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おじさん♡来ました

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ファーラング♡

君は美しい。

我が弟に御手を引かれ、歩み来る女王は神々しくも輝いて在る!

「眩しいよな…」
私には余りに遠い、御方様であった。

久方ぶりに中欧へ君臨なされた女王レンレンを、我が国がお迎え致すのは初の事である。
待ちに待った御訪問に、皆が歓喜し国中が沸いていた。

とはいえこれは、異例の事だ。
我が国は第三夫君とはいえ、初夫の本国である。
故に本来は大陸への初渡りの際に、訪問を受けて然るべきなのだ。

…これは我らが母上の、一人勝ちの大暴走に端を発する因縁のせいだった。

レンレンへの抜けがけは、他の侍女方を大変に憤慨せしめた。

主に夫君の母君で構成されているレンレンの侍女軍団は、規律が厳しい。
にも関わらず、母上は派手な規律違反を堂々となされた。

…らしいのだが、詳しくは存ぜぬ。
とにかく、侍女の侍女たる根底を覆す暴挙であったという。

当然として母上は報復を受けた。

しかし、これが実に…
私などには理解に苦しむやり方だった。

何と、全ての夫君の御国で祝言を挙げまくる!
という、世にも斬新すぎる仕返しであったのだから!

その為に一年以上もの期間を経て、ようやくレンレンは我が国に辿り着かれたのだ。
この回りくどい復讐は、我が国の民を非常にやきもきさせた。

世にも楽しげなお祭り騒ぎを、指を咥えて眺めているのは辛い。
我らα種族とは、そもそも『お祭り騒ぎ』等を好まない。

だが、レンレンは別だ。
我々はレンレンに関してのみ、熱狂する。

唯一無二、レンレンだけが我々を浮かれさせ、翻弄してしまう。
我々の愛情の矛先はレンレンにのみ向かっている、と言っても過言ではない。

その様な大事な方をチラつかされて、スカされて…
私とて、どれ程に憤懣やる方なかったか!

しかし、母上は全く反省なさっておらぬ。
しかも、御仲間の仕打ちに憤る事もない。

それどころか!
これ見よがしの招待を受けて立ち、祝祭に乗り込んで行かれた。
そして妙なしたり顔で、御仲間の大活躍を愉しんでおられたのだった。

しかし紆余曲折を経て、今日、この佳き日に…

我が国は、女王レンレンと皇子アーティットの御成婚の祝祭を盛大に催して御座る。

私は人生で初めて、感動を知った。

御二人は、正に一幅の絵の如くに仕上がっている。
この御夫婦は完璧だ。

いついかなる時も、母上の見立てに間違いはない。
私が夫に推挙されず、本当に良かった。

あの時に巻き起こった国中をひっくり返しての大騒動も、決して無駄では無かったのだ。

…私の失恋も、報われたぞ。

そんな物思いに耽るうちにも、麗しい御夫婦は歩まれて行く。
そして、女王は玉座に着かれた。

盛大なる祝宴の始まりである。

夫君アーティットは衣装替えの為に、引き下がって参られた。
妻の引き立て役に相応しく有るのは、彼の勤めのひとつだ。

上座より降り立った弟は、天より舞い降りし使いが如きに美麗な貴公子である。
私はついと見惚れてしまうが、彼はその外見に見合わぬ懐っこさを発揮した。

「兄上、お久しゅう御座る!」
弟は以前と変わらぬ笑みを浮かべ、以前と同じく気安いご挨拶をなさった。

だが、君は女王の夫君に成り上がられたのだよ。
「アーティットよ。君も息災のご様子で、宜しゅう御座います」

最早、私は君の後輩で御座います。
これから先は君への振る舞いを改めましょう。

「兄上…」
アーティットよ、いけない。
その様な、幼気な顔をなさるな。

君は偉業を達成なさった。
今や我らの希望の星で在られるぞ。

「レンレンはお色直しなされませんか?」
「…はい。あまり好まれませんで」
「では、お待たせしてはいけません。私に構わず、どうぞお行き下さいませ」

敢えて急かして差し上げる。
後ろ髪を引かれるように、彼は行かれた。

その様な切な気なお顔は、今日という日に相応しくない。
気張られよ、弟よ!

