時の記憶に触れる者

時々

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勇者と魔王

白い女の子

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 ―????―

 何もかも黒い世界だった。視線を上げれば廃城、見渡せば朽ちて荒れ果てた大地。
 辺りには腐臭が立ち込め、灰色の霧がかかっている。

 ところどころに散らばっている白骨は、ヒトのものか化け物のものか判別すらできない。
 根元から折れた剣が地面に刺さっており、その周囲には時がたって変色したおどろおどろしい血痕。探せばいくらでもありそうな戦いのしるしがそこにはあった。

 おおよそ生物の住める環境ではない。


「憎い……」


 夥しい数の白骨死体のたまり場にて、唐突に小さく響く声。


「ヒト…・・ヒトって何?分からない……わからない!でも、人が憎い?憎いのかな?
それでも吐き気がする。ヒトを殺したい。頭を握りつぶしてぇ……ぐちゃぐちゃに。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……殺す殺すコロスコロスコロス!!!!!
……………………………………でも……だけは………たすけてよ………」


 醜い怨嗟の声。発しているだけで周囲の空気まで死んでいくような、すべてに負の感情を押し込めたような声。それでも最後だけは理性が垣間見えた儚い悲鳴。

 腐敗した白骨に囲まれた人影は、感情の見えない表情で立ち上がりその姿を消した。





♦♦♦





 ―静謐の森―


「?」


 窓際に腰かけ、勇者の英雄譚というシリーズの本を読んでいたノワールは不意に外へ視線を移す。
 少しだけ空いた窓の隙間から流れ込んでくる風が、いつもより冷たい気がする。
 木々がざわめくのを感じる。強大な魔物が数多く住まう静謐の森で、無暗矢鱈に荒時を起こすような頭の悪い魔物は存在しない。が、確かに今ノワールはすべての魔物にざわめきを感じた。世界が震えている。直感する。世界のシステムにおいて受け入れがたい何かが誕生したのだと。

 ノワールは、ちょうど読み終わった本を閉じ、近くの木でできている小さな机に置いた。
 今は全員出かけている。静謐の森内で食材でも取りに行っているのだろう。家事については一切やらせてもらえないノワールは暇になったので一人で王国に出かけることにする。手早く準備を済ませた彼は音を立てず転移していった。
 机の上に乗せられた本。その題名は薄く擦り切れており、何度も読まれた痕がいたるところにうかがいしれた。


♦♦♦


 ―王都イステルダム―


「おじーちゃん、これちょーだい!」


 白い髪の女の子が露店の前で、売っているビクトリーボアの串焼きを指さしながら人のよさそうな店員に向かって少し舌っ足らずな声を上げる。美味しそうに焼けている串焼きに目を輝かせている姿は通りすがる人々の視線を少なからず集める。


「嬢ちゃん、かわいいねー。お使いかい?銅貨8枚だよ。」

「銅貨、ってなに?」

「えっ。嬢ちゃん。お金知らないの?それじゃこれは売れないな~。ごめんね。今度は親御さんと一緒に来るんだよ」


 女の子は、店員さんに断られると先ほどの元気が嘘のようになくなって、少し涙目になりながらうつむいた。両手を胸の前でグーに握りしめながら小さく震える女の子にさすがの店員さんも罪悪感を抱くが商売上、タダで売るわけにもいかない。
 そんな光景が今ノワールの前で繰り広げられている。店員さんのほうも困り果てているし、はた目には泣かせているようにしか見えないからこのままでは周囲からの目が非難の目になるのも時間の問題だろう。


「僕が買うよ。2本ください」


 ノワールが女の子の後ろから声をかけると店員さんはほっと溜息を吐きながら2本渡してくれた。


♦♦♦


 ノワールは女の子を連れて、露店のあった場所から少し歩きちょうどいい広場があったのでそこで串焼きを食べることにした。


「おいしい!もっと、たべたい……」

「僕の分も食べていいよ」


 ノワールがそう言って串焼きを差し出すと、女の子は両手で勢いよく飛びついてきた。


「わぁ。ありがとう!おにぃさん!」


 たれを口の周りにつけながら、ものほしそうに僕の持っていた串焼きに目が釘付けになっている女の子を見ていたらついあげてしまった。はふはふ言いながら串焼きを頬張る姿はまるで小動物を彷彿とさせるようで、ノワールからしてみれば餌付けしている気分になる。


「僕の弟子もその串焼き、好きなんだよね。そんなに美味しいか?」

「うん!ありがとう、おにぃさん。あ、なまえきいてない……」

「ノワールだ。君のことはなんて呼べばいいかな?」

「ノワール。呼びづらい……やっぱ、ノワさん、ノルさん、ワールさん……やっぱり“おにぃさん”でいい?わたしのことは……わたし自分のなまえきらい。どうしよう……」


 自分の名前が嫌い。そう言った女の子は、まだ少し残っていた肉にかぶりついて小さなほっぺをもにゅもにゅ動かしながらうつむいてしまった。落差が激しく、感情表現が顔にすぐ出るので見ていてすごく癒される。


