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●本編●

10.誕生日パーティー【開始:その前に】④

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 突然、威圧されて、呼吸ができなくなった。
わたくしが彼の機嫌を、著しく損ねる発言をしてしまったのだろう。
でも、何が原因か、どの発言が逆鱗に触れたのか、全くわからない。

解らないからこそ、恐ろしい。
これから、どんな言葉が安全な台詞セーフワードか、手探りで一から模索しなければならないなんて…、無理ゲーだ。

私が前世でプレイしたゲームは、今私が転生している世界が舞台の、『聖女と光輝の国』しかない。
予め解答が予想できる選択肢式の、初心者でも安心してやり進められるゲームしか、体験していないのだ。

推理とか、謎解きも、相手の心の機微を感じ取ることさえ苦手だ…。
そんな私が、この少年の反応を見て、原因を探るのは、自殺行為だと思う。

だから、今の私に取れる行動は、唯一つ!
エリファスお兄様の横から一歩、美少年に向かって踏み出し、相手が何か行動を起こす前にーー!

「ゴメンナサイ。」

見さらせ!この大和魂溢れる、渾身の謝罪!!
指の先までピンと伸ばした手は、体の前で重ねて、肘は緩く曲げている。
腰の角度は90度、にしたかったが、頭が重いということを、先程のパーティー会場で学習済なので、45度に留める。
頭頂部が見えるよう、顔は床に平行に。

相手の行動原理が、皆目見当もつかない状況では、先に謝ってしまったほうが気が楽だ。
初対面で、殺したいほどの、怨みつらみを抱かれている可能性も無いのだから、これで相手の溜飲も下がることだろう。
これ以上、無意識に墓穴をほって、生命を無駄に、危険に晒すこともない。


 私のとった予期せぬ謝罪に、この場にいる全員が驚きに目を瞠った。
程度は違うが、ほぼほぼ、皆同じ反応をしている。
とくに、謝罪された当人が、一番驚いている。

その表情は、ちょっと人間臭くなっていた。
でも眼の奥は、空っぽのまま。
少し動揺しているが、心は波立っていないようだった。

「……何故、レディが謝罪されるのです? 僕が先に、無礼を働いたのに、何故?」

息子の発言に、驚き、叱責の言葉をかけようとしたセルヴィウスを、手の動きで静止するコーネリアス。
怒れる悪魔にも、まだ冷静に事を見守る理性は残っていたようだ。
浮かべる冷笑は、氷点下のままだったけれど。

問われた内容に、少し考える。
『貴方が何考えてるかわからないから、取り敢えず謝罪しただけです☆』な~んて、本音をぶっちゃけるのは、無理だしぃ。
『全面降伏宣言の代わりです☆』な~んてのも、無理だもんなぁ~。


 ここは一つ、無難な言葉で誤魔化そう。
先程失敗した方法を、再び取ろうとして、私を観察するように見据える少年の目の色が、俄に険しさを帯びた。

んんっ?! まさか、コレですか?? コレなのですか、貴方様の逆鱗ポイントは!!?

ビビッときた。
頭に触覚は生えていないが、私の第六感的な何かが、少年のピリ付いた空気を敏感に感じ取った。

どうやら、誤魔化そうとした私の心の動きを察して、少年は苛立ったようだった。
何というのだったか、サイコパス!
…ここではあながち間違っていない気がするが、今言いたいのはコレでなくて…。
ビビッときて、ピッとくる感じの…、う~んとぉ~~?
あぁっ、そうそう、テレパシー!!

何かしらの、相手の精神状態がわかる能力だろう、か?
私の浅はかな、その場凌ぎの、取り繕う態度が、気に食わないのだろう。
理由は皆目検討もつかないが。

だからって、いきなり威圧していい理由にはならないが、有効な対処法のない今の私には、無闇に指摘することも出来ない。
今は助けてくれる家族がいるが、それを笠に着て、相手を糾弾することはしたくない。
独りのときに背後が怖くなるから、絶対無しだ!


 飾らない、私の本心で、この少年には語りかけなければならない、らしい。

それって、めっちゃむずくない?
本心晒したら、私、犯罪者じゃない??

いや、待てよ、私は今3歳の幼女だった!
思考に耽ると、どうも現在の自分の年齢を失念してしまう。

16歳が5歳の、だいぶ年下・・・・・の少年にお近づきになろうとしているのではない。
3歳が5歳の、ちょっと年上・・・・・・の少年にお近づきになろうとするのだ!!
犯罪じゃない、合法的に、美少年とお近づきになれる!!