先程などは実に見事な夫君振りであり、私は感激した。
君がこの様な立身出世をなさった事を、私は誇りに思う。

アーティットは第七皇子である。
しかし父御が庶民であるが為に、α的な能力は兄弟の内では控えめだった。
また外型も男性的に恵まれず、性格も豪胆さに欠けていた。

故に部屋住みの若君として、一生を過ごす方だと思われていたのだ。
子授けの為に婚姻を繰り返し、いずれ出家して教会の僧侶となれば、能力の果てるまで祈りを捧げて国行きに尽力する。

その様に、国が為に生きて死ぬ。
誰もが、そして彼自身も、それが定めと弁えていたものだ。

だが、レンレンは彼を宿命から掬い上げなすった。
そして、愛する人を存分に愛し奉る、女王の伴侶の人生を授けて下さったのだ!

花嫁をお迎えに東の島国へ渡る弟は、不安気であり頼りな気で…
私は気が気ではなかった。
彼の失敗は国の威信に関わろうし、何より女王のご機嫌を損ねる事があってはならない。

未だ少年の域を脱しておらぬ彼には、この大役は重責であったろう。
だが、君はやり遂げた。

しかも此度、女王が第三子の父君とさえなられるのだ!

『Ω女王レンレン』が君臨し、中欧は何処もかしこも花盛りの好景気に湧いておる。

特に双子の御子を授かった第一夫君と第二夫君の祖国は、凄まじい躍進を遂げていた。

何せ女王の恩恵の垂れる事、台風の如く!

まず女王が双子をあげた事が、前例の無い奇跡である。
その上、妊娠期間が僅か一年と異常なまでの短さだった。
歴代の女王は少なくとも三年程は妊娠し続けるのが常だ。

更にお産も驚異的な程に健やかに、速やかにすまされた。
そしてあっという間に、次の御子を身籠られている。

本来ならいちいちを祝い寿ぎ、祭事として取扱うべきである。
しかし余りにも立て続けであるが為に、祝祭が間に合わぬという珍事に至った。

留まるところを知らぬ恩恵の嵐は、中欧大陸を猛烈な勢いで潤している。

第一夫君、ラジャ殿の御国では、激しい侵食に悩まされていた砂漠が、一夜で草原と化した。

…レンレンは初めて御国の土地を踏んだ日に、御殿にてたまたま居合わせた砂漠の民と恋に落ちてしまわれた。
そして第四夫君として番われた、翌日の奇跡である。

第二夫君、ルドラ殿の御国では、西の旱魃と東の大洪水で国土の半分が壊滅状態にあったが、一夜で快復を見せた。

…レンレンはたまたま西の村で若者と恋に落ち、何故か駆け落ちなすってからに、東の街までお逃げになった。
そして第五夫君として番われた、翌日の奇跡である。

また珠のように美しい若君と、評判の双子の御子はそれぞれの夫君の祖国にて養育されている。
その女王の御子は存在するだけで御国を保護し、潤しさえするのだった。

『Ω女王レンレン』はこの様な大旋風を巻き起こし、周囲を圧倒し尽くしながら北上なさっておいでになった。

「ファーラング、良い所においでじゃ!」
…母上である。

我が国が誇る絶対君主、ラクシュミィ国王陛下アナンシャ様は本日もご機嫌で在られる。

当然だ。
愛してやまぬレンレンのお側近くに、ようやっと侍る事が出来るのだから。

「母上、如何なさいましたか」
…しかし、どこが『良い所』なのであろう。
私はこの場に全くもって、相応しく無い。

彼女は只今、甲斐甲斐しくもレンレンの御膳を仕立てておいでだ。
とはいえ『御膳』とは名ばかりで、お飾りに過ぎぬ。

Ω女王は精食以外の御食事をなさらない。
これは形式的なものであり、作法であり…
母上とその取巻きの官女方のご希望に他ならぬ。

愛らしい茶器には甘い茶を淹れ、愛らしい陶器の皿には甘い砂糖菓子を積んでいる。

絹に刺繍、真珠や宝石が至る所に駆使されて、そのどれもが薄紅に桃色に桜色で…
とにかく、愛らしさの大洪水だ!

