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21話
しおりを挟む一日の労働を終え、そろそろ夕食かという時間帯——村の家々からは、食欲をそそる芳醇な料理の匂いが漏れ出ていた。
マシューたち家族が住む家も、その例外ではない。
「今日もよく働いたぜ……」
「もうお腹ペコペコ~。かあさん、飯まだぁ?」
「まだだよっ! 早く食べたいんだったら、少しくらいは手伝いな!」
「ええー? 俺もうクタクタなんだけど~」
ファビオとビリーの騒がしい声で賑わう食卓で、マシューは頬杖を付き、ひとり物思いに浸っていた。
「マシュー、悩み事かい?」
「とうさん……」
家族でもっとも無口な父、ヨセフに心配そうに訊かれ、マシューは姿勢を正した。
「そんな、大したことでもないんだけど」
そう前置きした後、マシューは軽く溜め息を吐いてから話し始めた。
「最近、セシルが元気ないみたいで……」
「ふむ……」
「地下にこもって朝食も一緒に取らない日も多いし、いつもよりも根を詰めてるっていうか……」
セシルが地下室で何やら危なげな書物を読んでいる。マシューが知ってから十日あまり、魔術師である彼は以前にも増して、のめり込むように研究へと没頭している。
マシューにはいまだ手伝いの声がかかることはないが、研究の進捗は悪くないらしく、お呼びを受ける日は近そうだ。
「忙しいのはわかるんだけど、なんとなく、避けられてるような——」
「マシュー……」
「そりゃ間違いなく、あんたが悪いね、マシュー!」
食卓の中央にどん、と食欲をそそる匂いを放つ煮えた大鍋を置きながら、マーサは言いきった。
「かあさん……。痛てっ!」
マーサは手に持ったおたまを、マシューの頭めがけて振り下ろしていた。
「その話のどこが大したことじゃないって言うんだい!? 殴るよ?」
「殴ってから言うなよ! ったく……」
「本気で殴るよって意味だよ、まったく……。あの子、セシルはあんたよりも、うんっと繊細なんだからね! あんたが気遣ってやらないで、どうするってんだいっ!?」
ヨセフもうんうん、と頷いている。
「……そうだよな」
——俺がもっと、気にかけてやっていたら……。
マシューは憂いを湛えたセシルの紫色の瞳を思い浮かべ、ぎゅっと手のひらを握り込んだ。
「まったく……世話の焼けるバカ息子だよ」
マーサはブツブツ文句を言いながらも、小さな鍋に大鍋の中身を移し入れ、バスケットへと詰め込んだ。隙間にバゲットを数切れ押し込み、埃よけの布巾を被せ、ずいっとマシューに押し付けた。
「ほら、これ! ちょいと作りすぎちまったから、お裾分けだよ。今からセシルに持って行ってやりな」
「かあさん——! ありがとな」
マシューは壁にかけていた外套を掴み、手早く身に纏った。その背をマーサはバシンッと、力いっぱい叩いた。
「痛って! 何するんだよ!?」
「気合注入さね! しっかりやるんだよ!」
「おう……!」
マーサの激励に腕を上げて応えたマシューはバスケットを携え、鼻歌混じりにセシルの住処へ向かって、足早に歩を進めていくのだった。
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