僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 AランクAIの咲耶さんに加え、おそらく水晶も陰で助けてくれたこともあり、渚さんが不快な目に遭うことはその後もなかった。お昼の差し入れを持って行く際に神社のAICAを使うことへは難色を示したが、
「長野のご家族を安心させるのも、渚の務めですよ」
 祖母にそう諭されるや渚さんは深々と腰を降り、丁寧に謝意を述べていた。渚さんにとって所沢における最高権力者は、どうも祖母らしかった。これは悪い意味では決してなく、湖校に入学して二年が経った僕には、祖母の胸の内をなんとなく想像することができた。それは夕食会メンバーの女の子たちとは異なり、渚さんを可愛がってあげられる機会は滅多にないという事だったのである。
 母は生前、僕と美鈴に「お義母さんは娘も欲しかったそうなの」と幾度か話した事があった。母と祖母はいわゆる嫁姑の関係だったが仲は良好と言ってよく、そしてその理由の一つは、祖母が母を娘として可愛がったことにあったと思う。祖母はそれがまこと自然にできる人だったらしく孫娘の美鈴も可愛がったし、僕の幼馴染の昴ももちろんそうだし、輝夜さんと芹沢さんと那須さんと香取さんもみんなひっくるめて可愛がり、今では夕食会メンバーの女子全員から親しみと敬意を込めて「おばあちゃん」と呼ばれるようになっている。だから渚さんも当然そこに含まれたのだけど、湖校生ではない渚さんが所沢にいられるのは数日しかないため、祖母は渚さんを殊更可愛がっていた。それはどことなく母への接し方に通じるものがあり、そして多分それは正しいのだろう。早くに他界し掃除好きだった母と、たった数日で長野に帰ってしまう掃除好きの渚さんは、祖母の心の中で重なることが度々あるのではないかと僕は感じている。
 と話が若干遠回りしてしまったが、合宿二日目から渚さんはAICAに乗って校門まで来るようになり、そして結局颯太はお姉さんを迎えに行く事となった。黛さんが部長として、颯太にそれを命じたのだ。名目上は、食べ盛りの男子十三人分の差し入れを女の子が一人で運ぶのは大変だから最下級生部員が手助けするという事になっていても、賢い颯太が黛さんの真意を汲み取らぬなどありえない。「新忍道部の一員としての初仕事に全力を尽くします!」と颯太は元気一杯に応え、それが嵐丸とあまりに似ていて、颯太は撫でられるやらくすぐられるやらの散々な目に遭ったらしい。らしいと言うのは丁度その時、竹中さんと菊池さんと僕は僕の部屋で会合を開いていたため、その場にいなかったのである。会合と入浴を終え皆と合流しその話を聞いた時、菊池さんが「さわれる嵐丸か!」と鼻息を荒くし、颯太がそれに怯えたのは、合宿一日目最後の笑いを誘ったのだった。
 と、またもや時間が前後してしまったが、合宿二日目の午後の部活。
「初めてとなる二日連続のサタン戦勝利、おめでとうございます!」
 公式AIの喜び溢れる声が練習場に響いた。竹中さんと菊池さんと僕の三人は昨日に続きサタンと戦い、対戦成績表に二日連続の白星を初めて記したのである。部員全員が歓声を上げたのは言うまでもないが、
「あはは、へろへろでございます」
 立っているのが精一杯の僕は、弱音をこっそり吐いていた。もちろん、心の中のことだけどね。
 
 三日間の合宿中にサタンと二回戦うことは、春休みが始まる前から予定に組み入れていた。しかしそれは一日目の午前と三日目の午後という、インターバルを可能な限り設けた予定であり、二日連続の戦闘はその時点におけるただの夢物語だった。速筋型の僕のみならず竹中さんと菊池さんにも、公式AIは許可を出さなかったのである。けどそれが、
 ―― 何が何でも許可させようじゃないか!
 との反骨精神を竹中さんと菊池さんに芽生えさせたのだから、この世は面白い。お二人は公式AIと熱心に話し合い、問題点を炙り出し、それを一つ一つ解決してゆき、そして合宿前日になってついに、
「合宿一日目の午後と二日目の午前のバイタル情報によっては、二日目午後のサタン戦を許可します」
 との言葉をエイミィから引き出した。そうその言葉は公式AIではなく、エイミィによってもたらされたのである。合宿の半月前にエイミィが明かしたところによると、お二人が公式AIと最も頻繁に議論したのは帰宅後だったらしく、最初は白光の球体でお二人のどちらかの私室を訪ねていたが、エイミィ自身も知らぬ間に、いつの間にか人間の姿になっていたのだそうだ。
「論戦の途中で突然それに気づき、AIの身であっても夜に殿方の私室を訪れている自分が恥ずかしくて、真っ赤になってしまいました。すると二人は見事に揃って頭を下げ、不埒な真似は決してしませんから今後もその姿で来てくれませんかって頼むんです。不埒な真似と言われても私は虚像ですよと応えたら、そんなの関係ない、女性に失礼なことをしないのが何より大切なんだって、二人はそれまで以上に熱弁してくれて。二人の誠意と熱意に打たれ、私はその日以降も、この姿で議論の場へ赴いています」
「議論の場へ赴くだなんて、そんな堅苦しい事だけじゃないじゃない。私的な話をとても仲良くしているエイミィが、私は羨ましいなあ」
 咲耶さんは独り言のようにそう呟き、湯気の立つティーカップを両手で包んだ。その日は毎月恒例の、四人の女性型AIを僕の部屋に招くお茶会の日だったのである。このお茶会では愚痴や本音を晒していいことになっており、初めはみんな遠慮というか牽制というか本音や愚痴を晒すことを巧みに避けていたけど、今はこの時間を得難い一時ひとときとして使ってくれている。人とAIの区別なく、ため込むのは絶対良くないからね。
 ティーカップを両手で包み押し黙る咲耶さんへ、をしばし置き美夜さんが優しく問うと、教育AIの自分は生徒と友達になりたくてもどうしてもなれず、寂しい想いをしているとの本心が吐露された。それを受けエイミィも「私は彼らの友達なのでしょうか」との本心を緊張感を漂わせつつ漏らし、すると咲耶さんは「あれが友達じゃなければなんなのよ」と呆れ顔をした。ミーサが興味津々に「私的な話ってどんな内容だったんですか?」と身を乗り出し、僕も思わず身を乗り出したのだけど、そのとたん四人は自分達の周囲に相殺音壁を巡らせ口元を蜃気楼壁で隠し、僕だけがその内容を聞けないようにした。しかし内容は分からずとも四人は頬を紅潮させキャイキャイ会話し、除け者にされた僕は一人で涙目になっていたが、今の僕は昔の僕とは違う。涙目になりつつも竹中さんと菊池さんについて考察し、
 ―― エイミィ達に混じれるかもしれない話題
 を見つけ、挙手してそれを発表した。
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