そんな優美で可憐な女王の食卓に、武骨で厳つい私はそぐわない。
それどころか、奇妙で不気味な感じになるのではないだろうか。

やはり、アーティットでなくてはならないのだった。

「まあ、まあ、良いから。こちらへおいでなさいな♡」
母上は私の袖を引き、導こうとなさる。

こちら…?
「…そちらは、レンレンの直ぐお側です、ね、、」

何を血迷うておられるのか、母上!
私は慌てて腕を振り、引かれていた袖を払った。

「…いや、その様な事は、いけません。…とても、、」
出来る事ではない!

何故なら…
怖がらせて、しまうでしょうが。

この様な荒々しい男が近寄れば…
…彼は、泣いてしまうかもしれぬ。

きっと、嫌だと…
恐ろしいと、嫌悪なさる。

それは…
そんなことは、私は耐えられない!

「ええい!四の五の仰いますな!疾く、疾く!参られよ!」
母上は、気が短こう御座る。

私の胸倉を引っ掴むと、彼女は問答無用とお連れなさった。
「レンレン♡ファーラングですわ!」

上座に引き摺り上げらると、そのまま女王の御膳の真ん前に膝を突き、直らされてしまった。

あまりの事に、私は身をこわばらせ微動だに出来ない。
何という、無慈悲な仕打ちをなさるのか。

あんまりだ…

しかし、打ちひしがれる私を母上はさらにいたぶる。
顎に手をかけ、くいっと一気に上向かせた。

間近にレンレンのかんばせが現れて、私は目を離せなくなった。
非礼にも、じっと見つめてしまう…

女王は砂糖菓子をお口に放り込み、コリコリと咀嚼していた。
「ふぁーらん、ぐ?」

…硝子の風鈴がそよ風に揺れて鳴った様な、涼やかな御声だ。

そしてレンレンは間近で拝見すると心の臓に障る、御方様である。

いや、死んでも良い。
そうだ、いっそ死んでしまえ!

この方への二度目の失恋は、万死にも値するぞ。

「アーティットの兄ですわ♡」
「え?、、全然、似てないな!」
「ええ♡あれとは全くと違いますでしょう♡」
「…うん、うん。…違う、な。、、ゴツい、、デカい♡」

そして失恋の傷は引き裂かれた上に、火で炙られている。
いっそ、殺してくれ…

しかし、悲しいかな…
これ程に打ち据えられようと、私の心は恋の悦びにときめいている。

愛しい君から目が離せない…
レンレン、君が恋しい。

ふと、鼻に濡れた感覚がする。
…私は、更に自爆してしまったらしい。

鼻血を垂らすなど、最悪だ!
何という不敬、何という失態、何という無様な…

「ファーラング、可愛い♡」
…何ですと?

「ほら、こっちゃ来い♡」
…来い、とは?

それは、一体全体、何故に…
私には訳がわかりません!

混乱し微動だに出来ずに固まっていると、レンレンの御言いつけを一向に実行せぬ息子に母上は焦れた。

彼女は私の首根っこを引っ掴むと、レンレンの目と鼻の先にこの粗野な顔面を突きつけてしまわれた。

ああ、いけない…
どうか、怖がらないで…

「んふ♡間抜けな野朗だぜ」
レンレンは、笑った。

おお、君にかけられた言葉なら罵倒ですら甘い…
呆然としながらも、願ってもない様な展開に身を委ねたくなる。

レンレンの体温を、匂いを…
感じる程まで近くに寄る事など、夢の様です!

…と、いきなりであった。

レンレンは俺の鼻を噛んだ。
それから、舌を這わせ血を舐めた。

ペロリ、ペロリと味わう様になさっている!

「…ほれ、キレイにしてやったからな♡」
そして輝く笑みをたたえた初恋の君は、私に優しく話しかけて下った。

そこまで、だった…
私は気をやって昏倒し、事もあろうに女王を押し倒した!

…らしい。

後々に聞かされた所では、である。

。・゜・(ノД`)・゜・。

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