ビバ!幼女転生!!
この境遇を、有効活用してみせますとも!!!

そうと決まれば、本音でぶつかるのみ!
私の、偽らない本音をお見舞いしてやりますとも!!

先程までとは打って変わって、私のラピスラズリの瞳は、爛々煌々らんらんこうこうと輝いていた事だろう。
一種異様な、身の危険を感じさせる光が宿っていても、否定できない。

そのせいか、突然、キラッキラな眼を向けられた美少年は、ビクリと身を震わせた。

「え…と、……何か?」

「なかよく、なりたいでしゅ。」

「え?」

「ライリャ、なかよく、なぃたい!! だから、ゴメンナサイしたの。 ライリャ、お兄ちゃんオコらせちゃったかりゃ、ワルイコだったかりゃ。」

警戒心もあらわに、身構えていた美少年は、虚を突かれたように放心している。
これまた予想の斜め上すぎる、私からの要望に、上手く理解が追いついていないようだった。

将来訪れるゲームシナリオ通りの未来を考えると、“友達”は無理がある。
ならばせめて今だけでも、上辺だけ取り繕った見せかけだけでも友好で良好な人間関係を築きたい。

あわよくば、死亡フラグが立つきっかけを減らしたい、これもある種、邪と取られても仕方ない下心も、多分に含まれた要望だった。

「ライリャとなかよし、ダメでしゅか…?」


 しかし、一向に返事がない。
まさか、私の溢れる邪な下心が、テレパシーされてしまっただろうか…?
それとも、面と向かって仲良くなりたい宣言が、思いの外照れくさくて、もじもじとした動きが不快だっただろうか?!


ヤヴァイ…?!
再びの威圧感プレッシャー放出で、今度こそ、トラウマ量産パーティー開演まったなし!…かぁ?!

固唾をのんで、美少年の返答を待つ。
俯いてしまって、少年の表情も瞳も、覗えない。
ややあって、顔を上げた少年は、小首をかしげながら、逆に問い返してきた。

「お友達では、駄目なんですか?」

え?! 良いの!? やったぁ~~~~!!
美少年、ゲットだぜぇえ~~~~!!!

パッと顔色をあからめ、喜んだのも束の間。
背後からドっと押し寄せた様々なオーラに、喜びメーターの上昇は尻すぼみ、平常点まで降下し、冷静にさせられた。
公爵家わがやの男性陣から噴出された、赤黒く禍々しさしか無いオーラに、冷や汗が滴り落ちる。

そんな重苦しい空気など、どこ吹く風で、更に言葉を続ける美少年は、私達の当初の目的である挨拶をした。

「申し遅れました。 僕はレスター・デ・オーヴェテルネル。 オーヴェテルネル公爵家の長子です。 どうぞ僕のことはレスターと、お呼び下さい。」

この年齢に似つかわしくない、洗練された所作で、貴族の礼をし、挨拶の口上を述べる。
そして、そのまま自然な動作で、私の小さな右手を掬い上げ、手の甲に軽く口付ける。

ここで軽く、魂が抜けかけるが、俄に増した背後から噴き出すオーラの威圧感プレッシャーに、即行で肉体に帰還した。

「僕も、ライラと愛称で呼んでも良ろしいでしょうか?」

「ん~~~?」

寒っむ!!
一瞬でブリザード吹き荒れる、極寒に気候変動した。
原因は、後ろを見なくてもわかる。
公爵家わがやの男性陣が皆、氷の悪魔になったようだ。
みんな器用だなぁ~、コロコロ変わって。

背後からの無言の威圧感プレッシャーを、「愛称って何?難しくって、わかんない☆」的な、無知な子供を必至で装い、気付いていない振りを決め込む。

「お兄しゃまにきいてみぅ! アルヴェインお兄しゃま、あいしょ」

「駄目ですね。 まだ、出逢ったばかりですから。 早すぎます。 友人でもありませんし。」

食い込みが過ぎ、にべもない。
一刀両断、間髪挟む隙きもなくお断りしてしまった。
敬語なのに、敬意が全く感じられない。
そしてさり気なく、私が返事をしていないのを良いことに、お友達・・・の件も一緒にお断りしてしまった。

恐ろしい10歳児もいたもんだ、兄妹で良かったぁ~、嫌われて無くて、本当に良かったぁ~~!!