「ま、おにぃさんでいいよ。でも困ったな。僕は君をなんて呼べばいい?」


 ノワールがそう言うと、女の子は下を向いたまましばらく考え込んだ後、何か思いついたかのように、ぱぁっと顔を輝かせて顔を上げてノワールに向かって弾んだ声で言ってきた。


「じゃあ、おにぃさんが決めていいよ!わたしに、なまえちょーだい!」

「これはまた、珍しいお願いだな。本当に僕がつけていいのか?」

「うん!」

「じゃあ、マシロでいいな?呼ぶときはシロでいっか」

「マシロ……マシロかぁ。うん!ありがとう、おにぃさん!」


 ノワールはとっさにいい名前を思いつかなかったため女の子のきれいな真っ白い髪の毛を見ながら自分でも安直だと思えるような名前を付けてしまったが、本人が喜んでいるから気にしないことにした。


「串焼き2本だけじゃ足りなかっただろ。もうすぐ昼になるし、どこかに食べに行くか?今日は僕も一人だからね。」

「え?いいの?迷惑じゃない?」

「迷惑というか。お金を知らないシロのことがちょっと心配になってね」

「む。おにぃさん、いじわる。だって、ヒトの町に来たの初めてだったんだもん」

「わかった、わかった。そうむくれるな。何か食べたいものはあるか?」

「おいしいもの!」

「そう言う答えが一番難しいんだがな。お金はあるし、どこでもいっか」


ノワールはこの間、偶然見つけた魚料理が有名な店に行くことにした。


♦♦♦


「わぁー!きれい」


 ノワールたちは2階に個室をとり食事をすることにした。
 有名店だけあって、椅子、テーブル、ランプなどといったもののデザインも工夫が凝らしてあり、手入れもしっかりされている。あまりにも綺麗なものだったので、それを見たマシロが興奮してもしょうがない。どうせ大人しくできないだろうからわざわざ個室をとったのだから。


「おにぃさん、みてみて!この花きれいー!」

「花瓶、割るなよ。それと食事中はあまりはしゃぐんじゃない」

「はーい」


 全く反省してない声で返事してくるが、こっちも本気で言っているわけじゃないから別にいい。それにこういうことはとっくの昔に慣れている。年相応だったころのユヅキなんかのほうが100倍大変だった記憶がある。


「ごちそう様でした」


 ノワールはそう言って食事を終えると、マシロは不思議そうな顔をして訪ねてきた。


「それ、なーに?」

「あいさつ。僕の故郷の言葉なんだ」

「ふーん。わたしもやる。ごちそーさまでした!」


 とてもかわいい笑顔でノワールの真似をするマシロ。小さな両手をぴったりくっつけて元気よくしゃべるマシロを見て、ノワールも自然と自分のほおが緩むのを感じる。


「シロはこれからどうするんだ?」

「おうちにかえる」

「そっか」


♦♦♦


「ありがとうございました。またお越しくださいませー」


 そう言って見送ってくる店員さんにお礼を言いながらノワールはマシロと一緒に店を後にした。


「一人で帰れるのか?」

「む。じぶんのおうちにくらい、かえれるよぉ」

「遠いのか?」

「うん。すっごく」

「そっか」


 こんな幼い女の子が、すっごく遠い家に帰るのだという。普通に考えればおかしな話だ。


「見送りは?」

「んーん……いらない」


 少し寂しそうな顔でそうつぶやくマシロ。
 会った時からノワールの眼にはソレが映っていた。幼いマシロの体の奥底に宿る、ノワールでさえ注視しなければ感じ取れないような、しかし間違えようのない黒く染まった魔力。ノワールはマシロとあってからずっと聞きたかったことを聞いて別れようと思った。


「ヒトは……人間は嫌いか?」

「……………きらい」


 ノワールの短い質問に、間をおいてからこちらも短く答えるマシロ。
 唐突な質問だったにも関わらず、まるで聞かれることが分かっていたかのように、マシロはノワールに返事を返す。
 小さくつぶやいたマシロは、視線を静かに地面に落とした。視線がそれる寸前に、光るものが目にたまっていたことをノワールは見逃さなかった。そして、見ないふりをした。


「そっか」

「なんで?」

「感じ方なんて人それぞれさ。僕にも嫌いなモノ、結構あるぞ?」

「また、会える?」

「会えるさ。僕とシロの間には今日、縁が出来た。それは切れるにせよ紡ぐにせよ……結果が出るまで繋がり続ける。だから、またな」

「うん!ばいばい!」


 そう言いながら去ってゆくマシロの姿を目線だけで追う。


「あ!マスターなの。何してるのなの?」


 後ろからユヅキの声が聞こえた。どうやら用事が終わってノワールのことを探していたらしい。
 反射的にユヅキの方を振り向いてから、マシロのほうに向きなおるとそこにマシロの姿はもうなかった。
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