僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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六章

17号室、1

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 17号室に着き、促されるまま歯磨きセットを取り出した。三人並んで歯磨きを終え、再度促されトイレに行った。そのトイレで、僕はようやく意識を通常状態へ戻す事ができた。小さい方の便器はともかく、大きい方の便器が大量に並んでいる光景に、驚きを覚えたのである。
「うん、これには俺も驚いたよ。眠留、大きい方用の便器が幾つあるかわかるかい?」
 個室がずらりと並ぶ場所まで歩いて行き、人差し指で確認しながら数えてみると、定員ピッタリの四十八あった。それを伝えるため真山に体を向けるも、喉がどうしても動いてくれず、僕は指を折り四と八を時間差で示してその数を伝えた。真山の表情が曇る。すると猛が素早く僕の手を取り、僕をトイレの北側へ連れて行った。そして「これが真山のトイレで、その斜向はすむかいのこれが俺のトイレだ」と個室を指さしたのち、寮独自の清掃システムについて説明してくれた。
「定員分の便器があるということは、皆が自分の便器を持ってるって事だ。俺ら寮生に義務付けられている掃除場所は自分達の部屋だけで、トイレも他の場所と同じくロボットが掃除してくれるが、トイレだけは各自に別額の清掃料が請求される。便器を頻繁に汚す、ロボット出動回数の多い奴は、その手間賃をきっちり払わされるっつうシステムだな」
 猛によるとこのシステムは昇降口奥のトイレとお風呂横のトイレにも、そして一日寮生の僕にも適用されるらしい。それらのトイレを既に一回ずつ使っている僕は「なら最初に言ってくれよ」と不平を漏らそうとしたが、まだ喉が動いてくれそうになかったため、唇を尖らせて不平の意を伝えた。そんな僕の肩をトントンと叩き、北西一番奥の個室を真山が指さした。
「西並び北端のトイレは誰も使ってないから、眠留が使ってね。小便器に専用制は無いけど、汚した人に清掃料が請求されるのは同じだから注意してね」
 話の後半部分で僕は再び唇を尖らせた。でも家のトイレをいつも掃除している僕は、ロボットが緊急出動するほど小便器を汚さない自信があったので、それは演技丸出しの不満顔になる。それを見て、猛がニカッと笑った。
「眠留の家のトイレを初めて使わせてもらった時、寮のこのシステムが役立ってくれて、俺は格段意識することなくトイレを綺麗に使えた。白状するとトイレの中で、俺は胸をなでおろしたよ。俺が無配慮に汚しちまったものを、眠留や家族の皆さんに掃除させるなんてこと、絶対あっちゃいけないからな」
 そうなのだ、猛はいつもウチのトイレをとても綺麗に使ってくれて、それも僕の家族に猛の評判がいい理由なのである。とここまで考えたところで、「あれっ」と僕は首を捻った。そういえばお盆休み前に開いた夕食会のとき、寮生の真山はもちろん、京馬もトイレを綺麗に使ってくれていたような? 
「夕食会のための事前授業を北斗の家で開いたとき、猛が俺と京馬に真っ先に話したのは、トイレの話だったんだよ」
 真山によると猛は、僕の神社に初めてやって来る二人に、先ずは何よりトイレの作法を話したと言う。というかホントは、自分と同じ寮生の真山にではなく、猛は京馬にそれを伝えたかったのだろう。真山はそれに気づきつつも、京馬だけが言及されることの無いよう、京馬と一緒に猛の話を黙々と聴いたのだ。脳裏に浮かんだその光景に僕は頭の中で、三人に長々と手を合わせたのだった。
 その後、僕らは小便器の方へ移動し、三人並んで用を足した。その最中、右隣の猛がポツリと呟いた。
「なあ眠留、女子寮の方は、どうなっているんだろうな?」
 話の内容がまるで理解できず、僕は口をポカンと開けた。すると、
「ねえ眠留、女子寮のトイレはやっぱり、男子寮より小さいのかな?」
 今度は左隣の真山がポツリと呟いた。真山まで言うのだから、それは寮則へと至る崇高な話題に違いないと思った僕は、残念脳味噌をフル稼働させそれについて考えた。
 その三秒後、
「ええ~~っっ」
 僕は大声を出し体を左右に大きく振ってしまった。幸運にも膀胱の要求を既に満たし終えていたため便器を汚すことは避けられたが、真最中だったら僕は小便器を少なからず汚していただろう。二重の意味で慌てる僕へ、猛が嬉しそうに尋ねた。
「もしや眠留、何か思いついたのか」
 いやあのですねと口をモゴモゴ動かしていると、
「眠留、思い付いたことがあるなら、ぜひそれを俺達に教えてよ」
 真山にもそれを話すようお願いされてしまった。日頃から世話になりまくっているだけでなく、今日は寮でも世話になりっぱなしの二人に恩返しをしたいと考えていた僕は、恥ずかしさをかなぐり捨て、トイレ使用における男女の違いについて説明しようとした。
 が、その説明に入る直前、からくも悟ることができた。僕は、められたのだと。
「二人とも、僕を嵌めたな!」
「ぎゃはは。だってよう、なあ真山」
「そうそう、僕はトイレを汚したりしませんって眠留のすまし顔を見ていたら」
「眠留をからかいたくなって当然じゃんか」
「それにね眠留、これは男子寮の恒例行事でもあるんだ」
「そうそう、俺も真山も先輩から同じことをされたよな」
「しかも先輩方は二年目だからか、タイミングや話し方が巧くてさ」
「二人ともトイレを盛大に汚して、追加料金を取られちまったぜ」
「そして俺達だけ払うのは癪だから、皆に黙っていたら」
「一年男子全員、見事に取られてたよな!」
 俺達も来年頑張るぞ、オオ~~などと、その時のことを思い出し二人は大層嬉しそうにしている。トイレを出て廊下を歩いている最中もとどまることを知らない二人の喜びようを後ろから見ていたら、やっと気付くことができた。
 声を出せなかった僕のため、二人は一芝居打ってくれたのだ、と。
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