こんな風に、作り笑いと丸分かりな顔で言われたら、泣いてしまいそうだ。
しかし、断られた少年は、全く動じること無く、次なる要求をぶつけてきた。

「そうですか…、わかりました。 では、ライリエル様、親交を深めるためにも、この後のパーティーで僕と踊って頂けませんか?」

「………?」

驚きすぎて、言葉をなくし、辛うじて首だけ動かす。
頭を、耳が肩にくっつくほど、横に倒し切る。

この少年は、3歳児に何を要求してきたのだ?
踊る?
私が今現在、習得している踊りは、マイムマイムと、ソーラン節、以上!!
高尚な、この少年が云うところの、優雅な社交界で主流な踊りなぞ、踊れるわけがない。

いきなりハイグレードになった要求に、愛称ぐらい軽く了承すればよかった、と思えてきてしまったから、不思議だ。

提案してからも、ニコニコと笑顔を絶やさない眼の前の少年を、ワンパンしたくなる。
そんな事は絶対できないが、気持ち的には、やっぱり出来ないな。
そんな事したら、自分にもワンパンしたくなる。

誂われているのか、何なのか。
相手の真意が解らず、困惑が深まる。

さっきから事在るごとに、ぐるぐる考えすぎて、もう面倒になった。
偽れないのだし、ここは単純に考えよう!
出来るか否か、それだけを!!

「まだ、おどぇましぇん。 ゴメンなさい。」

潔く、お断りした。
無理無理ーっ、出来ないものは、出来ませんから!!
本日2度目、平身低頭。
今度は頭の天辺を通り越して、前屈のように後頭部が見えるくらい、しっかり頭を下げる。
1…2…3…、よし、もう良いだろう!

パッと顔を上げ、精一杯の笑顔で。

「つぎは、おどぇうよーに、こぇかりゃ、レンシュウしましゅね!」

この場凌ぎの、口から出任せの、かる~い、社交辞令のつもりだった。
有りえもしないその、次回・・を、私は微塵も望んでいない。
しかし、覆水盆に返らず。
言ってしまって、失敗だったとこの後痛感する羽目になるが、今はそんなことよりも…。

目の前の美少年の表情が、変化した。
今までの、作り笑いが消え、キョトンと、子供らしい素直な驚きに表情が彩られていた。

うわぁ、こんな顔もできるんだぁ…。

今までは作り物過ぎて、胡散臭くて、本心が見えなかったが、今は違う。
ちゃんと人間で、ちゃんと心からの、感情。
人間味溢れる感情を、はじめて見せてくれた。
年相応な、可愛らしい表情に、なんだか無性に嬉しくなる。

「えへへ、レスターしゃま、ビックリしてうね、…ウレシイ~ね~♪」

にへら…と、だらしないふにゃふにゃの笑顔が自然と浮かんでしまう。
綺麗なサファイアの瞳が見開かれる。

途端、その瞳の奥に、何か不思議な光が灯った、気がした。
ガラス玉が、一瞬で貴石に変わったかのような。
今までになかった、煌めきが加わった。

「ライリエル様…、じゃあ、今日は諦める。 だからかわりに、僕の洗礼式後のパーティーで、パートナーとして踊ってね? 約束だよ?」

急に砕けた口調で、一方的に早口で告げられた“約束”。
おもちゃに初めて興味を持ち、執着心を芽生えさせたかのような、不穏で妖しい光が宿った瞳で、ひたと見つめられる。
そして飛び出した三度みたび目のトンデモ要求。

「ふぁぇ…?」

「「「 !!!? 」」」

「ふふっ、楽しみだなぁ。 本番までは定期的に、一緒に練習しようね? 僕一人でも来れるから、当分は僕がこちらにお邪魔させてもらうよ。 これから、宜しく、ね? ライリエル様。」

「ふぉぁ…?」

いつの間にか決定事項になり、今後の訪問予定まで計画されている。
何が起こったのか?!
この短い間の遣り取りの何処に、彼の興味を釣り上げる要素があったのか??
思い当たる節が、存在しないのだが???

やっべぇ…、こりゃぁ、やっべぇぞぉ~~?!

記憶薄弱、攻略したのは1回のみの、攻略対象に興味を持たれてしもうた…、これは死亡フラグに繋がっているのか?
どうしよう、リトライしたい。
いや、できれば二度とはトライはしたくない。
リテイクしたい、が正しいか?

