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一日目その一「四連休の始まり」
しおりを挟む「ユリ、会いたかった」
「ユリちゃん、もう、離さない」
神様、どうか、夢なら覚めないで——
* * * * * *
聞き慣れたメロディラインが枕元の携帯から流れている。
心地よいまどろみの中、ガーゼケットにくるまったまま、手探りでそれを見つけアラームを止める。
「ん……」
もう……朝? ……なんか……いい夢、見た気がする……
モゾモゾと顔だけ出すと、寝ぼけ眼で画面を確認する。
「⁉︎ ……ヤバっ!」
寝過ごした! なんでっ⁉︎
いつもの時間を大幅に過ぎている。時間を間違えてセットした⁉︎ 慌てて飛び起きるも、ベッドから降りようとしたところではたと気づく。そうだ、休みだ……
「なんだぁ、よかっ……あ? あたた……」
気が抜けた途端、昨日被疑者に突き飛ばされて打った腰が少し痛む。そんなにひどくはないけれど青アザはできるかも。塀からジャンプしたのが効いてるなこりゃ。
でも、まあ……まあまあなんとか……そう! と、り、あ、え、ずー。
「ダーイブっ!」
ニンマリとしてベッドにボフンと倒れ込むと、携帯をポイっと投げ出す。枕を抱きかかえるようにして顔を突っ伏し、そのまま右へ左へゴロゴロと転がる。
「んふふ……休みぃ、休みぃ!」
ひとり笑いながらしばらくゴロゴロ。
「休みだ休みぃ、久久のぉッ、連休ぅッ! ふふ! ……ああ、大っきい抱き枕がほしいなあ。ギュってしたい……したいなあ。……ぐふ……ぐふふ……ふふふふ……痛っ——⁉︎」
変なテンションのせいか斜めに転がると、ベッドに頭をぶつける。
「……っっ‼︎」
体を丸め『くぅっっ』と声にならない声を上げ、必死に何度も頭をさする。痛みが少し治まると、自分のバカさ加減にあきれつつも上を向いて大の字で寝転ぶ。
ふふ、痛いなあ、んもう……でも、いっかー。四連休だものね、うっふっふー。どうする? なにする? 四日間だよ? 休みが四日、も……ある……
テンションと頭の痛みが落ち着くと、連休の理由となった人物の名前を思い出す。
——成田春輝。
「はあ……」
またこの名前を聞くなんてね……
* * * * * *
成田管理官——成田春輝とは私がもうすぐ四十歳になろうというとき、たまたま参加した警察官同士の交流会で出会った。
彼は三十九歳になったばかりのひとつ年下。
少し垂れた癒し系の目、優しげな笑顔、すらりとしたルックスで、参加者の中でも一番目立っていた。
交流会が始まると、彼の落ち着いた物言いや冷静な判断力、周囲に気を配れる余裕もあり、その場に参加した多くの女性が彼に心引かれていたように思う。かくいう私もそのひとりだった。
また会いたいなあと思っていると、驚いたことに彼から連絡先をきかれる。『なぜ私なんだろう?』と思ったが断る理由もなく、すぐに連絡先を交換するとそのまま付き合うようになった。
——三年ほどがたち、互いの生活ペースなんかもすっかり慣れ、このままずっと一緒にいられたらと考えるようになる。
春輝の隣りは居心地がよく、今まで付き合った誰からも得られなかった穏やかなぬくもりがあった。
結婚や家庭というものに憧れは抱いていなかったが、春輝とずっと一緒にいたい。そして、春輝もそう考えてくれている……そう、思ってた。
でも——……彼は違った。
突然持ち上がった本庁の部長のめいっ子との縁談話。彼はあっさり私と別れ、まだ二十代のその娘と結婚をした。
私たちの仲は周知の事実だったため、その話が表に出たとき、周りからあることないことを言われ私はひどく傷つき毎日泣いてばかりだった。
出勤しても心ここにあらずで、それでも警察官としてしっかりしなければと自分を奮い立たせる。でも……それが逆に自分を追い詰め、結局はつらい思いをする。
あのころは……その繰り返しだったように思う。
そんな私を救ってくれたのが上川課長だった。優しい面持ちの体格の良い五十三歳。私の六歳上。
若いころに一度指導係としてお世話になってからたびたびご縁があり、そのうちプライベートでも気にかけてくれるようになった。春輝の指導係も課長だったらしいけど……
とにかくそのつらかった時期、違う署にいた私を課長が上にかけあい桜南署に呼んでくれたのだ。そして休日遊びに連れ出してくれたり、自宅に招いて奥さんが手料理を振る舞ってくれたこともあった。
——そうしたことが当時の私をどれだけ救ってくれたか、どんなにうれしかったか。ありきたりだけど、涙が出るほど本当にうれしくて有り難かった。課長には感謝しかなく、今でもその気持ちに変わりはない。
春輝が離婚したと聞いたのは一年ほど前——原因は奥さんの浮気だった。
忙しい春輝に構ってもらえなかった奥さんは同年代の男と遊び、結果子どもができたのだと聞いた。春輝との間に子どもはなし。そして、慰謝料もなし。
離婚の原因が奥さんの浮気のため、春輝が首を切られることもどこかへ飛ばされることもなかったようだ。
もっとも彼は仕事においては優秀だったので、その人材をこんなことで手放すなんて上のお偉い方々もしたくなかったのかもしれない……
