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第四巻
しおりを挟む『浮世の有様』には、鼠小僧の捕縛後に江戸で広まった以下のような大名を揶揄する狂歌が取上げられている。
「百の諸侯盗まれし数は百廿二 二三度逢ひし馬鹿も有るらむ」
「鼠てふ賊捕へしとだいみやうは 治世なるかな治世なるかな」
元平戸藩主・松浦静山は平戸藩邸に2度にわたり鼠小僧に盗みに入られた被害者の一人であるが、その随筆『甲子夜話』では複数回にわたり鼠小僧に言及があり、多くの噂が書き留められているのである。
この頃都下に貴族や国主の邸宅に入る盗人がいるらしく、人を傷つけず器物は盗らずに金銀だけを盗って行くという。何処から入ったものか分からないので、鼠小僧と呼ぶという。
姫路侯の分家の後妻と親しいという、箏を弾く尼から聞いた話である。
「姫路侯の隣の屋敷で能が催された際、中入りの時に舞台中央に月代を生やし伊達模様の単を着て脇差を差した18、9歳ほどの男が突然現れ、主人が追い払うように命じたものの忽然と消えてしまい、捜索するも発見できなかった。舞台には「鼠小僧御能拝見」と書かれた紙片が残されていたという。
松平周防守が大坂城代だった時、江戸の藩邸は婦女子ばかりとなり、この盗人が2度に渡り侵入した、という。
長局の各部屋の障子に中の様子を窺う穴を開け、ある部屋では鼈甲の笄や簪などを取り出して並べ、銀簪は曲げられていたがそれらは盗らずに金銀だけを盗んでいき、ある部屋では細工切れが取り出されて並べられていた。
瀬山という老女は私の知人だが、「その部屋も同様だった」という。
鼠小僧という名前の由来は、小穴のような人の通れないところを出入りし、壁を登り梁を走ることが鼠のようだからであり、小僧というのは盗人を茶化した呼び名なのだ。
ある人が言うには、「鼠小僧を捕らえた松平家では、以前金子を紛失した際、警備の役人が責を負わされて獄死したが、「犯人を捕らえて怨みをあの世で晴らす」と言い残して死んだので、この屋敷で捕縛されたのはこの役人の報いであるとのことの逸話がある。
鼠小僧は町奉行の吟味に対し、「夜よりは昼間の方が入りやすい。大抵江戸部屋や上総部屋という人足部屋があるので、その部屋に行くと言えば門番所はだいたい通れる。門を入ってしまえば便所に籠もり、人が来たら咳をすれば怪しまれない。奥向は厳重そうに見えて女ばかりで咎められにくいので夜は奥向を狙うのがよい。」と答えた。
吉原で巨額を使ったことに対し、身請けすればよいではないかと言われると「女郎は女郎として楽しむのがよく、女房にしてしまったらただの女になってしまう」と答え、吟味与力は当惑した。
わが屋敷に盗みに入ったとあるのは、6、7年前に2回鳥越の屋敷に入ったものだろうか。
1度目は長局女中部屋の1両、2度目は長局の銀2朱と銭大量を盗ったと言うけれど、先に書き写した盗んだ額の表に見える7両というのと計算が合わず、記憶違いもあるのだろう。
囲い者も数人いたようで、町同心が捕縛に向かったが皆離縁状を持っており無関係だと言い張られた。これは鼠小僧が事前に察して渡しておいたものに違いなく、盗人なりの仁義であると言えるのである。
鼠小僧は近眼だというが、どうやってあの軽業をこなしたものだろうか。
金座には3度侵入したが、見廻りが頻繁に来るため内まで入ることはできなかったという。
鼠小僧の普段の暮らしは博打をする以外は実直に見え、冬も袷一枚だけで贅沢をしなかったというが、江ノ島には男芸者10人を連れて行ったともいい、首尾一貫していない。
去る8月19日、飯倉へ能を見に行く途中、引廻しが来ると言って人垣ができており、それが鼠小僧だと聞いて「記録している鼠小僧を実見できるとは運のよいことだ」と喜んで駕籠を進めたが逢うことなく飯倉に着いてしまい無念なことだ。
千住で処刑されたと聞いたので、家臣に獄門首を見に行かせた。その報告では、平たく丸顔で、肉付きは良い方、色白で薄いあばたがあり、眉は普通より薄く目は小さく見え、悪人面ではなく柔和で職人らしく見えた、と言う。
聞くところによると、町屋から70両を盗んだ際、後日その家が店を閉めて静まりかえっているのを見て、情にかられて70両を返し、それ以来大名屋敷のみを狙うようになったという。
慈悲は心得ているようだが、敬忠を分かっていないのは獣と同じようなものだ。
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