イケボにホイホイされて、安易・安直にこの部屋を訪れてしまった数分前の自分を、自室に拉致監禁したい。

あぁ、石橋を叩かなかったツケをこんな形で払わされるなんて…。
聞いてない、こんな展開。


 途方に暮れて肩を落としきる私に、背後から手が伸びる。
同じタイミングで、大きさの違う2つの手が、私の肩の左右をそれぞれ掴み、後ろに引っ張る。
性急さを隠そうともせず、力の限り、引き倒される。

このまま後ろに倒れ込む?!…という心配は無用の長物だった。
肩を掴む手はそのままに、各々の空いている手で、背を抱きとめられる。

長兄と次兄、それぞれが、全く同じ動作を、示し合わせもなく、タイミングのズレなど一切なく、引き剥がす行動を選択し、実行した。

彼らの大事な妹に危害を加えかけた件で、つい先刻、要注意人物リストに追加した年端も行かぬ少年を、射殺さんばかりに睨めつけながら。
長兄は睨みおろし、次兄は敢えて下から睨めあげている。

「?? お兄しゃま…?」

状況がうまく飲み込めず、目をパチパチしばたたかせて、それぞれの横顔を傾いだ身体を支えられた態勢のまま、見上げる。

視界の上の方にぼんやり見えるのは、お父様かなぁ?
先程から魔王だったお父様は、最早大魔王に進化していた。

男性陣の激怒ぶりに、恐ろしいよりも、どうしたものかと頭を捻る。
そんな悩める私を2人の兄はしっかり支えて、ちゃんと立たせてくれた。
なんとも甲斐甲斐しい。

しかし、少年に対しては一触即発。
最初にこの緊迫した空気の中で、声を上げたのは長兄だった。

「レスター様、そのご提案は、承服し兼ねます。 ライラも、驚き過ぎて言葉も出ない様子。 年の頃の釣り合う、他のご令嬢を選ばれることを、強く・・、お薦めいたします。」

言いながら、半歩前に踏み出し、私の右半身を隠した。

「この後のパーティーで、時間の許す限り、存分に、お相手を見繕われて下さい。 妹には、一切・・構わずに。」

次兄も、言葉とともに、半歩踏み出し、私の左半身を隠した。

2人の兄の体に、すっぽりと隠された私には、お兄様達を見返すレスター様の表情は見えない。
見えないのに、何故か解るような気がした。
今、どんな表情で、騎士の如く立ちはだかる兄達と対峙しているか。

きっと、あの表情かおだ。
貼り付けたような、綺麗な笑顔。
温度のない仮面のような、偽物な表情。

「お2人は、心から妹君を愛しておられるのですね。 ですが、僕は、ライリエル様が良いのです。 パートナーを変える気は毛頭、ありませんので、悪しからず。」

クスクスと嗤う。
年上の男児2人に睨み付けられて、ひるまず、おびえず。
こんな5歳児、嫌だなぁ…。

爽やかイケメンは、どこへ?
ゲームとの乖離かいりが甚だしい。
真っ黒黒助も真っ青に変色するくらい、暗黒すぎる。
性格がここまで捻くれてしまっているとは、これ如何に?


 攻略対象者のキャラ崩壊具合にドン引きしながら、お兄様達の陰に、自主的に身を隠す。
そんなお兄様達の壁から、ヒョイと顔を覗かせ、私の姿をみとめると、ヒラヒラっと手をひらめかせ、視線を誘う。

まんまと手の動きにつられ、レスター様を見てしまう。
私が目を向けたのを確認すると、今までで一番の笑顔。
造り物でない、ちゃんと感情を伴った、最高光度の笑顔。


めっ…、目がぁあああぁあぁあ~~~!!!


眩しすぎる輝く笑顔に、目が焼かれた。
だが、目を覆うことは、決してしなかった。

だって、美少年の、笑顔、見たい!
脳裏と網膜に焼き付けたい!!
その為ならば、生きながらに焼かれる苦行にも耐えてみせますとも!!!

「これから、僕と、末永く仲良くして下さい。 勿論今は、お友達として、ね?」

「 !!??!! 」


 青天の霹靂。
最初の心象イメージ再来。
本気の仔犬は、仔犬じゃ済まなかった。
可愛いの化身となった笑顔の美少年に、抗える気がしない…!!

期待に満ち満ちた、煌めき潤むサファイヤの瞳の魅力は、この心の臓を撃ち抜くだけに飽き足らず、思考力までも打ち砕いてしまった。
言葉の意味もわからないまま、その瞳が乞う望みのままに、赤べこのようにカクカクと首を縦に振ることしか出来なかった。
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