* * * * * *
無言のまま横を向き、再び枕をギュっと抱いて体を丸くする。
せっかく忘れてたのに……なんで? どうして彼が桜南署に? たまたま? それとも意図的に? 内藤部長がわざわざそんなことをするとは思えない。……春輝が希望して、とか? まさかね。
——ギュっと目を閉じる。
朝からこんなの、イヤだなぁ……
「やめよう」
ボソっと呟くと上を向き「よっ」と起き上がってあぐらをかく。
……せっかくの休みだものね。
リビングとの間にあるロールスクリーンの隙間から、柔らかい朝の光が差し込んでいるのがボンヤリと見える。
頭を触れば結わいて寝たはずのヘアゴムは外れ、髪の毛はすっかりボサボサになっている。ヘアゴムを見つけると後ろでサっとひとつにまとめ直し、大きなあくびと伸びをする。
「ふああぁぁ~~……っんんー!」
はみ出た寝間着がわりのTシャツの裾をスウェットパンツに押し込むと、ベッド脇のメガネを手に取りふんぬッと立ち上がる。
「天気もいいし……起きるかっ!」
ロールスクリーンを開け、気持ちを切り替えキッチンへと向かう。
シンク横のワゴンには、手狭なキッチンに入りきらない雑貨や保存食などいろいろなものが収納されている。
そのワゴンの一番上に置かれたミネラルウォーターを手に取ると、コンロの上が定位置になっているやかんにトプトプと注ぎ、火をつける。ドリップバッグ式のコーヒーをひとつ、同じワゴンのカゴから取り出すと、お気に入りの青のマグカップにセットをする。
お湯が沸くのを待つ間、首をコキコキ腰をフルフル、少しずつ体をほぐしていく。立ったまま上半身を前に倒すと、床めがけて両手を目いっぱい伸ばす。
腰は……うん、大丈夫。でも……膝裏が突っ張って後少しが届かない、くぅっ!
われながらほんっと体硬いな。そういえばこのところ朝稽古もしてないし……やっぱり普段からやらないとダメね。体が小さいのはどうしようもないんだから、ほかをちゃんとやっとかないと。
「ピィィ……」
そうこうしているうちに、やかんがか細い音を立て始める。
「ぅあっち!」
温めすぎたやかんを布巾で持つと、カップに少しずつ注いでいく。時間を置いてまた少しと、蒸らしながらゆっくりとお湯を注いでいく。
お湯を注ぐたびに広がる香ばしい香りが、鼻と頭にほどよい刺激を与え頭がさえてくる。
猫舌の私としては、沸騰する前に止めたかったけど……そうだ、今日はブラックのままにしよう。
熱々のコーヒーを持ってリビングのお気に入りの座椅子に座る。少しの間フーフー冷ますとお待ちかねのひと口をいただく。
「んー、うまっ!」
普段は濃いめの番茶。でもせっかく四連休の始まりだし、ちょっと特別な気分ってことで。
「はあ、それにしても四連休かぁ」
——思えば警察官という職業に就いてからはや何年……
成り立てのころはそこそこ取れてた休みも、刑事になってからというものしっかり取れた記憶はあまりない。だって世間様が週休二日だ、ゴールデンウィークだ、お正月だといっていようがいまいが私たちには関係のない話だもの。
基本は土日の休みとなっていても事件があれば呼び出されるし、当直だってある。それに……代休なんてちゃんと取れたこと、あったかしらん?
どうしよっかなー。とりあえず掃除洗濯を済ますでしょ。そしたら買い物にでも行く? 服はもうずいぶんと買ってない。料理も全然してないし。どうしようかしらね? んんん……
「……久々に料理するか」
そうだな……まずは本屋に行って料理本を買う。そこでもうメニューを決めちゃってそのままスーパーに行く。うんよし、そうしよう!
なにを作ろうかとあれこれ悩みつつ、洗濯と掃除をチャチャッと済ます。
洗面所で歯を磨き、顔も洗ってリビングに戻ると手提げのメイクボックスを取り出す。
テーブルで化粧水をペシャペシャとつけ、フェイシャルパウダーを軽くはたいたら眉毛を描き、そして最近お気に入りのロゼカラーの口紅を軽く塗れば、はい終わり!
さて、今度は髪の毛だ。セミロングの髪は全体にブラッシングをしたら、後ろの高めの位置でひとつに結わき直す。クルクルっとお団子にしたらピンで留め、最後に前髪を少しだけ水でぬらしてブロウをしたら、はい出来上がり!
クローゼットから白いコットンの長袖シャツを取り出して着ると、袖を少し折って付属のヒモでくくって留める。そして色落ちしたブルーのジーパンを合わせる。
「上着……いるかしら?」
シャツが大きめだし、ちょっと厚手のしっかりした生地だしいっか。九月も半ばを過ぎるとちょっと微妙な時期で悩んじゃうけど。うん、大丈夫。天気もいいしね。
そして仕上げに——見かけによらず、かなりの物が入る黒のボディバッグを肩から斜めにかけて準備完了!
時計を見るともう昼近い。まあ、朝はあまり食べないし……帰ってきてすぐに作って、早めの晩ご飯って感じでいいな。
「どうせつまみ食いするしぃ」
白のスニーカーをサッと履くと、足早にアパートを後にして本屋に向かった。
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