど、意外性か」
ゆきの解説を聞いていた宮前がその背後の様子に気が付いた。
目雲が周りに何やら声を掛けてから足がこちらに向く。
「あ、来た」
宮前は笑うが、なぜか朋一が怯え始める。
「え、なんか怒ってる?」
朋一が僅かに焦る横で宮前が苦笑いする。
「あれ、困ってるのか? いや、怒ってるかも。特に俺とかに」
「ああ、ゆきに何言ったんだってことですか?」
愛美が宮前に聞いていたところで目雲はゆきの傍にやってきて、止まることなくゆきの手を掴む。
「ゆきさん! ちょっと、こっち」
「え、あ、はい」
てっきり宮前に文句でも言い始めるのかと思っていた一同は、風の様に通り過ぎていった目雲と一瞬で居なくなったゆきを見送るだけしかできなかった。
唖然としながらも、それ以上の動揺は訪れなかった。
「あーあ、連れて行かれちゃった」
愛美がどこか笑いを含むようにわざと棒読みで言えば、宮前も大丈夫だと頷きながら残された愛美と朋一を見た。
「まあ、ゆきちゃんになら詰め寄ったりしないでしょう」
「そうですね、準備進めましょうか」
「戻ってくるかな」
朋一は目雲のことは多少分かってもゆきのことについてはまだまだ知らないことばかりだからこそ、ぽつりと心配を零したら、宮前がその時はなんとかすると軽く請け負った。
「電話でもしたらいいよ」
愛美も明るく頷く。
「そうですね」
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